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読書メモ·佐伯一麦『石の肺 僕のアスベスト履歴書』(岩波現代文庫、2020年、初出2007年)

最近忙しくて全然本を読めていないので、過去に読んだ読書メモから。

2020年に読んだ本のなかでとりわけ印象に残ったのは、佐伯一麦『石の肺 僕のアスベスト履歴書』(岩波現代文庫、2020年、初出2007年)だった。
著者自身のアスベスト被害について書かれた本なのだが、2020年のコロナ禍の状況と、じつに重なる部分がある。
私が、アスベストが人体に有害だということを初めて知ったのは、1988年、大学1年の頃だったと思う。当時入り浸っていた、サークルの部室がある「学生会館」という建物に、アスベストが使われているとのことで、学生運動の残党たちが「アスベスト撤去!」のアジ看板をあちこちに設置していて、それで「アスベスト」という言葉を覚えたのであった。
この本によれば、「一九八七年には、全国の小中学校で吹き付けアスベストが見つかり、社会問題となりました」とあるから、ちょうど同じ頃、大学でもアスベストが問題になっていたのだろう。
この本を読むと、アスベストが人体にいかに有害であるか、またそれを、政府がいかに放置してきたかがよくわかる。それは、2011年の東日本大震災がきっかけに起こった原発事故による放射能被害や、いまのコロナ禍における政府の対応ともつながる問題である。このあたりについては、武田砂鉄さんの巻末解説に詳しい。
この本は、そうした意味でも興味深いのだが、僕がもう一つ関心を持ったのが、この佐伯一麦さんという作家の人生についてである。

佐伯一麦さんは、小説家である。海燕新人賞とか、三島由紀夫賞とか、数々の文学賞を取っておられるのだが、長い間、小説を書くだけでは生計を立てることができず、電気工をしながら小説を書いていたというのである。そしてその電気工事の際にアスベストの被害に遭い、体調を崩すことになってしまったのである。
小説を書くだけでは食べていけず、肉体労働の電気工を続けていくのは大変だろうなあ、と僕などは思ってしまうのだが、もともと佐伯さんは、電気工の仕事があまり苦ではなかったらしい。もちろん肉体的には大変だったのだろうけれど。
また、そうした体験が、小説を書くことにもつながっていたようなので、小説を書くために電気工として生計を立てる、という、一見まわり道に見える人生の選択も、決して無駄なことではないことがわかるのである。もちろん、ご本人にとっては辛いことも多かったろうし、書いてある内容も深刻なのだが、この本からは、その体験とは裏腹に、絶望とか悲嘆とかといった様子があまり感じられない文体になっている。読んでいても暗くなることはないのである。
私もたまに、いっそ職場を辞めてフリーランスになりたい、と思うことがあるのだが、自分にはとてもその度胸がない。いや、考え方を変えれば、仕事の合間に、自分の好きなことをやっていると考えることもできるのか?とか、この本を読んで、自分の人生についてもいろいろと考えてしまった。
実は佐伯一麦さんの小説をまだ読んだことがないので、今度読んでみることにしよう。

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