わたしはPKを蹴れるだろうか
ルヴァンカップの決勝を見てから、ずっと考えている。チームの命運を、今までの軌跡を、たくさんの人の思いを背負って、わたしはPKを蹴ることが出来るのだろうか、と。
◇ ◇ ◇
「Jリーグに面白さを感じているならルヴァンカップの決勝は見た方がいいよ、すごいから。」と言われた通りにテレビでの視聴を決め、予定を入れないようにした。新幹線の臨時便なんかのニュースで、これはすごいことなんだなという空気を感じながらその日を楽しみにしていたわたしは、両チームのコレオグラフィーにさっそく感極まる。
自分の応援するチームがカップ戦を勝ち進んでこの舞台に立って、サポーターとして自分もこのグラフィックの一部になる。全てのサポーターの夢なんじゃないか…みたいな気持ちになる。かっこいい。
試合はとても白熱した興奮するものだった。
わたしはサッカーのことを論理的に書けないのでそのあたりは丸っと割愛するが、新潟は常に名古屋に先行される苦しい展開の中、驚異的な粘りで追いついていた。そして後半のアディショナルタイム、小見選手の仕掛けからペナルティキックを獲得した。
入れば延長、入らなければ負けが決まると言っていい時間だったと思う。
ボールをセットして、しっかりと決め、延長に突入する。
このシーンをみて、わたしは果たしてこういうシーンでPKを蹴ることができるのだろうか、と思ったのだ。
そこまでの責任や覚悟を背負ったことが果たしてあるのだろうか…。そういう覚悟を持ったことがあるのだろうか…。
もちろんわたしはPKを蹴ることはない。ただ、人生において、それと類似するような、しっかりと何かと対峙して責任を背負う覚悟が必要なことってあるんじゃないだろうか、と思った。
そういう時にわたしは目を背けずに挑戦し、矢印を自分に向けられるだろうか、ということだ。
あれからずっと考えているけれど、答えは出ない。
自分の生き方において、ちゃんと勝負したいきたいな、PKが蹴られる覚悟が欲しいな、と思った。
そう思うと染野のユニフォームを着る時はちょっと背筋が伸びる気がする。
(いや、誰のユニフォームを着てもそうなんだけど、何せわたしのメンタルはお豆腐よりも脆いのだ。)
◇ ◇ ◇
延長戦でも名古屋は先制した。そしてまた、粘り強く追いつく新潟。なんで走れるの?みたいな気持ちになる。本当にすごい試合。
名古屋は強い。新潟も強い。
PK戦までもつれ込んだ試合を制したのは名古屋だった。わたしが軽々しくおめでとうなんて口に出さないような、とにかくすごかった。本当におめでとうございます。
そしてアルビレックス新潟も本当にすごかった。
そしてわたしには宿題が残った。
わたしはPKを蹴られる生き方がしたい。
サッカーはやはり、人生を雄弁に語るなぁなどと思う。ただただわたしのフィルターを通した、妄想にも近いことだとは思いながら、今年のサッカーとの思い出として書き留めておく。
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