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連載小説【正義屋グティ】第1話・スノーボールアース (大型リニューアル済)


~ご案内~

あらすじ・相関図・登場人物はコチラ→【総合案内所】【㊗連載小説50話突破】
最新話→【第62話・託す者】

~あらすじ~

美しい半球の星『アンノーン星』。しかしその実態は人々の争いが絶えない『暗黒時代』のど真ん中に置かれ、徐々にその輝きを失ってきていた。そんな時代に生まれたグティは10歳の頃ある事件に巻き込まれ、一命を取り留めるも、後に『怒り』の感情を自分では制御できなくなる不治の病にかかっていることが判明する。そしてグティはこの事件を機に幼くして自分の正義を見つけ出すと、その正義を全うするため国の定めた出来損ないの集いの場である『正義屋』の道へと進んでいく。『間違った人間を許さない』そんな正義を胸にしたグティが仲間と共に向かう先にあるものとは。そして、怒りの感情と引き換えに現れる謎の狼の正体とは……。

~主要な登場人物~

姓 名前(星歴:3013年時点)
グティレス・ヒカル
年齢 13歳 (正義屋養成所1年生)
10歳の頃は大人しく穏やかな性格だったが、夢の中で出会った狼の話を聞き『正義』について疑問を抱くようになる。そしてその直後のデパートでの事件を経て自分の『正義』を見つけ、祖父の勧めから正義屋養成所に入学することを決意した。だがグティは謎の病を保持しており、そのことをグティは知らない……。

ゴージーン・パターソン
年齢 13歳 (正義屋養成所1年生)
総合分校時代からのグティの大親友。いつもにこやかで優しい性格であるがそれが故に他人の頼みを断れない大のお人よしだ。10歳の頃にグティの父親と交わした『小さな誓い』を守るために正義屋養成所に入所した。グティの謎の病気のことを知っている数少ない人間の一人である。優秀な頭脳を使いグティを支え続けた末にあるものとは……。


オーリー・デンハウス

年齢 13歳 (正義屋養成所1年生)
身長は190センチあり、体と同様声も大きいムードメーカーだ。仲間を第一に考える優しいいい奴ではあるが、何やら掘り返さられたくない過去があるみたい……あだ名は【デンたん】


ヒュウ・カザマ
年齢 13歳 (正義屋養成所1年生)
いつも学ランをだらしなく着こなし、水色のショートヘアがかなりマッチしていて結構モテる。話し方は少しばかり棘がありグティは気に食わなそうだが、いざと言う時には行動力があり周りの頼りとなっている。

ディア・スミス
年齢 13歳 (正義屋養成所1年生)
身長は175センチほどと女子の中ではかなり大柄で、長い髪の毛をいつも肩にかけている。性格はとにかく真面目で、危ない賭けには絶対に応じない。頭脳明晰でリーダーシップに長けているスミスが正義屋養成所に来た理由はある一人の女しか知らない。

ラス・バリトン (緑眼の先輩)
年齢 18歳 (正義屋養成所5年生)
青い髪の中に少し金色が混じったパーマ頭で、瞳がほんのりと緑色がかかった、正義屋養成所の最高学年。デンたんとは義兄弟のような関係で、今でも面倒を見ている。戦闘能力は養成所内でも群を抜いており将来有望だが、彼の正義は幼い頃にできたある男との因縁を晴らすことだという。

ランゲラック
年齢 29歳(ベルヴァ隊員)
身長は185cmを超える長身で、顔も整っている見た目は完璧人間。だがその性格と目的は謎に包まれており多くの人間から恨みを買っている。人の意見をろくに聞かない自由気ままな彼だが、ベルヴァの1人の男の言葉には忠実のよう。ランゲラックは正義屋の敵なのか、それとも……

