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1年目社員が「青春18きっぷ」を握りしめてひとり旅へ!挑戦する若手の姿は組織風土改革へつながっている
山陰パナソニック株式会社
取り組みの概要
創業65年を迎える山陰パナソニックでは、従来事業の中で培われた守りの姿勢を脱却し、新しいことに挑戦する風土を育むことを目的として、新卒入社1年目の社員を対象とした「青春18きっぷ研修ひとり旅」(現:サンパナジャーニー)を実施した。青春18きっぷを使った5日間の旅程に1日1万円(切符代を除く)の予算を支給し、行き先やテーマはすべて社員自身が計画。「毎日10人以上に話しかける」というルールを設定してコミュニケーション能力向上を促すとともに、旅の様子を1日3回以上SNSに投稿することを課し、安否確認とともに社内での関係性向上にもつなげている。一部からは反対の声も上がったが、取り組みを企画・主導した船井 亜由美さんが「ひとり旅を通じて自分自身で課題を解決し、社会人の基礎力を身につけてほしい」という思いのもとで実行。旅をやり遂げた達成感や社内での人間関係向上が影響し、同年の旅を経験した2022年入社の新卒社員22名からは1人も離職者が出ていない。
取り組みへの思い
私たちはこの研修に短期的なスキル向上などの成果を求めていない。参加する若手には社会人としての基盤を築き、数十年先まで立ち返ることのできる心の糧を得てほしいと期待している。これまでの事業が盤石だったからこそ、現場単位ではこれまでの仕事のやり方を変えることがなかなかできない現実もある。全員が納得して仕事のやり方を変えていくことは難しい。だからこそ若手教育を一から見直したいと考えた。変化を恐れずに進む若い人たちの歩みを見守ることでしか、会社の風土を変えることはできないのではないか。(経営管理本部 人財戦略部 人事課 多様性推進担当 主事/船井 亜由美さん)
受賞のポイント
・一人旅で若手が自ら考える機会を提供
・SNS活用で若手の発信をシェア
・サポートの輪を広げるメンター制度を創設
→旅の達成感や人間関係向上によって22卒の離職ゼロ、若手発の提案も増加。今後はベテランの意識変革にも期待。
「新たな領域へ挑戦する」若手の力を育むために
島根県出雲市に本社を構える山陰パナソニックは、創業から60年以上にわたりパナソニック製品の卸売りを手がけ、地元に根ざして成長してきた優良企業だ。
しかし家電業界にも変化の波は容赦なく訪れている。持続可能な成長を目指す同社では、家電・卸売り以外の領域でも自らでビジネスを作り出していくことを長期的な課題と置き、それを実現するための組織風土改革を進めようとしていた。
入社1年目の社員に対する研修体制を見直したのも、そうした組織風土改革の一手。ただし同社が取った手法は、他社ではまず見られないものだった。
誰にも頼れないひとり旅だからこそ得られる感覚がある
「青春18きっぷを使ったひとり旅を研修にしませんか?」
中途入社したばかりの船井 亜由美さんが、社長にそう提案したのは2022年夏のことだった。
JR線の普通列車・快速列車に5回まで(または5人分まで)自由に乗ることができる青春18きっぷ。学生時代などに利用したことがある人も多いのではないだろうか。船井さんはこのきっぷを活用し、新卒入社1年目の社員を対象とした「青春18きっぷ研修ひとり旅」(現名称:サンパナジャーニー)を起案した。
5日間の旅程に対して、切符代金を除いて1日1万円(切符代を除く)の予算を支給し、行き先やテーマはすべて社員自身が自由に計画。「毎日10人以上に話しかける」というルールを設定してコミュニケーション能力向上を促している。また参加者にはインスタグラムのアカウントを開設し、旅の様子を1日3回以上投稿するルールを課して、社内でのコミュニケーション活性化にもつなげる狙いだ。
「私自身も青春18きっぷでひとり旅をした経験があります。複数人で旅に出ると、そのメンバーで話をしながら一緒に目的地へ行くだけ。でもひとり旅では、移動の中でもさまざまな考えを巡らせ、五感を研ぎ澄ませて生きることを意識するようになります。事前に計画を立てたとしても思い通りに進むとは限りませんし、時にはトラブルに直面することもあるでしょう。そうした壁を乗り越えることが、人間的な成長につながると考えました」(船井さん)
目指すのは、長期的な観点で見た若手の成長。だからこそ研修後の報告書作成や報告会など、形式的に結果を伝えるだけの場を廃して、後々本人たちが振り返ることができる「旅日記」を制作する形式とした。
とはいえ、昨今は企業に厳格なコンプライアンス遵守が求められている。入社1年目の若手が旅先で不特定多数の人と関わることについて、懸念はなかったのだろうか。
