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【短編小説】究極の選択

ねぇ、知ってる?
究極の選択。


たとえば
『ウンコ味のカレーと
 カレー味のウンコ。
どちらかを食べなければいけないとしたら、どっちを食べる?』


選べるわけがない?
どっちもウンコでしょって?


ううん
答えは簡単。


カレー味のウンコ。


えっ?
ウンコなのにって?


よく考えてみて。
条件をつければいいの。
カレー味のウンコ、というなら、どこからどうみても正真正銘カレーじゃないとだめ。
味も匂いも見た目も、すべてにおいて、限りなく、まったく見分けがつかないくらいにね。


そんなもの作れるかって?
というのはおいといて、仮にできたとしたら、それはカレーでしょ?
もとは何か、なんて関係ないよね。


つまり
99.99%のカレーと
99.99%のウンコなら
どっちを食べる?


簡単でしょ?
あら、納得できない?


まぁ、いいわ。
じゃー
本題。


ここに、二つのコップがあるわよね。
それぞれには別々の液体が入っています。


ここで選択。
『どちらかを飲まないといけないなら、どっちを飲む?』



飲むとすぐに死んでしまう薬。



飲むと絶対に死ねなくなる薬。


あなたはどちらを選ぶ?


こっちは簡単?
B?
死ぬ選択を選ぶわけがない?


うん、もう少し説明させて。
Aは飲んだあと、ちょうど1年後に何の痛みも伴わずに安らかに死んでしまう薬。
『飲んですぐ』ではないじゃないかって?
そうかしら?


Bは飲んだあと、決して死ねなくなる薬。
つまり不死身。
どんな事をしても死なない。
それだけじゃなく、一定以上の痛みや苦しみを感じなくなる。
銃で撃たれても、銃弾は跳ね返され、デコピンぐらいにしか感じない。
刀で切りつけるのも不可能。
ちょっとくすぐったいだけ。
もちろん病気なんて一切かからない。
それだけじゃなく老衰すらできない。
老化をしない。
20歳未満なら20歳まで成長して、成長も老化も止まる。
20歳以上だったら、20歳まで毎年若返り、20歳で……


あっ、待って、人の説明は最後まで聞かないと。


もう充分?
悩むまでもない?
若返るだけで考える余地なし?


たしかに、あなたは49歳と364日、23時間59分だから、今、Bの薬を飲んだ瞬間に、その時間は逆戻りになる。


その、こぼれる笑顔を見ると心苦しいわ。


いえ、嘘ではない。
嘘や冗談ではないから、問題なの。


私はこの選択を今まで107人に提示して、すべての人がAを選んだから、少し戸惑っているの。


そんなに不思議?
私の説明を聞けば、みんな同じ選択をするのよ。
カレー味のウンコと一緒なの。
究極の選択ではなく、ただの一択。
聞きたい?


もう遅いわ。
聞いたところで、キャンセルはできないのよ。
あなたは、明日、目覚めてから後悔の一生が始まる。


 ◇ ◇ ◇


たとえば、こんな二択だったら、あなたは別の選択をしたかしら。


あなたが、仮に10人家族だとして

自分一人だけ死ぬのと

自分一人だけ生き残る


こんな選択肢だったら?


どっちも嫌だ、そんなのは選べないって答えるかしら?
それは当たり前。
でも、どっちかしか選べないのだとしたら?


そして
あなたはBを選んだ。
一人だけ生き残る。
その勇気を見届ける。


あなたがBを選んだのは決して若返りのためだけではないのだろう。


あなたは不治の病にかかっていて先がないと知っていたから。


余命半年。


Aを飲んでいれば、確実に1年は安らかな日々を過ごせたはずなのに。


人はいずれ死ぬ。
その死あわせを、あなたは身をもって経験するだろう。


 ◇ ◇ ◇


目覚めたあなた。
きっと私との会話は半信半疑、自分が見た都合のいい夢だと思っていることだろう。


あなたは二人家族。
シングルマザーだ。
13歳の一人娘を一人残せるはずもなかったのだろう。


娘の一生を見届けられたら。


そんな、かすかな望みはすぐに現実のもとになる。
病院の検査で医者があわてふためく。
そんな様子をあなたは期待もせずに眺めているが、時間がたつほどに、あなたの目には涙が溢れる。