⚠ネタバレ注意⚠~詳細設定(第二章以降に登場)~

ロボバリエンテとは……
カルム国が独自で作り上げた新型戦闘機であり、その容姿はアンノーン星の国々の中でも珍しい羽根のない飛行機型で、全長約30メートルのペンのような見た目をしている。基本的に二人乗りだ。機体の先に鋭い銃口が付いており、前の操縦席から大量の弾丸を放つ。後ろの操縦席は戦闘機の舵取りが主な役割だ。ロボバリエンテの攻撃方法は発砲とは別に、羽根のない硬い機体を体当たりさせ敵の機体などを破壊することもある。この時中身はびくともしない。そのために後ろの操縦席に座る者は機体の全身に散りばめられたジェット噴射を上手く使いこなし操縦しなければならない。風圧を調節しつつ全方向からジェット噴射をすると、空中に留まることもできてしまう。

ベルヴァとは…… 
ランゲラックやアレグロが所属していて、ホーク大国を撲滅させるために集まった組織である。正義屋とは仲が悪く、あくまでもカルム国に認められた団体ではない。その全貌は未だに明らかにはなっていないが、アレグロの話によるとグティやグティの祖父が関わっているようだ。

ー本編ー 1.   スノーボールアース

―100億年後 地球―
 
「お父さん、お父さん」
それはある夏、太陽がすべてを溶かしつくすような暑さで僕ら人類を眺めている時だった。暑さのあまり非常事態宣言が出されたこの国では、人はおろか車や航空機までもが外で自由に行動することを阻まれる。それはこの親子も例外ではなかった。
「なんだい?裕也。今日は外に遊びに行けないぞ。なんてったって暑すぎるからな」
貫禄のある父親は、顎に生えた立派な白髭の感触を手のひらで感じながら愛する息子のもとへと歩を進め、しゃがみ込む。
「よしよしよし、いい子だな。本当に」
遠くから昼食を作り終えた調理用ロボットの催促する声が聞こえるが、父にはそんなことどうでもいい。宝石のような目玉の中に映る口角の上がり切った自分の姿さえも邪魔に感じてしまうほど、今はただ自分の息子が可愛くて仕方なかったのだ。父はひとしきり裕也の頭を撫でまわすと、その手に持っていた本を覗き込んだ。
「何読んでるんだ?」
「『地球の不思議』って本。これすごいんだよ!」
裕也は得意げな顔を父に見せつけると、とても六歳の子供が読むには分厚すぎる図鑑に内蔵された赤いボタンに手を伸ばした。
「あー、この白い塊の事だな」
二人の間に挟まれた冷房の空気の上に投影される白い球体は、傾いた地軸を中心にゆっくりと自転している。そして、よく見るとその周りにはいくつもの星で構成された宇宙空間が展開されていた。
「そう!これが二億年前の地球だってこの本は言ってるの。絶対おかしいよ!」
裕也は赤みがかった頬を膨らませ、父に顔を寄せる。父はその膨らみを人差し指でつつき生暖かい裕也の口の香りを浴びると、ふと今自分はどんな顔をしているのだろうと不安になった。裕也が大人になり、この知識を教わった時の記憶がフラッシュバックされ、そこに出てくる自分の顔がこのにやけ顔ともなればきっと息子は幻滅する。父は奇妙に垂れている目や口元を右手で覆い、父親としての威厳を見せるために必死に顔を作った。
「これはスノーボールアース現象と言ってな、簡単に言えば地球が氷で埋め尽くされていることを言うんだよ」
「なんでこうなっちゃったの?」
「それがな、前までは温室効果ガスの減少のせいだって言われていたんだけど…最近の研究によると、どうやら違うようでね」
