見出し画像

誰もが自分らしく働ける「実働5時間の林業」。企業としての成長を手放す姿勢に共感し、全国から和歌山へ人材が集う

株式会社中川

取り組みの概要
労働災害率6%(労災保険掛率6%または、林業の労働災害の発生率を死傷年千人率でみると、林業では千人率が28.7に対して全産業平均は2.3)、重労働のイメージからなり人手不足が深刻化している林業において、「1日6時間労働(実働5時間)のフレックスタイム制」「休みを取りやすい日当制」という新たな働き方を導入。2カ月に一度の査定を実施して評価を迅速に給料に反映し、最高では月収60万円を実現した人もいる。全従業員の給料を公開することで評価の透明性を高め、新たに入社した人も将来の活躍イメージを描きやすいようにした。また人件費率50%以上、純利益率10%以下、従業員雇用は30人までという目標を定め、自ら成長限界点を定める経営によって「労働生産性を追求しない、無理をしない林業」を推進。そのため社員の独立志向を歓迎し、起業する際には社内から2名まで引き抜くことができる「ヘッドハンティング制度」も導入して、これまでに9都県で7社が創業している。こうした取り組みの結果、地方の中小企業ながら口コミだけで全国から人材が集まり、現従業員27名のうち13名は他県からの移住者となっている。

取り組みへの思い
当社は人件費率50%以上、純利益率10%以下を経営目標として定め、従業員雇用も30人までとする「成長限界点」を自ら定めている。労働生産性を追求しないことを前提としているからこそ、従来は人が無理をすることで成り立っていた林業に新しい働き方を定着させることができた。(創業者 森林施業プランナー/中川 雅也さん)

受賞のポイント
・「木を植える」新たな事業形態を確立
・1日6時間労働、休みやすい日当制へ
・社員の独立・起業を支援
→高い給与水準を実現して県内外から人材確保。さらに9都県で7社が独立を果たし取り組みが各地域へ波及。

「お金と時間、どちらを優先するか」を社員それぞれが選べる林業

時代とともに従業者数が減少し続けている第一次産業。特に林業は深刻な課題を抱えている業界だと言えるかもしれない。労働災害率は約6%と全産業の中でも飛び抜けて高く、1990年代以降は国内で木材価格が下がり続けたこともあって、そもそも山に興味を持たない人も増え続けている。

しかし、そんな業界にあっても新しいアクションを起こし、個人がイキイキと自分らしく働ける環境を作っている人たちがいる。舞台は和歌山県田辺市。2016年に創業したばかりの、社員数30名に満たない「株式会社中川」が、林業を変えるイノベーターとして注目を集めているのだ。

1日実働5時間の日当制で最高月収60万円、給与額は全員に公開

「木を切らない林業」を掲げる中川。そのキャッチフレーズ通り、同社の事業は「木を植えて育てる」ことに特化している。過酷な肉体労働を避けられない林業だが、木を植えて育てることに主眼を置くことで、その仕事のあり方は大きく変わるという。

最も分かりやすいのは就業時間だ。中川の社員は全員が1日6時間勤務。休憩を除けば実労働は5時間となる。普段は日の出とともに仕事を始め、そこから6時間で仕事を終えるため、社員は昼には帰宅できる。

創業者の中川雅也さんは「この就業時間で回る仕事だけをやることがポイント」だと話す。1日8時間、無理をして頑張って労災の危険性を高めるよりも、6時間で余裕を持って働いてもらったほうが安全性も生産性も高まるという考えだ。

「創業時には実験として、8時間労働と6時間労働のグループに分けて働いてもらったこともあります。すると結果的に、売上・利益への影響に変化はありませんでした。これはどんな仕事にも当てはまるのかもしれません。本来は6時間で済む仕事をだらだらとやって、結果的に生産性を落としている現場がたくさんあるのでは」(中川さん)

森林施業プランナー/中川 雅也さん

この体制であれば、仮に週6日働いたとしても36時間労働。昼に仕事が終わるので副業に時間を割くこともできる。事実、中川では社員の4割が何らかの形で副業に取り組んでいるという。

もう一つの同社の特徴は「日当制」だ。「日当制にすることで社員が休みやすいようにし、お金と時間のどちらを優先するか、それぞれが選べるようにしている」と中川さんは話す。

