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回想1・日野剛広『本屋なんか好きじゃなかった』(十七時退勤社、2023年)より
日野さんのこの本の中の、「本屋が閉店するとはどういうことか?を考える」の冒頭に、2017年に調布市の書原仙川店が閉店したという記述があるのを読んで、私の中で記憶の扉が開いた。
高校時代に同じ部活だった同学年のKさんとは、クラスは違ったけれども図書委員としても一緒に活動していた。なんとかみんなに図書室を利用してもらおうと、会誌を作って全校に配ったり、読書会をしたり、といろいろな試みをした。私も会誌に読書エッセイみたいなものを書いた記憶があるが、どんなことを書いたかは覚えていない。
本が好きなKさんは、大学時代に地元近くの本屋さんでアルバイトをしていていた。卒業後は高校の国語の教師をしたいといっていたが、実際には本の取次会社に就職した。根っからの本好きなのだと思った。
大学を卒業して1年が経ったころに、Kさんに会って話をする機会があった。本の取次会社につとめていると、職業柄いろいろな本屋さんをまわる、というので、お薦めの本屋さんはある?と聞くと、「京王線のつつじヶ丘駅前にある『書原』という本屋さんが好き」と答えた。
私は本屋に対するKさんの鑑識眼を信頼していたので、さっそく書原を訪れた。そこは、日野剛広さんがこの本の中で「書原の品揃えは非常によく練られており、決して広くはない空間にメガ書店にまったく引けを取らない豊かさがあり、つくづく本屋は規模ではないと言うことを痛感するのだった」と書いているとおり、まさにこのままの印象だった。
調布市の仙川にも書原があったことは知らなかったが、書原の店舗が一つ減ったことを知り、一抹の寂しさを覚える。…と思って調べてみたら、阿佐ヶ谷店も高井戸店も閉店となり、いまはつつじヶ丘店の1店舗だけになってしまったようである。日野さんは、仙川店閉店の知らせをくれた知人の、「いろいろと形態を変えて生き残る本屋や、イベントで注目を集める本屋があっても良いけれど、そうじゃなくて、こうしたお店が淡々と営業している事の方が大事だと思います」という言葉を紹介している。たしかに私もそういう本屋さんが好きだった。
書原をすすめてくれたKさんはそのとき、こんなことも言っていた。「三上君って、大西巨人の『神聖喜劇』の主人公の東堂二等兵のイメージだね」と。私はそれを聞いてすぐに浩瀚な『神聖喜劇』を読んでみたが、若かった私にはその真意がよくわからなかった。
その数年後Kさんは、教員採用試験に合格して都立高校の国語の教師になったという。夢が叶ってよかったと思っていたら、6年ほど前(2017年)、高校の部活のOB会でKさんと短い立ち話をしていたら、50歳を目前にして高校の教師を辞めて、いまは『るきさん』(高野文子、ちくま文庫)みたいな生活をしている、とほのめかすので、気になって『るきさん』も読んでみた。なるほど好きな本を読みながら気ままに生活をしているということなのだろうと思った。コロナ禍以後は会う機会もないし、連絡先も知らない。
めったに会わないし、これからももう会うことはないだろうけれど、要所要所で自分の人生に影響を与えてくれた気がする。