父のペラペラと回っていた口は向かい風に吹かれたように勢いを落とし、次第に声が聞こえなくなった。自分は何を考えているのだ。体中を悪寒が駆け巡ると、父は尻を付き、右手で前髪を捲し上げた。
「お父さん?」
心配そうに声をかける裕也の声がはっきりと聞こえる。父は裕也の頬に優しく触れ、冷たい声で応答する。
「あぁ、ごめん。実はそのスノーボールアースの成分を調べてみると、その氷は外部の星からの液体を固まらせたものなんだよ。何がまずいって、地球外からの何物かによってこの地球は氷漬けにされたんだ」
「……ってことは、宇宙人?!」
裕也の声の張と抑揚が突然増した。つまりテンションが上がっているのだ。再び頭を抱える父を横目に立ち上がり踊り始めた裕也の楽しげな声に、この事の重大さに自分の息子が気が付いていないとわかると、
「そうじゃないだろ……」
と、父は一言こぼした。
「え?」
父の様子がおかしい。そのことをいち早く察知した裕也は踊りをやめ、こちらへ歩き出した父の顔をじっと見つめた。
「お父さん?」
そして、何を思ったのか、父は裕也の小さな肩に両手をがっと伸ばし、鬼の形相で急接近すると、その手にこもった力を徐々に強めていった。
「裕也!俺が言いたいのはな、この宇宙の生物は自分なりの正義に囚われ、それを果たすために何の罪のない他人の事を痛めつけ、結果的に自分の心をえぐるという愚かな現実から目を背け続けているという事だ。お前にはそうなって欲しくないんだ!」
はぁはぁはぁ。一呼吸で言い切った父の荒ぶった吐息の音だけが部屋の中に広がる。いや、よく耳を澄ましてみてみると、かすかに鼻水をすする声もあり慌てて顔を上げた父の眼には声を殺して泣き続ける裕也の姿が映った。自分はなんてことをしてしまったのだ。やっと気が付いたが、時すでに遅し。今、父にできることはひたすらに裕也を抱きしめる事しかなかった。
「ごめんな。お父さん、お前があんまりにも立派だから、子供だってことをつい忘れて、それで……」
なんて聞き苦しい言い訳なのだろうか。自分の主張を感情に身を任せ、まだ小さい我が子にぶつけたこの事実が消えるわけもないのに、父はそんな言葉を繋げた。
「僕、お父さんの言いたい事なんとなくわかる気がするよ」
裕也が無理やりと言っていいような笑顔を浮かべる。そんな顔を眺めているだけで何とも言えない複雑な感情が沸き上がっていき、目頭が熱くなってきた。父は気を紛らわそうと、窓際で苦しそうにへばり付いている蝉の顔を眺めその声を待っていた。見間違いだろうか、外の景色は先ほどよりも緑がかっているような気がして、父は二、三回度を目をこすった。いつになっても、自分は自分だ。父は肩をガックシと落とし、自分なんかよりも数倍大人な裕也の髪を撫でようと手を近づけようとした。次の瞬間、突然足元が激しい揺れに襲われ、地面が割れていくような感覚を味わった。それから数秒もたたないうちにその揺れは地球全体へと広がり、轟音を共にして白く分厚い氷が地球上の生物の身を包んだ。裕也たちもその例外ではなく、氷に身を囲まれた父は重くなったまぶたをやっとの思いで開けると、小刻みに震え体のあちこちが青く染まり始めている裕也を見つけ、動くはずも無い腕を裕也にさらに巻き付けようと努力した。それを続けていると、裕也の口がかすかに動き父はその言葉に思わず涙を流す。流れてゆく涙が固まっていくのを肌で感じながら二人は息を引き取った。
              ♢♢♢
アンノーン星 星歴:3011年
 
