読書メモ·武田砂鉄『テレビ磁石』(イラスト堀道広、光文社、2024年)
入院して最初の頃は何もすることができないが、しばらく経って体調が少し安定してくると、1日が長く感じられるようになる。そうなると身体に負担がかからないていどに何かしたいと思えてくる。むろん、仕事はストレスをためるのでもってのほかだし、テレビも面白くないので見るという選択肢はない。すると必然的に読書をしたいという欲求が生まれてくる。
入院中でも読める本はないだろうかと吟味して、読みかけていた武田砂鉄さんの『テレビ磁石』と、もう1冊の本を家から持ってきてもらった。『テレビ磁石』は、1つのエピソードが見開き2ページで完結しているので、疲れたらそこでいったん休憩すればよい。分厚い本なので病人にはいささか重いという難はあるが、疲れたら本を置けばよい。我ながら的確な選択だ。この本を入院のお供にして正解だった。
おまえ、たった今テレビは面白くないので見ないといったばかりなのに、テレビ評についての本を読むのかよ!と矛盾を突かれるかもしれないが、不思議なことに、砂鉄さんが取りあげるテレビの細かな話題のほとんどについていけるのである。もちろんテレビ評以外にも政治や社会の問題を幅広く取りあげている。つまりこの本は単なるテレビ評ではなく、それを政治や社会の問題に落とし込んでいる。自分もそんな感じでテレビを眺めていたことにあらためて気づかされる。
武田砂鉄さんのすごいところは、自分とは正反対な思想信条を持っている人や、苦手だと思う人の書いた本も丹念に読み込んでいることである。いつだったか砂鉄さんと青木理さんが対談したときに、「武田君、よくそんな(くだらない)本を読んでるねぇ。僕は不愉快だし時間の無駄だから読もうとも思わないよ」と青木理さんが言っていたが、それがふつうの反応かもしれない。しかし砂鉄さんは執拗に問題の人物の著書(原典)にあたる。これはまさしく徹底した実証主義である。
偉い人や偉そうな人は、質問されたことに答えずに微妙に論点をずらして答えをはぐらかす。この本のテーマのひとつは、「あるテーマに関して論点ずらしをしたり笑いで茶化したりする人を見逃さずに指摘する」ということだと思うが、そのための武器のひとつが、「どんなに不愉快な内容であっても、相手の書いた本や語った雑誌を読み込む」ことなのだ。「あなた、ご自身の著書でこう書いていますけれど、本に書いていることと実際にやっていることが違うんじゃないですか?」少なくともその武器があれば、指摘する側はぶれることがない。そして相手の外堀を埋めることができる。
思い出すのは前回の東京都知事選挙の時である。おおかたの予想に反して3位と目されていた候補者が2位と目されていた候補者と圧倒的な差をつけて2位に浮上した。しかしその候補者の「選挙特番」での発言は、典型的な論点ずらしに終始していることが明らかだった。
荻上チキさんがパーソナリティーをつとめる、TBSラジオの選挙特番のインタビューでは、荻上チキさんをはじめとするチームが一丸となって論点ずらしをさせないために徹底的な質問を浴びせるが、インタビューの時間が短いこともあり、それでものらりくらりと交わそうとする。
最後に砂鉄さんがその候補者の書いた本の一節を読み上げ、そのことの意味を糺したところ、相手は答えにしどろもどろになった挙げ句、「本当に僕の本を読んだんですか?」と、お決まりの「質問を質問で返す」手法で乗りきろうとした。そのときの砂鉄さんの返しがすばらしかった。
「読みましたねぇ~」
なるほどこれが最強の武器なのだ。おそろしく迂遠なやり方だけれども、それを厭わない砂鉄さんの精神的なスタミナに感服している。