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あとで読む・第60回・北畑淳也『マイナ保険証6つの嘘』(せせらぎ出版、2024年)

毎月桁違いの医療費を支払っている私にとって、現行の保険証制度の有無は文字通り「死活問題」である。その保険証が、今年(2024年)12月をもって廃止されると聞いて、私は絶望した。その後も多少の猶予期間があるらしいが、その先はどうなるかわからない。
だったらマイナ保険証を作ればいいじゃん、といわれそうだが、問題はそう簡単ではない。

数年前から、「哲学系YouTuberじゅんちゃん」というYouTube番組を見るようになった。ほぼ毎日だいたい30分ほどの動画がアップされる。私はどんなに疲れていても、寝しなにこの番組を見ることが習慣になった。
「哲学系YouTuber」といっても、番組は哲学そのものを扱っているわけではなく、おもに時事問題をテーマとしている。しかし本業は哲学者であり思想家でもあり、その片鱗は番組の中に時折あらわれる。そもそもなぜこの番組を見始めたのかというと、とくに政治家に代表される「権力者」や「強権者」のいいかげんな発言について、論理的に完膚なきまでに批判しているからである。
それに、「じゅんちゃん」の嗅覚には舌を巻く。まだそのことが問題だとみんなが気づいていない段階で、それがいかに愚かなことかを指摘し続ける。やがてそれは大きな社会問題として取りあげられることになる。たとえば、あの政治家の言動はおかしいのではないかと、みんなが気づく前にその発言に対する違和感を解説する。するとその数か月後にはそれが社会問題として大手マスコミに取りあげられるようになる。

マイナ保険証についてもそうだ。デジタル担当大臣の国会答弁は最初からおかしかった。マイナ保険証を利用すればいかに便利になるか、とか、人に優しいデジタル社会の実現の第一歩、などとくり返し答弁しているが、その中身を吟味してみると、それがとんでもない詭弁であることがわかる。それを「じゅんちゃん」は論理的に解き明かし、便利であるどころか、現場のクソどうでもいい仕事を増やすだけの「プルシットジョブ」を引き起こす必然性を指摘している。
マイナ保険証の有効性を示す詭弁として、「現在の保険証はICチップが内蔵されていないので、なりすましが簡単にできてしまう。これがマイナンバーカードに紐付けすれば、そういった被害はなくなる」とデジタル担当大臣はくり返し主張する。しかしこれまで保険証のなりすましが大きな社会問題になったことがあるだろうか。現行の保険証の制度は長い年月をかけて築かれた合理的な制度であり、とくに不便を感じたこともない。これを問答無用で廃止し、マイナンバーカードに紐付けるために湯水のように使った予算については、不問に付されるのだろうか?
「じゅんちゃん」は、早くからデジタル担当大臣の矛盾だらけの答弁に注目し、これはとんでもないことになるぞと番組の中でかなり力を入れて解説してきた。それを書籍化したのが『マイナ保険証6つの嘘』である。数ある時事問題の中で、書籍化してでもこの制度の欺瞞を告発しなければならないという、一種の使命感にもとづく本だと理解している。

この本が出版された後も、マイナ保険証をめぐる矛盾は次々とあらわれている。昨今のニュースでいえば、マイナンバーカードと免許証を紐付けることも実現することになりそうなのだが、この場合は、現行の免許証を廃止せず、マイナ免許証と併用できることにするという。免許証は残し、保険証は廃止するその違いは何なのか?免許証にできて保険証にできないという理屈は、どう考えてもおかしい。
私の見立てにすぎないが、これは省庁の力関係というか、力学にもとづいた結果、こうした差異となってあらわれたにすぎないのではないか。だとすれば、マイナンバーカードと保険証の統合が、デジタル担当大臣自身の「突破力」をアピールするためだけにおこなった思いつきのアイデアにすぎなかった可能性が高い。大げさではなく、この制度改悪には人の生き死にがかかわってくる。総選挙で与党が過半数割れしたという事実をもって、いくらか事態は変わるだろうか。それでもまだ不安である。自分の命の問題として、これからも注視しなければならない。

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