いつも通り地下鉄を降り、古びたコンクリートで造られたコンコースの先に現れた景色はこの少年の想像を遥かに上回っていた。幅の広い道路の中心をゆっくりと進む一台の紺色の車や、それを取り囲む数千人ほどの警備とやじ馬たち。おまけにはここカルム国の首都・カタルシスを代表する巨大な赤レンガのデパートや、その周りに聳え立つビル群から垂れ下げられた横断幕に少年は呆然とした。
「まさか、こんなに」
この日は、小さな島国であるカルム国と歴史的にも関係が深いホーク大国といった、名前通りの大国のお偉いさんが近年悪化してきている両国間の関係改善のためにやってきたらしい。少年の祖父から聞いた話によると、そのお偉いさんというのがホーク大国の王の側近である男の息子 オリバー・クロム というまだ11歳の子供だという。その年齢は、先ほどまで呆然としていたものの、今では人をかき分けて車の行き先に向かって走っているなんとも忙しい少年 グティレス・ヒカル(通称:グティ) と同い年であった。グティは乱れた髪や人の目などを一切気にせず、ただひたすらに人の波を切り裂いてどんどん先へと進んでいく。いつもは勝ち目のない車が今ではギリギリ自分でも勝てそうなスピードで走っている。この絶好なチャンスに加えて、同い年の少年が乗った車ともなれば、追い越したくなるのがこの少年の性なのだ。グティはどんどんと後ろへ流れていく景色を尻目に薄いジャンパーを脱いで腰に巻き付けると、さらにスピードを上げていき遂に車に並んだ。
「どいてどいて」
グティはもっとはっきり競争相手を見たかった。いやどちらかと言えば、この勝負に勝った自分の顔を見せつけたくなり、グティはますます車道へと寄っていった。
「そこの男の子、ちょっと止まって!」
歓声にあふれた街中から、力強いそんな声が聞こえてきた。そして、そのあとすぐグティの体は宙へと持ち上げられ、隣に並んでいた紺色の車がこの機を逃すまいとどんどん距離を離していく。
「なんだよ!僕は今忙しいの!」
グティは足をじたばたさせながら、自分の脇に据えられた両手の主の方へと顔を向けた。
「そのようだけど、これより先には行かせられないぞ」
グティを持ち上げている日に焼けた赤髪の男は、明らかに無理してにこやかな表情を作っている。よく周りを見てみると、やじ馬の内側で、両手を広げて道路への侵入を防いでいる者たちは皆、同じ紺色の制服を身に纏い、揃いも揃って赤い髪をしていた。都心から少し離れたところに住むグティには彼らが何者かすぐには気づくことができず、眉間にしわを寄せ、男を睨みつけた。
「なんでだよ。別に僕は何もしないって」
「そうかもしれないが、君を許したら歯止めが利かなくなるだろう。もし、あの方に何かがあったら戦争になるかもしれないくらい君もわかるだろ」
「戦争?そんなものそう簡単に起こってたまるかよ。べー!」
グティは顔を男に向けたまま、人差し指で左手の下瞼を下ろすと、先ほどにも増して空中で足をジタバタさせた。
「あのなぁ」
男はため息を漏らし天を仰ぐと、「ここ、少し抜けるぞ」と隣の仲間に伝え、騒ぎ立てるグティを連れたまま、やじ馬の外へ行こうと一歩踏み出した。その時だった。やじ馬の中から飛び出してきた拳が男の顔面を捕らえ、そのまま男を道路へと放り出したのだ。
「ぐわっ!」
赤髪の男は、グティをしっかりと抱きかかえながらアスファルトの上に倒れると、鼻から溢れ出る鮮血に右手で拭い、それをじっと見つめた。
「お兄さん、大丈夫?!」
赤髪の男のおかげで無傷だったグティは急いで駆け寄ると、腰に巻いていたジャンパーを特に出血のひどい左腕にかぶせた。何が起きたのだ。未だに状況を把握しきれていないグティは拳が放たれたやじ馬の方向に目を移すと、護衛の空いた空間に毛むくじゃらの大男がこちらを向いて立っている事に気が付いた。
「……でかい」
ついグティの口からそんな言葉が漏れるほどだった。そして何より不気味なことは、一人の男が殴られ倒れこんでいるこの状況に、誰も反応しない事であった。彼らには何も見えていないのか?そう考えてしまうのも無理はないくらいだ。グティは歯を食いしばり、自分の倍以上もある大男の眼前に迫り、その目を見つめる。
「なんで殴ったんだ」
そんなことを聞きたいはずじゃないのに自然と口からそんな言葉が飛び出た。
「なんでって、お前嫌がっていたじゃねぇか」
「そりゃ、嫌がってたけど……だからってあんたが殴る必要があるのかよ」
「はぁ?」
大男は首を傾げ頭をポリポリと掻くと、赤髪の男を指さし昂然とした態度で続けた。
「だってあいつ、正義屋じゃねぇか」
こいつは何を言っているのだ。グティは腕を組んでさらに厳しい眼差しを向ける。たしかに正義屋というカルム国独自の組織は聞いたことがある。だが、なぜそれが殴ってもいい理由になるのか、グティは結び付かなかった。その間、二人の間にしばらく沈黙ができると、周りにいたやじ馬の一人がぷっと吹き出し、それを皮切りに辺りが歓声から爆笑の渦に包まれた。
「は?今のどこがおかしいんだよ!」
グティは大男の分厚い毛で覆われた足をはたくと、大男は腰を低くして「お前、本当にカルム国民かよ」とグティに顔を近づけ、「正義屋なんて国の出来損ないはな、こういう扱いを受けて当然なんだよ。俺たちとは身分が違うんだよ」と声を出して笑い転げた。空では黒い鳥の群れまでもが、その様子をあざ笑うかのように大きな鳴き声を上げどこかへと飛び去っていく。相手にするだけ無駄だと判断したグティは踵を巡らせると、ゆっくりと立ち上がる赤髪の男のもとへと近づいた。
「お兄さん、やり返さないのかよ?」
「……君も同じだよ。いつかはああなる。この国にいる限りはな」
赤髪の男は大男の目の前に立ち、空いた護衛の穴を埋めるべく定位置に戻ろうと顔を上げた。
「なんだ、俺が邪魔か?」
大男のこの一言に周りのやじ馬が再び声を上げて笑い出す。それでもなお、反撃の意すらみせない正義屋のことをグティは見ていられず、笑い声をかき分けてまた車に向かって走り出した。
 
