雑感・加東大介『南の島に雪が降る』(ちくま文庫、2015年、初出1961年)(後編)
加東大介『南の島に雪が降る』(ちくま文庫)について、もう少し書く。
ニューギニアの部隊に、エノケン一座の如月寛多がいると、兵士たちの間で話題になった。
エノケン一座の如月寛多といえば、当時としては有名な、今でいう「お笑い芸人」である。
加東は、上司の村田大尉に頼み込んで、如月寛多を演芸分隊に転属させることにした。
ところが、である。
本名を青戸と名乗る、如月寛多を見たとき、加東は唖然とした。
こいつはニセモノである!
俳優である加東は、内地で如月寛多をよく見ていて、知っていたのである。
自分が知っている如月寛多とは、似ても似つかないヤツが、如月寛多の名を騙っていたのである。
加東は、上司の村田大尉に報告する。
「如月さんではありません。ニセモノです」
しばらく考え込んだ村田大尉は、加東に言った。
「いいじゃないか。オレたちは、ここで死ぬかも知れないんだよ。もう生きて帰れないとすれば、内地の長谷川一夫よりは、ここにいるニセモノの如月寛多のほうが、ありがたみがある。俺はそう思うがね。どうだろう?」
この上司の言葉で、加東はニセモノの如月寛多を受け入れることにする。
実際に舞台に立つと、この「ニセ如月寛多」は、実に芸達者だった。演芸に憧れ、一時期ホンモノの如月寛多に弟子入りしていたこともあるという。
たちまち「ニセ如月寛多」は、人気者になった。もうすっかり、ニューギニアでは彼こそが正真正銘の「如月寛多」だったのである。
さて、終戦を迎え、内地へ帰ることを今か今かと待っていた、ある日。
内地に帰れることを信じて、マクノワリ歌舞伎座は、引き続き公演を行っていた。
上司の村田大尉が、加藤を呼び出す。
「もうすぐ内地に帰れるかも知れない。そこで、青戸伍長のことなんだがね…」
青戸伍長とは、ニセ如月寛多の本名である。
村田大尉の提案はこうであった。
「もし、我々が内地に帰れたとしたら、彼をニセ如月寛多のままで帰すわけにはいかない。内地には、ホンモノの如月寛多がいる。如月寛多を詐称していたことがばれたら具合が悪かろう。
ところがねえ。青戸だけ本名に戻させたんでは、みんなに怪しまれるよ。そうなったら、いつかはばれるかも知れない。可哀想じゃないか。あんなにやってきたんだものねえ。そこで一計を案じたんだ」
そして村田大尉は、敗戦を機会にマクノワリ歌舞伎座の座員たちが名乗っていた各自の芸名を、一律に禁止するという提案をしたのである。
「少し不自然な感じがしないでもないが、まあしかたがないだろう。それで青戸が傷つくのを防げるものならね」
死の淵にいた兵士たちを喜ばせるためにと、ニセ如月寛多を許可した村田大尉が、こんどはニセ如月寛多のことを案じて、彼のために最大限の配慮を提案したのである。
加東はこのときの気持ちを、こう述べている。
「どこまで、気のまわる人なのだろう…。私は、心から頭がさがった。
『よく、わかりました。その命令は、私が伝達します』」
さて、この上司の提案は、実際に内地に帰って、功を奏したのかどうか?
それはこの本を最後まで読んでほしい。
この本で描かれている村田大尉は、いってみれば「理想の上司」である。
真のリーダーとは、こういう人のことをいうのだ。
そして、それを受けとめる部下もいなくてはならない。
この本は、リーダーシップの教科書でもある。
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