【短編小説】~懺悔~20年間借りパクしてました
前略
忍野さくら様。
ご無沙汰しております。
何年ぶりでしょうか。
私は今まで同窓会に出たことはないですし、みなさまとも、極力会わないようにしてきました。
なので、今、こうして手紙を書いていることが、ものすごい不安でしかたありません。
本来は手紙などではなく、直接会うべきなのでしょう。
しかし、私には、その勇気がありませんでした。
きっと私のことを今でも憎んでいることでしょう。
いえ、憎むのにも値しないのかもしれません。
これは、私の懺悔です。
こんな長い手紙は
貴方にとっては、迷惑でしかないのも重々承知のうえです。
そもそも読んでくれるはずもないでしょう。
でも、書かなくてならないと思い、読まずに捨てられることを覚悟の上、今、書いております。
まずは、謝らせてください。
本当に申し訳ありませんでした。
同送させていただいたものを見ていただけたら、すぐに、おわかりいただけると思いますが、貴方にお借りしていたものです。
20年、お借りしておりました。
返さなければ、返さなければと、ずっと思っておりました。
なのに、返さすことができなかったのは、ひとえに、私の怠惰と勇気のなさです。
何度も、何度も、返そうとしました。
ですが、そのたびに、返す勇気がでませんでした。
時間がたてばたつほど、返せなくなりました。
正直に言います。
はじめは借りていたことじたい忘れていました。
それに気づいて、返そうと思った時にはすでに、時間がたちすぎていました。
だんだんと、貴方を避けるようになりました。
貴方との関係が壊れるのが恐かったからです。
しかし、それを壊してしまったのは私自身でした。
貴方のことを忘れたことはありません。
私は、貴方のことを親友だと思っていました。
でも、貴方はそうではないのでしょう。
せめてものつぐないで、ずっと手入れだけはかかさないようにしてきました。
しかし、それ以上ふくことはできませんでした。
ある時、それが、とても大事なものだと知りました。
大学の入学祝いに、お母様から買っていただいたものだそうですね。
50万円もするものを。
借りパク、などと言っていいものではありません。
恨まれても当然です。
そんな大事なものを私に気軽に貸してもらったのに、私は、なんてことをしてしまったのでしょう。
20年もたち、一方的に物を送り返されても、憎しみが倍増するのは想像にかたくありません。
しかし、私には、この方法しかなかったのです。
臆病者と罵ってもらってもしょうがありません。
貴方と向き合うことを逃げてしまったのです。
もう二度と貴方に会うことはできないでしょう。
今頃、何故、とお思いでしょう。
言い訳に聞こえるかもしれません。
それは不思議な出来事が起きたからです。
ある日の夜、何故か、音が聞こえたのです。
それはそれはキレイな音色。
寝ていたので、それは夢、といわれればそれまでしかありません。
しかし、私には、貴方に返して欲しいと、言っているように聞こえました。
今、返してくれれば、許してあげる。
そんなようにも聞こえたのです。
なんて、都合のいい、解釈だとは思います。
しかし、勇気のない私には充分すぎる、背中を押す力でした。
でも、貴方に手紙を送りたかったとしても、申し訳ありませんが、貴方の連絡先は知りませんでした。
貴方や同級生との関係を断ってしまっていたから。
もちろん、本気で探せば簡単にわかるはずです。
でも、連絡先がわからなくなってしまった。
それを言い訳にしてきたのも事実です。
ですが、不思議なことに、音色が聞こえた日の翌日に、貴方と小学生の時に交わした交換日記が出てきたのです。
その中にたまたま、貴方の住所が書かれていました。
貴方の誕生日会をする案内状です。
懐かしいです。
思い出しました。
貴方のお母様が焼いてくれたクッキー。
あんなに美味しいクッキーは初めてでした。
世の中に、こんな美味しいものがあるのかと。
あのクッキー、もう一度食べてみたいです。
それは無理な話ですが。
そんなわけで、この手紙を送らせていただきます。
もちろん、貴方がまだ、引っ越していないとは限らないのですが。
貴方に届くことを祈ってお送りさせていただきます。
どうか、宛先不明で戻ってきませんように。
最後に、本当に今までの不躾申し訳ありませんでした。
貴方様のご健康と、ご活躍をお祈りしております。
◇ ◇ ◇
上原百々子様
お手紙、ありがとうございます。
無事、荷物は私のところに届きました。
まず、はじめに一言、貴方に言っておきたいことがあります。
貴方のことは憎んでなどおりません。
そして、恨んでもいません。
その
逆なのです。
貴方には感謝しています。
本当にありがとうございます。
私も、貴方のことを親友だと思っております。
そして、私の方こそごめんなさい。
私こそ、貴方に、嫌われていると思っていました。
ずっと避けられていたから。
私も正直に言います。
貴方に見放されていると思っていました。
まさか、そんな理由で避けられているとは思いませんでした。
一度、お会いできませんでしょうか。
会って、私の口から、感謝と謝罪の言葉を言いたいです。
追伸
音色が聞こえたというのは何月何日のことでしょうか。