場所は変わって、カルム国の有名観光地であるペザー国立宮殿。宮殿内に入っていくクロムを一目見ようと取り囲んだ尋常ではない数のやじ馬と、それに匹敵するほどの分厚い正義屋の護衛で辺りは騒然としていた。ようやく走ることを止めたグティは、邪魔が入ったといえども自分に勝った少年の顔を覚えて帰ろうと、図々しく人の中へと入り込みやじ馬の最前列へと潜り込んだ。が、さっきの道路での警備の数とは比ではない正義屋たちのせいで、クロムの顔はおろか、宮殿の尖った赤い四つの煙突がようやく見えた所で断念せざるを得なかった。
「ホーク大国がなんだ!世紀大戦を忘れたのか!我らカルム国の誇りはどこ行った!」
突然、グティのちょうど真上の男たちが一斉に声を上げた。初めは数人だったそんな声も徐々に広がっていき、気になったグティが後ろを振り返ると、『ホークを許すな』だの『新兵器の開発反対』だの『もうこれ以上舐められてどうする』だの、そんな言葉がでかでかと書かれたプラカードが至る所で掲げられていた。
「プラカードを下げていただけないでしょうか」
何重にもの束になった正義屋はあくまでも丁寧な言葉づかいで呼びかけているが、やじ馬たちを力で押し返そうとする彼らに手加減はない。どうやら、グティが来てしまったスペースは『反ホーク大国』を掲げるデモ集団だったそうで、通りで警備が厚いわけである。グティはもみくちゃになる両陣営の押し合いに巻き込まれながらも、チャンスを逃さなかった。一点に警備が集中したことによって、小さなグティの体は比較的簡単にその間を潜り抜け、護衛を突破することに成功したのだ。
「やっぱり好きだな。この宮殿」
グティは左右均等な橙色や薄い紫色の石で造られた壮大な宮殿を前に、思わず立ち止まりそうになるが、外側に意識が向いている護衛にばれる前に宮殿の中へ入ってしまおうと足早に向かっていった。
 