きっと幸せな日々だろう。


残り少ない幸せをゆっくり噛みしめてほしい。


年々若返っていく体にも充実感とこの上ない喜びが溢れる。


あなたが31歳になった時、娘も31歳。
二人は幾度となく笑いあう。
あなたは再婚する。
相手は22歳。
わずか5年で歳は逆転するはずだ。


あなたは思う。
今度は大丈夫だと。
だって私は永遠の20歳。
出会った時からあなたは彼にそう言っていた。


おそらく彼も、そして周りの誰もが、痛い冗談だと思っていて、それが表情にも出ていた。


あなたは、それを冗談っぽく反論していた。


本気で怒るはずもなかった。
事実、やがてそうなるのだから。
内心、気持ちよかったはすだ。


しかし、5年ももたずに離婚した。
その理由をあなたは理解することができない。


理由は簡単。
あなたと、他の人間は確実に住む世界が違ってしまったのだ。
ただそれだけ。


噂が噂を呼び、あなたは全世界の注目の的になる。


そんな大スター気分に酔いしれる事ができたのはどれくらいの時間だっただろうか。


やがて、あなたは化け物扱いされ、嫌気がさしたあなたは世間から隠れ、人を拒絶し始める。


唯一の希望は、たった一人の我が子。


でも、やはり住む世界が違う。
流れる時間がまったく違うのだ。


時の止まったあなたにはあっという間に感じたことだろう。


娘が亡くなり、孫が亡くなり、孫の子が亡くなり、玄孫が亡くなり、だんだんとあなたの悲しみも、縁も血も、どんどん薄くなっていく。


確かに、娘が亡くなった時は泣いた。
悲しかった、はず。


それもすでに遠い記憶。


この頃には、私の言った意味がようやくわかってきたかしら。


もっと前から気付いていたのかもしれない。


何故、あの時、もう一つの方を飲まなかったのだろう。


そんな後悔すらしなくなっていくあなた。


もう、人、というか、すべてに興味がなくなったあなた。


人の歴史がバカみたいに繰り返されるのを、あなたは、つまらないドラマを見るかのように遠くから眺める。


何故、人は傷つきあい、苦しみあい、悲しみあうのか。
そして、何故、笑いあえるのか。
痛みを知らないあなたには理解できない。


人とは、人生とは、人類の歴史とは。
あなたはしばらく考えたのち、考えるのをやめる。


人類そのものがなくなっていくのだから。


しかし、人との関わりをたったあなただったが、さすがに、すべていなくなると寂しい。
なんとか滅亡させまいと少しは奮闘するが、それもほんの少しの時間だけ。


どんなに頑張っても結局は滅亡してしまう。


人の寿命と一緒。
どんなものでも必ず死をむかえる。


 ◇ ◇ ◇


自分以外のすべての人がいなくなった世界。


あなたは理想の世界を作ることを思いたつ。


まさに神
なのかもしれない。


今度は決して滅びぬ人類を、一から作るのだ。


あなたは少しだけ喜びを、本当に久しぶりに感じたかもしれない。


でも、すぐに飽きる。


まるでつまらないゲームをするみたいに。


どんなに苦労をかけてみても、似たり寄ったりの結末。


神、と崇められても、嬉しくともなんともない。
むしろ、魔王と罵られ、全人類と戦っていた頃の方が少しは楽しめていたかもしれない。


やがて、全生物が滅亡し、地球そのものが爆発した。


宇宙を、ただ漂うのも疲れるので、小さな惑星を作り、あなたは過ごす。


宇宙。


宇宙の果てはどうなっているのだろう。
あなたは疑問に思う。


が、なんてことはなかった。


宇宙を1周するのに、そう時間はかからなかった。


自分の惑星を起点に進んでも、しばらくすると元の位置に戻る。


宇宙はそれほど広くはなかった。


途中、地球外知的生命体にも会ったが、地球人と大差なかった。
あなたの興味をそそるものでもなかった。


『宇宙にくらべると、なんと人間はちっぽけな存在なのだ』


と、誰かの言葉をあなたは思い出す。


愚考。
愚考中の愚考とあなたは思う。


宇宙は
人にとって庭で
星は家。


たとえば
金持ちの人が大きな庭を見て言うだろうか?
あぁ、この庭にくらべて自分はなんとちっぽけなのか、と。
頑丈な家を見て言うだろうか?
あぁ、この家にくらべて自分はなんとちっぽけなことか、と。


では、ちっぽけさを感じないように、庭の広さを自分よりも小さくしたら?
家の寿命を自分よりも短くしたら?


あぁ、あなたは忘れてしまったかもしれない。
宇宙にくらべると、私はちっぽけな存在だ。
それはあなたの言葉。
宇宙を小さくし、星の寿命を短くしてしまったあなた。


ちっぽけ?


違う。


それが、どんなにしあわせなことだったか、あなたは宇宙を漂いながら痛感する。


あなたは久しぶりに涙を流した気がした。


娘を
両親を
出会ったすべての人のことを思う。
みんなどこにいったのだろう。


まるで、自分一人が死んだみたいだ。


ここが地獄なのか。


あなたは
『死』
について考える。


恐くなる。
死、ではなく、死ねないことが。


その問いは今まで何度となくあなたはしてきた。


時間の概念がなくなったあなたには、まるで昨日のことのようにも感じるかもしれない。


何故、あの時、あんな選択を。


 ◇ ◇ ◇


宇宙にも
寿命はあるのだろうか?


あなたは考える。


もちろん。
その寿命さえもあなたは超える。


そのさきにあるのは
無……


あなたは、真の恐怖を覚える。


宇宙も消え、自分はいったい何故、生きているのだろうか。


なにもない世界。


なにも。


それは闇の世界……
という表現すら的確ではない。


闇すらない世界。


何故、自分は存在するのだろう。
考え続ける。


いや、無とはいったいなんだろう。


それは宇宙の真理。


無から、何故、あの世界が生まれたのだろう。


もしかしたら、すべては夢だったのでは?


すべては自分の夢であり、想像の賜物?


では、自分はいったい?


我思う故に我あり。


いつのどこのだれの言葉だったか、あなたは考える。
いや、これも、自分の言葉だったか?


無から宇宙ができたのか疑問に思うあなた。


時間は無常なくある。
宇宙の真理に、あなたはやがて気付く。


そして
あることに気付く。


それはマイナスの世界。


もうひとつの世界。


あなたは、そして、マイナスの世界へと旅立つ。


詳しく語りたいけど、それは無理。
語った時点でプラスになってしまうからね。


とにもかくにも
あなたは
やっと死ぬことができる……
のかもしれない。


これで、私の見届けも、ようやく終わり。


今度はあなたの番。
頑張ってよね。
これからが長いんだから。


では
私は、あなたの残したAの薬を飲んで眠ろうかしら。


……いや
やめておこう。
もう少しだけ、あなたに付き合ってあげる。


ねぇ
死ってる?




(おわり)

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