読書メモ・島田潤一郎『あしたから出版社』(ちくま文庫、2022年、初出2014年)
以前の職場の同僚で、いまは同じ中央線沿線に住む友人のAさんにお会いするのは何年ぶりだろう。前回にお会いしたのが大病を患う前だったと思うから、8~9年前かも知れない。今回の待ち合わせ場所は、国立の増田書店。私にとっては高校時代の懐かしい書店で、Aさんにとっては日常通っている書店だ。
再会のきっかけになったAさんからのメールには、
「しばらく以前から、ブックカフェかひとり出版社をやれたらいいだろうと夢想することが多いのですが、出版社をやる場合は顧問で来ていただけるとありがたいです」
と書いてあり、すでに出版社の名前まで仮決めしていた。私にはひとり出版社の編集者の知り合いがいたし、つい最近は若い友人二人が「ふたり出版社」を立ち上げたばかりなので、私にとってもタイムリーな話題が出たことに驚いた。久しぶりの再会は、いわばその「設立準備会合」である。
約束の時間に行くと、すでに Aさんは書店の中で書棚を眺めていた。久しぶりの挨拶もそこそこに、二人の視線は書店の書棚に注がれた。あいかわらず心憎いまでの本の並べ方をしている。
増田書店は1階に話題の本が、地下1階にちょっと専門書っぽい本が置かれている。「まず地下から行きましょうか」と階段を降り、書棚の一つ一つをぐるりとまわりながら、いろいろな本を見つけてはああでもないこうでもないと対話をした。
「ここの書棚は、どうもひとり出版社を意識したコーナーみたいなんだよね」
たしかに書棚を見るとその種の本が並んでいる。みずき書林の岡田林太郎さんの『憶えている』(コトニ社、2023年)も並んでいた。
「この夏葉社、っていうひとり出版社がけっこういい本出しているんだよねぇ」と、Aさんが同じ書棚に並んでいる夏葉社の本を手に取った。けっこうな数の本を出している。
「初めて聞きました」
「吉祥寺に会社があるみたいなんだけど」
「そうでしたか。じゃあご近所さんですね」
ひととおり地下1階をまわった後、1階に戻り、書棚をひとつひとつ眺めながら、お互いに気になった本を取りあげて対話をする。贅沢な時間である。
そんなことをくり返しているうちに、1冊の文庫本を見つけた。島田潤一郎『あしたから出版社』である。
「これってひとり出版社についての本じゃないですか?」と本を手にとると、さっき知ったばかりの夏葉社の編集者が書いた本だった。これは読まねばと、躊躇なく買うことに決めた。気がつくと本をサカナに増田書店に2時間近くも滞在していた。小旅行気分でああでもないこうでもないと喋りながら2時間も滞在できる書店は良い書店だ。
さて「ふたり出版社」を始めるとしたらどんなことが必要なんだろう?と、私はあらかじめ、最近ふたり出版社を始めたという友人にかくかくしかじかと尋ねたところ、
「専門分野の違うお二人の先生がふたり出版社をするとなれば、これは絶対に成功すること間違いなしです!」
と言われつつも、予想していたとおり、やらなければならないことがたくさんあることを教えられた。
「若くないとなかなかできないかも知れませんね」
とAさんに伝えると、
「まあ、子どもが秘密基地を作るみたいな発想から始めたいと思ったからねえ」
と秀逸なたとえに思わず笑ってしまった。しかし、50歳を越えたおじさんふたりが、自分たちの理想とする秘密基地のことを真剣に考えるというのは、かなり楽しい時間であり、そんなことを語り合える間柄は貴重である。
帰宅してさっそく『あしたから出版社』を読むことにしたが、これが読み始めると止まらない。親しかった従兄弟の死をきっかけに、その両親や自分自身を慰めるために本を作ろうと思い立ち、ひとり出版社を立ち上げる。しかしノウハウは全くない。お金も減っていくばかり。絶望の淵に立たされていた著者は、いろいろな人に助けられながら、小さな奇跡を起こし、本の出版にこぎつけ、さらにそれが次の出版につながっていく。もちろんその奇跡の裏には著者本人の執念があったことは言うまでもない。そのひとつひとつが、いずれも胸を打つエピソードばかりである。
「ぼくは、ひとり出版社とうたっているが、ひとりではなにもできない。そのことを、会社を続ければ続けるほど、痛感するのである」(116頁)
「ぼくは、かつては、自分ひとりですべてができる、と思っていた。ひとりで考え、ひとりで実行することにプライドを持ち、だれの世話にもなりたくない、と思っていた。
けれど、ひとりでやっている、なんていうのは、単にふくれあがった自意識のようなもので、記憶をすこし掘り返せば、ぼくは、ぼくのことを気にかけてくれている、たくさんの人たちに支えてもらっている、ということがわかるのである」(同頁)
このことは、ひとり出版社で仕事をする全員にあてはまる気持ちなのだろう。
この本を読むと、ふたり出版社ができるような気もするし、できないような気もする。要は腹の括り方の問題である。もし腹を括るとしたら、残された時間はそう長くはない、…って、なかば本気で考えてしまう自分に気づく。