「ここが、暗黒時代の幕開けによって混乱している29世紀の人々を描いた絵画です。作品名は……」
「おい、お前。そんな事よりも外が騒がしくて、気分が悪いんだが」
五メートルほどの色鮮やかな絵画に指先を向ける正義屋の一人が、クロムのそんな言葉に慌てて頭を下げた。
「申し訳ありません。しかし、他国の要人が来客されるのも久しい事でして、国民の興奮を鎮めるのは難しいかと」
絵画を紹介した男に変わって謝罪をする髭の生えたその男は正義屋副総裁のラギ・モンドであった。ラギは案内人役を後ろへ下げると、何か言いたげなクロムの顔を伺い、「どうされましたか」と笑顔で問うてみた。
「お前な、正義屋の偉い奴かしらねぇけど、俺に生意気な態度をあまり取らないことだな。いいか、俺はパパに何かあったらすぐに連絡できるんだぞ。今すぐにでも戦争を始めてもいいんだからな!」
クロムも負けじと歯を見せて不気味な笑みを浮かべるが、ラギは気にせず宮殿の奥地へとゆっくりと歩き出す。
「お言葉ですが、いつから戦争が起きれば我々の国だけに損害が出ると思っているのですか。それに、今戦争を起こすという事はクロム様が我々の捕虜になる覚悟があるという認識でよろしいですよね」
宮殿内に冷たい空気が流れた。それなのにその場にいた正義屋の額からは嫌な汗が流れ、中には目をつむり拳を固く結んでいる者さえいた。からクロムの足音が聞こえなくなったラギは、ピタリと立ち止まると「気分を害されたのであれば、お詫び申し上げます」と淡白な口調で話し、再び歩みを始めた。
「し、侵入者!侵入者!」
すると急に宮殿の入り口の方から正義屋の弱弱しい声が響いてきた。
「侵入者?」
ラギは足音の鳴る方へと走り出し「クロム様をお守りしろ!」と部下に命令すると、腰にしまっていた白色の拳銃を構え、大きくなっていく足音に身構えた。相手は何人で、どんな武器を持っていて、目的はやはりクロムなのか。一瞬にして様々な可能性を頭に巡らせるラギであったが、その正体が判明するとラギは拳銃の構える手を下げ、舌打ちをした。
「お!もしかしてクロムじゃね?」
侵入者として宮殿内を緊張させた声の主はグティであった。クロムの元へと足を止めないグティにラギは黙って足を引っかけると、いとも簡単にグティの体を取り押さえてしまった。
「いった!なんだよ、正義屋は子供相手なら容赦なしかよ!」
グティはラギの腕を力いっぱい握りしめ、そう唇を尖らせる。
「おい、そこのガキ」
するとクロムらしき子供の声がした。
「あんたがクロムってやつ?へぇ、思ったより声高いんだね」
「なんだと!おい正義屋、あいつを処刑しろ!無礼極まりないぞ!」
「え?」
グティは頭が真っ白になった。それもそのはず、クロムがそう命令した数秒後にはグティの目の前に銃口が現れたのだ。
「おい、待て。撃ったら俺が許さん」
そう言って拳銃を掴んだのは今もなおグティを取り押さえるラギであった。ラギはクロムの命令を迷いなく遂行しようとする正義屋の一人を睨みつけ、先ほどよりも冷たい空気を一体にただ寄せた。グティの心拍数が上がるのと比例して宮殿外のヤジも大きくなっていく。銃を構える男はその声に押されるように引き金に手を力を籠めようと目をつむったその瞬間、デモ隊から投げ込まれた爆弾が宮殿の上空で爆発した音と振動をその場にいた全員が感じ取った。
「これはちょっとやばいかもしれんな……」
ラギは天井に吊られた豪華なシャンデリアが左右に大きく揺れる様に、思わず奪い取った拳銃を手から滑らせてしまう。カラン。磨かれた大理石の床と金属が接触する音の冷酷さは、この国の人々の心を比喩しているようだった。国籍や身分が異なるだけで、他人を蔑み、時には危害を加える事さえ厭わない。こうなったのはいつからだろうか。ラギはなかなか拳銃を拾うことなく暫く、ぼおっとその場に突っ立っていた。
「ラギさん……どうしたんですか?」
