見出し画像

読書メモ・寺尾紗穂『彗星の孤独』(スタンドブックス、2018年)

鶴見俊輔『思い出袋』(岩波新書、2010年)を久しぶりに読んでみたいと思い、手に取った。そういえばこの本は、寺尾紗穂さんのエッセイ集で取りあげられていたのを読んで、私も読んでみたいと思って買ったんだったな。あれはどのエッセイ集だったっけ?そして寺尾さんはそこでどんなことを書いていたっけ?と、寺尾さんのエッセイ集を探すと、『彗星の孤独』(スタンドブックス、2018年)の中に収められた「犀の角」というエッセイの中にその記述を見つけた。
『彗星の孤独』は、数ある寺尾さんの本の中でもとりわけ大好きなエッセイ集で、以前にも書いたことがあるが、寺尾紗穂さんと親しいという若い友人に頼んで、本にサインをしてもらった。

あとで読む・第5回・寺尾紗穂『日本人が移民だったころ』(河出書房新社、2023年)|三上喜孝 (note.com)

久しぶりに手に取って、思わず読み耽ってしまった。
仙台でのコンサートを終えた寺尾さんは、そのコンサートを企画した須藤さんから、1冊の新書をもらった。それが『思い出袋』である。なぜその本を須藤さんはプレゼントしたのか?会話の中で、関東大震災の時の朝鮮人虐殺の話におよび、須藤さんは「ある本」を読んで、無実の罪で捕まって獄中で自殺した女性がいたことを知ってショックを受けたのだという。その「ある本」が『思い出袋』だったのである。ちなみにその女性とは、朝鮮人朴烈の恋人だった金子文子のことである。
須藤さんがその本を寺尾さんにプレゼントし、帰りの新幹線の中でその本を読んだときのことが語られている。1冊の本が、2人の間で共鳴を生む。そんな「本との出会い方」がとても印象的であると感じたので、私も『思い出袋』を読みたいと思ったのだということを思い出した。

私がこのエッセイ集で最も印象的だったのは、父・寺尾次郎さんの死について書いた「二つの彗星 ー父・寺尾次郎の死に寄せて」である。2018年に亡くなった寺尾次郎さんは、山下達郎さんや大貫妙子さんと一緒にシュガー・ベイブという伝説のバンドのベースを担当していたミュージシャンだったが、その後映画会社に就職し、フランス映画の字幕翻訳家としてゴダール作品など数多くの作品を訳してきた。「おそらくフランス映画の字幕で数えればこなしてきた数は歴代一位ではないか」と寺尾紗穂さんは述べている。
寺尾紗穂さんにとって父・次郎さんは、遠い存在だった。次郎さんは仕事に没頭するタイプで、家族と別居していたのでほとんど接点がなかった。しかし父が病気が深刻になってから、その距離は急速に縮まっていき、寺尾さんは戸惑う。
「葬式で何か歌って」「そうだ、あれがいいな。『ねえ、彗星』。あれ、好きなんだ」という父の言葉にも、寺尾さんは戸惑った。その歌には「君と僕とは似ているよ ずっと前から思ってた」という歌詞があり、「その歌詞を思い出すにつけ、もしかしたら父も私のことを思い浮かべて「君と僕とは似ているよ」と感じていたのだろうか」と寺尾さんは述懐する。
エッセイの最後の言葉には、涙腺が崩壊した。

「私も父も彗星だったのかもしれない。暗い宇宙の中、それぞれの軌道を旅する涙もろい存在。二つの軌道はぐるっと回って、最後の最後でようやく少しだけ交わった。そんな気がした。(後略)」

私事だが、私の父はいまから7年前、2017年に死んだ。平凡なサラリーマン人生を歩み、自分のことはほとんど語らず、何も書き残すことなく去った。私は病院で最期を看取ったが、平凡な別れ方をしたと思う。それでも今になって思うのは、寺尾さんの「君と僕は似ているよ」という歌詞である。
先日、親戚一同で集まったとき、叔母たちは「あなた、どんどんお父さんに似てきたね。目元とか声とか、まるであなたのお父さんよ」と口々に言った。私はそういわれるのがまんざらでもなく、「そうだよ。考え方も似てきたよ。自分でもわかってるよ」と答えた。私と父もまた、彗星のように交わることのない人生だったが、いまは「君と僕は似ているよ」という歌詞の通りになった。
『彗星の孤独』を読んだのが、父の死の翌年の2018年。父の死を経験してから読んだからこそ、私にとっていまでも大切な1冊に思えるのかもしれない。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?