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読書メモ・鈴木ジェロニモ『水道水の味を説明する』(ナナロク社、2024年)
たんなる言い訳に過ぎないのだが、仕事が忙しくなると本が読めなくなる。小説にしろ評論にしろ、疲れているとなかなか思考が続かない。それに年齢を重ねてくると、本を読むことへの体力がかなり落ちてくる。
ふだん、車で通勤している私にとって、平日に都内を電車移動する機会がほとんどないのだが、3か月に1度、都内の病院で診察を終えたあとに、途中下車をして本屋に立ち寄るのが楽しみとなっている。
例によって阿佐ヶ谷駅で途中下車をして駅の南口に隣接する八重洲ブックセンターに阿佐ヶ谷店に立ち寄る。
そういえば阿佐ヶ谷を舞台にした真造圭伍さんの漫画『ひらやすみ』(小学館)を読まねばと思ったが、いまの自分の精神状態を考えると、もう少し気持ちに余裕があるときに読んだほうがよいような気がした。
店内をぶらぶら歩くと、相変わらず購買意欲をそそられる本ばかりが並べられている。しかしそこはグッとこらえて、吟味して買わなければならない。
とくに店内のいちばん目立つところに平積みにされている本たちは危険だ。
人生で一度は言ってみたい
「この棚に並べてある本を全部ください」
というセリフが思わず出てしまいそうだ。
平積みの本の中に、鈴木ジェロニモさんの『水道水の味を説明する』を見つけた。しかもサイン本だ。僕はすかさず手に取り、レジへ持っていった。
鈴木ジェロニモさんは人力舎所属の若手お笑い芸人で、以前に武田砂鉄さんのラジオにゲスト出演していたのがきっかけでその存在を知った。爆笑を誘うというタイプの芸人さんではないが、そこはかとなく面白い雰囲気を醸し出す芸人さんである。
購入後、封印しているビニールをとり、本を開く。第一印象は「コスパが悪い」。だって「弱い」という2文字しか書いてないページがあったりするのだもの。余白が多く、本全体が白い。つまり文字数が圧倒的に少ないのだ。
決してけなしているわけではない。今の自分にぴったりだと思った。今の自分には、文字数が多くて思考がかき乱される本よりも、少ない文字の中に思考を喚起させてくれる本が必要だったのだ。
「水道水の味を説明する」「一円玉の重さを説明する」「造花の匂いを説明する」「まばたきを説明する」「東京の部屋を説明する」「この本の厚さを説明する」。ふだん説明しようとは思わないようなものばかりに注目している。説明といってもダラダラと説明するのではなく、短い言葉を重ねていくことで、読む側の思考を喚起させる。それは一編の詩のようでもあり、哲学的な思索のようでもある。
谷川俊太郎さんに帯文を依頼したところ、「僕は『定義』には興味があるけれど、『説明』には興味がないので帯は書けません」と断られたという。でもその言葉がそのまま帯文になっている。この本の冒頭には、「説明」の「定義」として『広辞苑(第7版)』の「事柄の内容や意味を、よく分かるようにときあかすこと」が紹介されているが、これは谷川俊太郎さんに対するアンサーなのではないかと想像してしまう。そして歌人の穂村弘さんも解説を寄稿している。あとがきで鈴木ジェロニモさんは「本当だったらどうしよう。信じられない夏の出来事を信じることにした」と書いている。たしかに幸せな本である。
蛇足だが、この本を読んで筒井康隆さんの『現代語裏辞典』(文春文庫)を思い出した。こちらは現代語を独特の視点で定義する抱腹絶倒の本。「説明する」シリーズを続けていけば、『現代語裏辞典』に匹敵するような本が編めるのではないか、と夢想している。