詳しく教えていただけたら幸いです。
◇ ◇ ◇
無事、荷物が届いたとのこと、よかったです。
返事が遅くなって申し訳ありません。
貴方からの手紙を開けて読むことがなかなかできなかったからです。
そして、憎しみの言葉をかけられるわけでもなく、感謝の言葉。
びっくりです。
ありがとうございます。
なんて、優しいのでしょう。
そして、会いたいとのこと。
申し訳ありませんが、それは出来ません。
貴方の優しい言葉に甘えてはいられません。
私がしたことは、許されることではないのです。
貴方の大事なものを20年もの間、借りたまま返さなかったのですから。
憎まれても、感謝されるものでは決してありません。
正直いって、貴方の優しい言葉が苦しいです。
どうぞ、正直に罵ってもらってけっこうです。
ですが、直接、会うのはどうしても無理です。
本当に、本当に、ごめんなさい。
音色が聞こえたのは○月○日です。
◇ ◇ ◇
会ってくれないのですね。
悲しいです。
本当に、恨んでなどいないのです。
社交辞令で、感謝を述べているわけでもありません。
私の本当の気持ちです。
本当は、直接、お話がしたかったのですが、会ってくれなさそうなので、私も手紙で懺悔をしたいと思います。
20年ですか。
長い年月ですね。
貴方が、そんなに苦しんでいたなんて、本当に申し訳ないです。
そして、20年。
その長い年月のせいですか、少し、記憶違いというか、思い違いがあるようです。
あのフルートは、確かに、私の入学祝いに、母からもらったものです。
私の母はシングルマザーで、楽器など買えるような家庭ではありませんでした。
それなのに入学祝いに、奮発して10万円のものを買ってくれると言ってくれました。
でも、それは私が断ったのです。
母もフルート奏者でした。
だから、私は母のお下がりでいいと言ったのです。
もとは50万円した、というのも、申し訳ありません。
見栄で嘘をつきました。
よくて15万円くらいでしょうか。
それも、母の母、私の祖母が母に買ったものらしいです。
だから、大事なものにはかわりはありません。
なのに、私はあの時、あのフルートを大事にしていませんでした。
フルートを見るのが嫌で嫌でしかたなかった。
手入れもしていなかったし、乱暴な扱いのせいで、少し壊れていました。
それを貴方に、押し付けたのです。
貸してあげると言って。
きっと、修理代にかなりかかったことでしょう。
修理代をかけるぐらいだったら、新品を買う方が絶対お得だったはずです。
それを私が買えば20万もするフルートだから修理代は安いもんだよと、私がゴリ押しして。
母には、友達が、どうしてもというから貸したと嘘をつきました。
母にとっても大事なフルートだったはずですけど、当時の私には、それが重すぎる期待だったんだと思います。
だから、返されても困る状況だったのです。
しばらくして、貴方は何度か私に返そうとしてくれていました。
それを、私の方から無理矢理はぐらかして返さないようにしていました。
もしかしたら、修理代を請求されても困るというのもあったかもしれません。
なので、最後には
もう返さなくていい、貴方にあげる、と言ったつもりでした。
貴方は、何度も、申し訳ないと言っていたように記憶しています。
とにかく、あのフルートは気軽に私が貸したものではなく、フルートを買おうか迷っていた貴方に、私が、押し付けたものです。
そう
すでに、私の中では、貴方にあげたものになっていたのです。
私が持っているより、その方がずっと良いと思ったからです。
だから、私も、母もその存在を忘れていました。
もしかしたら、母は貴方に貸したままだと、ずっと思っていたのかもしれませんが、母にそれを言われることは一度もありませんでした。
きっと、貴方のご活躍を楽しみにしていたはずです。
だから、貴方から手紙をもらう、その時まで、申し訳ありません、すっかり忘れていました。
私は、あのあと、音楽からすっかりはなれていましたから。
だから、貴方から届いたフルートを見て驚いたのです。
きっと、大事に手入れしてくれたのですね。
まるで新品同様でした。
フルートを見て、嬉しくて涙が止まりませんでした。
あの時は音楽が嫌になり、見たくなくて嫌だったフルートですが、今は本当に大事なフルートになりました。
あのフルートは、母の形見のフルートになりました。
そして、母が持っていた物で、今、この世に存在する唯一のものになりました。
音色が聞こえたという日は、母の命日の次の日です。
あの日、家も、物も、写真ですら、すべてを失いましたから。
思い出のものはすべて
みんななくなってしまったから。
だから、まさか、まさか、あのフルートが、今戻ってくるなんて、思いもしませんでした。
大げさではなく、神様からのプレゼントかと思いました。
だから、だから、感謝しかないのです。
会って、感謝をさせてください。
私の親友へ
追伸
私も、もう一度、あのクッキーを食べたいです。
今度、一緒にクッキーを焼いてみませんか。
今は引っ越して、仮住まいの公営住宅に住んでいるので、次からはこちらに手紙を送ってください…………
(おわり)
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