日当の額には幅があり、未経験入社の場合は日当8000円からのスタートとなる。2カ月に1回の査定が給料アップのチャンスとなり、現在のところ最高額の人は日当2万5000円。月に24日勤務した場合は月収60万円となる。

また、中川では一人ひとりの給与額を全員に公開している。新入社員も先輩たち全員の給与額を見て、「来年の自分はどれくらい稼げる可能性があるのか」を知ることができるというわけだ。

その査定権限は「班長」と呼ばれる役職者が持っている。その1人である桝本 貴司さん(森林作業班長)は、「現場ごとに売上単価などの数字を管理し、メンバーの仕事量を常に把握できる仕組みがあるので、評価に悩むことはない」と語る。

「各現場ごとに、お客さまとの契約金額から逆算して班に振り分けられる取り分も公開されているんです。査定では、それをもとに一人ひとりの貢献度合いに応じて割り振りしていくだけ。社内の部署間の駆け引きや人間関係による忖度など、面倒なことを考える必要は一切ありません。これまでにメンバーから『給料に納得がいかない』というクレームが来たこともないですね」(桝本さん)

前職と比べて働く時間は半分。2カ月の育休も取得できた

中川で社員として働く沖 将勝さん(フォレストワーカー)は、ホテルや飲食店での勤務を経て同社に入社した。創業者の中川 雅也さんとは高校の同級生。沖さんが働いていた店に偶然中川さんが訪れたことで久しぶりに再会し、林業への熱い思いを聞いて興味を持ったという。

「入社前に一度、木を植える体験をさせてもらったんです。林業というと木をどんどん切り倒していくイメージしかありませんでしたが、木を育て、山を再生していく仕事を初めて知り、自分も携わりたいと思いました」(沖さん)

そんな沖さんの日々のスケジュールは、まさに中川の社員らしい働き方だと言えるかもしれない。日の出から昼頃までは中川の現場で働き、午後は子どもと遊んだり、妻の実家が営むエクステリア事業を手伝ったりして過ごしている。

子どもが産まれたのは中川へ転職してから。そのため育児休暇もたっぷり2カ月取得することができた。日々成長し、新しい表情を見せてくれる我が子とともに過ごす充実した時間。これは前職以前には考えられなかったという。

「私は人と接する仕事が大好きなので、これまでに経験したホテルや飲食店の仕事にも大きなやりがいを感じていました。ただ、いずれの仕事も拘束時間が長く、家族とともに過ごせる時間は限られていました。当時と比べて今は、仕事をしている時間は半分くらいしかありません。こうした働き方を実現できているのは不思議な気もしますね」(沖さん)

「企業は成長しなければならない」という既成概念への挑戦

さらに中川では、人手不足にあえぐ業界の企業とは思えないような制度も設けている。「起業支援制度」と「ヘッドハンティング制度」だ。

起業支援制度は、その名の通り中川からの独立を希望する社員を支援するもの。社内では起業者の育成に向けた研修なども行っている。そして、いざ独立する際にはヘッドハンティング制度を使い、社内から2名まで引き抜きが可能だという。せっかく採用して育てた社員を外部へ流出させてしまう取り組みだが、なぜこのような制度を置いているのだろうか。

社員数30人の「成長限界点」を自ら定める理由

「当社では『社員30人以上は雇用しない』という雇用数制限を設けているんです。いわば、これが中川としての成長限界点。人数が増えすぎると一人ひとりの従業員を見きれなくなるし、労働生産性を求め続けていくと労災の危険性が高まってしまいますから。現状すでに社員数27名に達しているので、新しい人を迎え入れるためにはそろそろ誰かに独立してもらわなければいけません」(中川さん)

会社としての戦略上の観点だけではない。中川から独立した人が各地で創業し、林業を展開していけば、日本中で林業を振興していける——。中川さんの頭の中にはそんな青写真もあるという。

2023年末時点で、すでに9都県で7名が起業。さらに7名が今後の独立・起業に向けて動いている。中川で働きながら、自身で起業し会社を経営する大谷 栄徳さん(樹木医 森林インストラクター)もその1人だ。

