いつか観たドラマ・「淋しいのはお前だけじゃない」(市川森一脚本、西田敏行主演、1982年)
以前、山田太一脚本のTBSテレビのドラマ「高原へいらっしゃい」が好きだという話を書いたが、私が大好きだったドラマがもうひとつあった。やはりTBSテレビのドラマ「淋しいのはお前だけじゃない」である。市川森一脚本、西田敏行主演のドラマである。「高原へいらっしゃい」は小学生のときに観たのに対して、「淋しいのはお前だけじゃない」は中学生のときに観たドラマである。
とても地味なドラマだが、たぶん、市川森一さんの脚本の中で最高傑作だと私は思う。事実この作品は、当時視聴率はふるわなかったものの、第1回向田邦子賞を受賞している。
サラ金の取り立て屋をしている沼田(西田敏行)が、サラ金会社の影のオーナー(財津一郎)に、旅役者(梅沢富美男)と駆け落ちした自分の女(木の実ナナ)から慰謝料2000万円を取り立てるように命ぜられるが、駆け落ちした2人に同情した沼田は、2人を逃がそうとして失敗し、借金2000万円の連帯保証人になってしまう。そして沼田は、借金を返済するために、ほかの債務者とともに大衆演劇の一座を結成する、という内容である。
中学生のときにこれを見て、「なんと地味なドラマだろう。しかしなんと面白いドラマだろう」と思った。当時、「池中玄太80キロ」の軽妙な演技で人気を博していた西田敏行さんが、一転して抑えた演技をしていて、西田敏行さんのイメージがいい意味で裏切られた。
借金に追われ、社会の敗者となった人たちが主人公である。いわば「ダメ人間」の彼らが、縁もゆかりもない大衆演劇の一座を旗揚げして、次第に自分自身を取り戻してゆく。その悲喜こもごもの人間模様は、感動的ですらある。
考えてみれば、「高原へいらっしゃい」と「淋しいのはお前だけじゃない」には、多くの共通点がある。
まず、プロデューサーが高橋一郎という人で、演出も一部高橋一郎さんが手がけているという共通点である。早坂暁脚本のドラマ「関ヶ原」も大好きで、その演出家も高橋一郎さんだったと思うので、私は高橋一郎さんの演出が好きだったのだと思う。
第二の共通点は、主題歌を小室等さんが手がけているということである。「高原へいらっしゃい」の主題歌「お早うの朝」は、作詞が谷川俊太郎さんで、作曲が小室等さんで、小室さん自身が歌っている。一方「淋しいのはお前だけじゃない」は、同名の主題歌を小室さんが作詞作曲し、主演の西田敏行さんが歌っている。これがまたいい歌なんだ。
そして第三の共通点、これが重要なのだが、人生に挫折したり挫折しかけたりしている人たちが集まり、一つのことを成し遂げる群像劇であるという点である。ホテルの再建と大衆演劇の成功というまったく異なる目標だが、その目標に向かって挫折をくり返しながら自己実現に向かって一丸となる姿は胸に迫るものがある。これに類するドラマとして、フジテレビで放送された三谷幸喜脚本のドラマ「王様のレストラン」があげられる。私にとっては「高原へいらっしゃい」→「淋しいのはお前だけじゃない」→「王様のレストラン」が、同じ系譜上に位置づけられるのだ。
「淋しいのはお前だけじゃない」の各回のサブタイトルが、すべて大衆演劇の演目になっていて、各回の内容もその演目とリンクするようなエピソードになっている点は、宮藤官九郎(クドカン)脚本のドラマ「タイガー&ドラゴン」を思い起こさせる。あのドラマの各回のサブタイトルも、すべて落語の演目になっていて、実際にその演目にリンクする話の展開になっているし、なによりドラマの設定も共通している。落語家(西田敏行)が多額の借金を抱え、その取り立て人であるヤクザ(長瀬智也)が落語に目覚め、一つ落語を覚えるごとに10万円の授業料を落語家に支払い、その落語家はそのままヤクザに返済するという妙な契約を結ぶ、という話で、「借金の返済」というプロットと、借金を抱えている落語家を西田敏行さんが演じているとなれば、これはもう完全に「淋しいのはお前だけじゃない」へのオマージュである。ことほどさように、このドラマは現在の人気脚本家たちに大きな影響を与えたのである。
そんな小難しい理屈はともかく、
「人間って、ダメな存在だよな。でも、愛すべき存在だよな」
そんなことを思わせてくれるドラマだった。西田敏行さんの訃報が流れたとき、「釣りバカ日誌」や「池中玄大80キロ」などが代表作として取りあげられたのかも知れないが、ほんとうは「淋しいのはお前だけじゃない」こそが、西田敏行さんの代表作だったんじゃないだろうか、と私は勝手にそんなことを思っている。ご冥福をお祈り申し上げます。
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