正義屋の部下の一人がクロムの元を離れてラギの元へと向かうと、それと反対に身動きができるようになったグティは何とか処刑を撤回させようとクロムを護衛する正義屋の背中に飛びついた。
ドゴーーン
また大きな爆発音が鳴る。しかし今回のは迫力や熱気が一回目とは異なり、宮殿内にいるグティ達にも大きな物理的衝撃を与えた。それだけではない。最初の爆発音から揺れていたシャンデリアを支える天井までもが、地響きを立てながらグティ達の頭上へと落ちてきたのだ。
「まずい!クロム様をお守りするんだ!我々の……正義を、使命を全うするのだ!!」
髪の長い女の正義屋はそうやって拳を高く突き上げると、周りにいた者たちは自分の身など気にも留めず、クロム、そしてどういうわけかグティにも覆いかぶさった。
上に乗った正義屋越しに伝わる衝撃を感じるグティは意外と冷静だった。
「正義と、使命……」
グティはそう口ずさむと、去年見た不思議な夢が頭の中に蘇ってきた。正義屋たちの苦しむ声や、今もなお続く破壊音とデモ隊の怒号。そんなものとは裏腹に、グティの耳に流れてきたのは海が砂浜に打ち上げる音や、空を飛び回るすがすがしい鳥たちの鳴き声であった。
                  ♢
一定のリズム、だがその中にもそれぞれ味のある大きな波の音や、全身を包む柔らか温もりのある砂の感触。さらには容赦なく降り注ぐ日光など、自然の目覚まし時計によって10歳の体をしたグティは目を覚ました。
「うーん」
グティはじんじんと痛む頭をさすりながら知らない景色に目をやった。足元を支配する熱々な砂浜の他はあたり一面、美しい海と空で埋まっていた。
「キレイだろ?」
グティはやや低めの声が聞こえてきた方向へと素早く顔を向けた。
「ひぃ!誰?!」
その先には全身を赤い毛で覆い、感情を捨てたような冷酷な目や、顎下まで伸びきった鋭い牙を持つ一匹の狼がこちらを見て仁王立ちをしていた。グティはあまりにも信じがたい光景に目を見張り、砂浜の上をすり足で後ずさりしようと試みるが、そんな様子に狼は何故か微笑んでいた。
「ビビることはねぇよ」
赤い狼は水平線を見据え、グティに背を向けて続ける。
「俺はお前で、お前は俺なんだから」
「はぁ?」
この生き物は何を言っているのだ。グティは恐怖と困惑の色を目に浮かべながら、何とか態勢を立て直そうと右ひざをついて耳を傾ける。
「お前に言いたい事は一つだ、グティ。それは正義についてだ」
「正義?」
「あぁそうだ。お前にこれからの人生で意識してほしい事と重なるがな、自分が常に世界の主人公だという事を意識しろ。そしてその一度きりの人生で自分なりの正義を見つけるんだ。どんなに多くの人間に嫌われ、標的にされ、世間一般的に自分が間違っていようとも、その正義を全うしろ」
口を閉じた赤い狼の手の中には、いつの間にか物々しい緑色の液体の入ったカプセルが入っていた。あまりの展開の速さにパンク寸前のグティは、頭を整理するためにひとまず狼から目線を外し、遠くの海の上を優雅に飛び回る渡り鳥へと移した。ここはどこなのか、なぜ赤い狼が言葉を話せているのか、そもそも僕という存在は何者なのか。考えれば考えるほど、疑問符が出てくる。グティは今考えるべきことがどんどん遠くへと離れて行っているような気がして、頭を左右に振り邪念を払うと、再び狼の方へと向き直り
「それは一体?」
と、狼の手に指を差し問いかけてみた。不思議なことに先ほどまでの恐怖感はない。しかし、それと同時に狼からの言葉もなくなってしまった。狼はグティに背を向けたまま砂浜の上を歩み、その足に波がぶつかると動きを止めた。少し経ち何を思ったのか、狼は手に持っていた緑のカプセルを空に掲げ、勢いよく海へと投げつけたのだ。
「え?なんで?」
グティの頭の中はまた混乱した。それはカプセルを投げたことに対してではなく、その数秒後にグティの見えていた景色が一瞬にして溶け始め暗黒の世界が広がったことに対してだった。
「いずれわかるさ」
そんな狼の言葉と共に……。
 
