木皿泉『すいか』(河出文庫、2013年)
『すいか』(日本テレビ、2003年、毎週土曜日夜9時、全10回)は、木皿泉脚本、小林聡美主演のドラマ。2003年放送だから、もう20年以上も経つのか。
東京の三軒茶屋の下宿「ハピネス三茶」を舞台に、30代半ばで独身の銀行員(小林聡美)、ちっとも売れない漫画家(ともさかりえ)、風変わりな大学教授(浅丘ルリ子)、といった女性たちが、それぞれにさまざまな「過去」や「事情」や「悩み」をかかえながら、些細なことに生きる価値を見いだし、少しずつ前に進み、自分らしさを取り戻していく、という内容である。とくにストーリーめいたものはなく、基本的には、コミカルかつハートウォーミングなエピソードがちりばめられる。
とても地味なドラマで、放送当時は、視聴率はあまりよくなかったようだ。だがこのドラマで、脚本家の木皿泉は向田邦子賞を受賞している。念のため説明しておくと、木皿泉は一人の脚本家ではない。男女二人の脚本家の共同ペンネームである。寡作だが、心に残る名台詞をちりばめる名人である。
『すいか』のシナリオ本も発売されている。私はドラマのシナリオ本を読むのが好きで、気に入ったドラマのシナリオ本があれば読むようにしている。
シナリオ本を読むのが好きなのは、むかしから脚本家になりたかったという夢と関係していると思う。
2013年に文庫化されたシナリオ本のあとがきで、木皿泉は次のように書いている。
「このシナリオを書いたのは、十年前である。
(略)
けっして若くなく、書く仕事だけでは食べてゆけず、魚を売ったりコーヒー豆を売ったりするパートに出ていた。いつもお金はなく、名前も知られず、野望もなく、二人でしょーむない話をしてはゲラゲラ笑い、お金にならない話を考えては二人で褒めあい、本をよく読み、ビデオを観て、食べたいときに食べたい物を食べ、眠りたい時に眠っていた。私たちは、とっくに、こうあらねばならない、というものを捨てていた。フツーでないことに、少し焦りもしていた。でも、自分たちがおもしろいと思うものは、けっして手ばなさなかった。
『すいか』を読み返すと、その時の私たちの生活や考えていたことが立ち上ってくる。こんな台本、もう書けないと思う。ケンカっぱやくて、書くのが遅いのは昔のままだが、いまは木皿泉という名前が少し売れて、売れればその期待を背負わねばならず、『すいか』を書いていた時のように全てのものから解放されることはもうないだろう。
五二歳と四六歳の私たちに、コワイものなど何ひとつなかった。これは私たちの財産だ。何があっても、あそこに戻れば大丈夫と今も思っている。」
(木皿泉「文庫版あとがき」『すいか』河出文庫、2013年)
ドラマ「すいか」が放映されたのが2003年。地味なドラマだったが、いまでもDVDボックスとかシナリオ本が売れている。
もちろん私も、このドラマを何度も見返し、シナリオ本を読み返したりしているのだが、私にとっての愛着のある木皿泉の作品は、この「すいか」のみである。その後、小説が本屋大賞にノミネートされたりして、木皿泉は有名になっていくが、話題になった小説を読んでも、私にはなんとなくしっくりこなかった。『すいか』以上のものではないと、どうしても思ってしまうのだ。文庫版のあとがきを読んで、その理由がわかる気がした。
私も、セオリーを無視して、自分がおもしろいと思ったことを手放さないような本を書きたいと思ってきた。実際、そう思って書いたつもりの本もあるのだが、自分にとっての『すいか』のような本だと胸を張って言えるかどうかは、自信がない。