「万が一トラブルが起きた際にはインスタグラムを通じてオープンに共有する、旅先で誰かと写真を一緒に撮ってインスタグラムにアップする際には必ずその場で同意書をもらうなど、コンプライアンス遵守のためのルールを個別に定めました。もちろんルールを設けただけですべての懸念を払拭できるわけではありませんが、最終的には社長の大きな理解が後押ししてくれました」(船井さん)
山陰パナソニックに入社するのは地元・山陰の出身者が多く、車社会の日常では電車に乗る機会も少ない。ある意味では不便とも言える手段で地元を離れることになるひとり旅に、後ろ向きな反応を示す若手もいたという。
「『行きたくありません』と率直に話す社員もいました。それでも研修の目的や背景を粘り強く説明し、これは一人ひとりの将来のための投資だと伝えて送り出しました。最終的にどこまで腹落ちしてくれたか測りきれない部分もありましたが、最終的には社員を信じて送り出したんです」(船井さん)
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懸念の声が残っても「この研修はやり遂げるべき」と決意した
過去に例を見ない研修企画に対して、社内の上層部からも反対の声が上がっていた。
「今までにどんな会社もやったことがない研修を実行しようとしているわけですから、その反応は当然だと思います。正直に言うと、いざひとり旅がスタートしてからも、全員が無事に帰ってくるまでは生きた心地がしませんでした」(船井さん)
気を揉んでいたのは、船井さんの上司である岡本 潤二さん(経営管理本部 人財戦略部 部長)も同様だった。
「現場の管理職は、対象者が1年目の若手とはいえ、5日間の旅によって現場に穴が空くことを不安視していました。役員陣からもさまざまなリスクを懸念する声が上がっていましたね。私自身は『飛んでくる矢を受け止める役割』だと認識して、そうした疑問に対して一つひとつ正面から回答していきました。私は船井さんのアイデアと目的意識に深く共鳴していましたし、自分がこれまでに実行できなかったもどかしさも感じていたんです。スムーズに企画が形になるよう、できる限り船井さんを後方支援したいと思っていました」(岡本さん)
トップが最強の後ろ盾になってくれたとしても、革新的な施策を実行に移すのは容易ではない。そんな組織は日本中にたくさんあるだろう。大枠の方向性については合意形成ができたとしても、プロセスや手段について延々と議論がくり返されてしまうこともある。それでも「この研修は若手が成長するビジョンが見えたから、ぜひやりきりたいと思った」と岡本さんは振り返る。
「青春18きっぷひとり旅は、その効果を明確に定量化できる研修ではありません。しかし実行に移した今は、参加した若手の一人ひとりに確かな変化があったと感じています。大なり小なり、これまでやったことのないことに挑戦し、乗り越えようとする姿が見られるようになった。私たちはその手応えを引き続き社内に伝えていかなければなりません」(岡本さん)
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若手が新たな風土の発端となり、中堅・ベテランを変えていく
かくして2022年冬、22名の入社1年目社員がひとり旅へと出発した。参加者はどのような旅を企画し、何を持ち帰ってきたのか。そのエピソードを紹介したい。
それぞれの旅に訪れたトラブル。壁を乗り越えた先にあるもの
「実を言うと、当初は旅に出るのが嫌でした」
長谷川 達郎さん(プロダクトシステムグループ)はそう打ち明ける。青春18きっぷの存在は知っていたものの、それを研修に使うことの意味がよく分からなかった。ましてや半年間におよぶ入社後の初期研修が終わり、ようやく本配属になったばかりのタイミング。現場の仕事でもたくさん覚えることがあるのに、5日間も職場を離れることには後ろめたさもあったという。
それでも、根が真面目な長谷川さんは旅の計画を決める段階になって気持ちを切り替え、真面目に取り組むことにした。
「僕は隠岐の島出身で、島根県の本土地域のことをあまり知りません。そこで島根を含め、中国地方をぐるりと回る計画を立てました。結果的にはほとんど冒険要素のない、守りに入ったプランです。1日1県移動し、各地の神社仏閣を巡って御朱印を集めることをテーマにしました」(長谷川さん)
計画上は十分に時間的余裕を確保していたはずだったが、12月の寒さもあって「3日目で心が折れかけてしまった」という長谷川さん。それでも道行く人に話しかけて道を尋ねたり、「一緒に写真を撮ってもらえませんか」とお願いしたりして、懸命にコミュニケーションを図った。