長く公務員として働き、林野庁から和歌山県職員に転じた森林行政のエキスパート。民間企業へ転職したのは「中川のような視点で、事業として木を植えることに取り組むべきだとずっと考えていたから」と振り返る。

「近年多発する自然災害に絡んで報道されているように、植林を進めなければ災害時の被害も拡大してしまいます。行政でできることには限界があり、県職員として中川を支援できることにも限界がある。それなら仲間になろうと思ったんです。中川という会社が発展すればするほど和歌山県、ひいては日本に貢献できるはず。私自身、時間に縛られて働くのではなく、提供した価値に応じた報酬がもらえる働き方にも魅力を感じていました」(大谷さん)

そこから自身でも起業することになったのは、資材運搬用の大型ドローンを自社開発するプロジェクトを担当したことがきっかけだった。共同開発した外部メーカーとともにドローンを他社へも販売する計画が持ち上がったものの、中川では販売を手がけないという方針を取ったため、大谷さん自身が起業して事業化することにしたのだという。

現在は中川での仕事と自身の会社経営に加え、地元造園協会の事務局運営にも携わる。それぞれに重要な立場を担い、多忙な日々だが、それでも家族との時間を最優先にすることが大谷さんのスタンスだ。

「将来的には自分の会社でも社員を雇用したり、誰かに経営を引き継いだりすることになるかもしれません。今後も自分の好きなことだけを続け、自由に生きていきたいと思っています」(大谷さん)

左から、フォレストワーカー/沖 将勝さん、樹木医 森林インストラクター/大谷 栄徳さん、森林作業班長/桝本 貴司さん、中川さん

創業者があえて「一従業員」となることで仲間の共感を得られた

林業はもとより、全産業を見渡しても中川のような経営スタンスは異色と言えるだろう。創業者の中川雅也さんは、なぜこうした発想を持てるのだろうか。

「私自身が今の所得と生活に満足しているからだと思います。贅沢なものを食べて派手に遊び回ることよりも、早く家に帰って子どもと一緒にご飯を食べる日常のほうが好き。そうした考え方になったのは、商社マン時代の経験が大きいかもしれません」(中川さん)

かつては商社で海外貿易に従事し、仕事に時間を費やしていた中川さん。しかしある日、当時3歳だった息子から「パパはいつ遊んでくれるの?」と無邪気に聞かれてしまう。このままではいけない。もっと家族との時間を大切にしたい——。その思いに駆られ、自分で時間をコントロールしやすい林業に魅力を感じて起業したのだった。

そんな中川さんは、創業者ではあるものの代表取締役には就いていない。厳密な肩書きは筆頭株主兼従業員。これも「経営者になると子どもと一緒に過ごす時間が短くなってしまう」という懸念から取った選択だという。2023年10月までは自身の母親に代表取締役を務めてもらっていたが、11月からは地元金融機関の出身者に代表取締役を務めてもらい、同族経営を廃した。

「創業者である私自身が社長を務めず、一従業員の立場に置いておくことで、自分がやりたいことを周囲へ丁寧に説明し、仲間の共感を得ながら進めることができました。もし自ら社長になっていたら、わけの分からない施策をトップダウンで下ろすだけの人になって、何も実現できていなかったかもしれません」(中川さん)

自分がよく知らない領域について悩む時間が無駄だから、それぞれの専門領域を持つ社員に決裁権を渡し、経営に関する情報をすべて公開している。結果的には一人ひとりが自律的に判断し行動できる組織になった。そして誰もが自分の人生の目的を見定め、仕事だけに縛られることなく、自由に生きられるようになった。

中川さん自身も、どこまでも自由だ。

「私はあと10年で50歳になります。そのときが来たら定年退職し、フリーランスの林業者となって、妻と一緒に旅をしながら生きていきたいと考えているんです。一般的に自由な働き方といえば『PC1台さえあればどこでも働ける』というイメージかもしれませんが、私が目指すのは『Wi-fiが飛んでいなくても山さえあれば稼げる』存在。そうやって楽しく働きながら、行く先々で林業のノウハウを伝えていけたら最高ですね」(中川さん)

WRITING:多田慎介
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。

#第10回受賞
#働き方改善
#サステナブルな働き方
#林業