カルム国・アンファ(首都の隣町) 星歴:3010年
 
「大丈夫ですか?意識があるなら何か応答をください!」
「これはまずいぞ!今すぐ正義屋を呼べ!」
男たちの慌ただしい声が耳に入ってくる。グティはハンモックのようなものに揺さぶられながらゆっくりと目を開けた。
「目が開いたぞ!生きている!僕、どこか苦しいところはあるかい?」
するとグティの目に飛び込んできたのは水着姿のだらしない体つきをした中年男性が、自分と太陽の間に顔を挟んでいる光景だった。
「あ、はい。じゃなくて大丈夫です」
グティのその言葉に張り詰めたビーチの緊張の糸が緩んだ。奥には声を張り上げて泣いている女性がいる。声だけで分かる、あれはママだ。その推測が確信に変わったのはグティの母・クラッシーが担架の上で横たわっているグティを強く抱きしめた時だった。
「ヒカル、何してるの?!あんなにママと離れて海に入るなと言ったのに!」
「皆がいるだろ!ママって言うのやめてよお母さん!」
自分でも気にし過ぎだとは理解していたが、この当時のグティは10歳にもなって『ママ』と言っているのが周りにばれたくなかったのだ。
「そうじゃないでしょ!あんたが海で溺れているところをこの方たちが助けてくれたのよ!」
母にそう言われ、グティは今さっきまで自分に置かれていた状況を思い出した。数時間前、グティは母と二人で海に着き、『更衣室から出たら待っていて』という母との口約束を交わした。だが、そんな約束がちっぽけに思えてくるほど、降り注ぐ太陽の光と融合し美しく輝く海にいつの間にか心と体が吸い込まれていき、気づいたら自分がカナズチだということすら忘れてグティは海に飛び込んでいた。そして物の数秒でグティは高波にのまれ海の餌食になりかけたのだった。
「あ、ありがとうございます!」
グティは数秒の沈黙の後に担架から起き上がり、礼儀正しく頭を下げた。クラッシーは自分まで申し訳なくなったのか、グティの頭に手を乗せ更に深いお辞儀をさせた。
数十分ほど経ち海はすっかりいつもの調子を取り戻していた。しかしグティはというと、さっきの出来事など気にも留めない様子で、海辺の巨大デパートのエレベーターから活気あるビーチを無表情で眺めていた。
「正義……」
グティは先ほど見た映像を思い出し、そう口ずさむ。果たしてさっきのは夢なのか、だがそれにしてははっきりと覚えてい過ぎだ。グティの頭は先ほどの『夢』らしきものにすっかり思考を独占されており、刻一刻と近づいてきている悲劇になど気づく由もなかった。     (9991文字)

 

~2・3話の埋め込み~


〈目次〉  


第一章              
【第2話・出来損ない】 【第3話・暗黒時代】           
【第4話・小さな誓い】【第5話・意地悪な】    
【第6話・宝探し】              【第7話・慟哭】          【第8話・優等生】         【第9話・冤枉】    【第10話・沸点】                 
第二章  
【第11話・若きコンプレックス】   【第19話・ロボバリエンテ】    
【第12話・緑眼】         【第20話・標的】     
【第13話・デパートの悲劇】    【第21話・本当の】
 【第14話・四年ぶり】           【第22話・あぶないよ】
【第15話・溶暗】         【第23話・ヒーローレスキュー】
【第16話・打開策】        【第24話・残痕】
【第17話・赤レンガの刺客】    【第25話・串刺し】
 【第18話・紫電】         【第26話・逆寄せ】

第三章
【第27話・浪命の交換】      【第35話・赤の進軍】
【第28話・華の所長】    【第36話・共倒れ】
【第29話・血の正体】    【第37話・おにごっこ】
【第30話・檻と銃口】         【第38話・司令官】
【第31話・失敗作】         【第39話・鬼の反乱】
【第32話・いとまごい】      【第40話・少女の決断】
【第33話・僕と後輩】             【第41話・そのふたり】
【第34話・ブルーサファイア】

第四章以降は、あらすじ・相関図・登場人物が記載されているコチラを→【総合案内所】【㊗連載小説50話突破】

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