「そうやって話しかけた方が快く一緒に写真に写ってくださったときは本当にうれしかったですね。旅に出るまで、僕は1人で行動するのが苦手なタイプで、初対面の人に話しかけるなんて絶対に無理だと思っていました。でも旅を終えてからは、1人でふらりとそば屋さんなどにも入れるようになったんです(笑)。小さな変化かもしれませんが、自分自身では大きく成長できた気がしています」(長谷川さん)
そんな長谷川さんと比べて、同じくひとり旅に出た大石 みちるさん(営業統括本部 事業推進部 開発課 地域連携担当)は対照的だと言えるかもしれない。「もともと1人で行動するのも、いろいろな場所へ旅をするのも大好き」だったという。
「私は5日間でいかに多くの場所へ足を運べるかを重視しました。旅のテーマは鹿児島を起点に九州を一周し、『地元のおいしいものを食べ尽くす』こと。鹿児島の黒豚や焼酎、宮崎のチキン南蛮など、各地の名物を思い浮かべてワクワクしながら企画しましたね」(大石さん)
ところが、ポジティブに旅を楽しんでいた大石さんにも、最後の最後でトラブルが降りかかってしまう。九州北部が大雪に見舞われ、「あとは島根に帰るだけ」という段階で鉄道が全線運行見合わせになってしまったのだ。結果的に両親へ連絡を取り、車で迎えに来てもらうことになったが、「そうした状況もSNSを通じて同期や先輩に共有し、楽しんでいた」と笑う。
「私は食をテーマにした旅だったので、旅先で出会ったおいしい料理をどんどんインスタグラムにアップする『飯テロ投稿』を続けました。最終日の投稿には同期や先輩から『毎回楽しく見ていました』といったコメントをたくさんもらい、仲間とつながっている感覚が強くなりました。旅を終えて、以前よりもずっと、1人でいろいろなことに挑戦したみたいと考えるようになりました」(大石さん)
こんな後日談もある。ひとり旅を終えてさらに度胸をつけた大石さんが、社長と行動をともにする「かばん持ち研修」に参加したときのこと。各地の営業所を巡回する社長に同行した大石さんは、移動の車中で「うちの会社も副業OKにしてください!」と直訴したのだ。
「以前から思っていたことだったので、思いきって提言したんです。その際に社長はタブレットを手にして熱心にメモを取り、後日の役員会では副業を議題に上げて真剣に議論を始めてくれたと聞きました。『私たちも声を上げていいんだ』と、うれしい気持ちになりましたね」(大石さん)
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失敗を恐れず挑戦する若手の姿は、新規事業プロジェクトにも
長谷川さんと大石さんだけではなく、ひとり旅に挑んだ若手社員がそれぞれの成長実感を得た5日間。山陰パナソニックでは、若手の熱量を絶やさないようにするための試みも始まっている。
現在、社内で立ち上がっている複数の新規事業プロジェクトもその一環だ。デジタルヘルスケアなどの領域ではすでに事業化が進み、ひとり旅に参加した若手社員も各プロジェクトのメンバーに加わっているという。2023年11月には新たなコーポレート・ブランディングプロジェクトもスタート。伝統的に受け継いできた理念やパーパスを時代に合わせて見直す取り組みで、ここにも若手社員の声が反映されている。
船井さんは「こうした挑戦の風土が若手だけでなく、中堅社員やベテラン社員にも広がっていくことを期待している」と話す。
「これまで通りの仕事のやり方を続けているだけでは、さらなる成長は実現できない。それは誰もが理解していることだと思います。とはいえ、長年にわたり身につけてきたスタンスを変えるのは簡単ではありません。これまでは上司の指示に従って動き、結果を出すことが求められていたのに、突然『新しい発想を持って自発的に動いてください』と言われてもすぐには変われませんよね。
だからこそ私は、若手が新しい風土の発端になることを期待しているんです。失敗を恐れずに挑戦する若手の姿は、中堅・ベテラン社員にもきっと良い影響を与えてくれるはず。組織全体が変わるにはまだまだ長い時間がかかると思いますが、水に投じた石からゆっくりと波紋が広がるように、少しずつ変革の波を拡大させていきたいと考えています」(船井さん)
ひとり旅研修は2年目も実施され、名称を「サンパナジャーニー」にリニューアルして新たに若手社員たちを送り出した。最初のひとり旅を経験した2年目社員は、今回はチューターとして後輩たちを支援している。社内の各現場は、旅の話題で持ちきりだという。
WRITING:多田慎介
※ 本ページの情報は全て表彰式当時の情報となります。
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