オトジェニック・荒井由実(松任谷由実)「中央フリーウェイ」(1971年)

松任谷由実さんの曲の中から好きな曲を選べと言われたら、迷わず「中央フリーウェイ」と答える。なぜなら、この歌は、私の実家のことを歌っているからである。つまりこの歌は私の歌なのだ。

以前、ある試みをした。
中央道を車で八王子方向に向かったときのことである。
ひとつ確かめたいことがあった。
ユーミンの「中央フリーウェイ」の歌詞の一節、
「右にみえる競馬場、左はビール工場」
はとても有名だが、じつはこの歌詞こそが、私の実家の場所を指しているのだが、それは後ほど述べるとして。
問題は、なぜ、「競馬場」が先で、「ビール工場」が後なのか、ということである。
「左はビール工場、右に見える競馬場」では、いけないのか?
理由は簡単。「調布基地」から八王子方面に、中央自動車道を車で行くと、まず右手に競馬場が見え、それからほどなくして、ビール工場が見えるからである。
競馬場とビール工場は、中央自動車道をはさんで対称の位置にあるのではなく、ビール工場の方がほんの少しだけ、八王子寄りに位置しているのである。
だから絶対にここは「右に見える競馬場、左はビール工場」とならなくてはならない。
試みに、中央自動車道を車で行き、競馬場の横を通ったときに、「み~ぎにみえるけーばじょう~」と、歌い始めてみるがよい。
するとちょうどよい具合に、「ひ~だりはビールこーおじょう」と歌っているときに、左側にビール工場が見えてくるはずである。
つまりこの歌は、競馬場とビール工場の微妙な位置の違いをも歌いこんだ、とてもリアリティのある歌なのである。
この「細かな部分のリアリティ」こそが、ユーミンの音楽の真骨頂なのだ。
ちなみに我が実家は、「み~ぎに」と歌い始める瞬間に左を向くと、見えるはずである。だからこの歌は私の歌なのだ。

もう一つ引っかかっていたのは、冒頭の歌詞、
「調布基地を追い越し、山に向かって行けば」
(「山に向かって行けば」とあるけれど、山なんかあったかな?)
それも確かめることにした。
調布インターをすぎたあたりで、カーステレオでユーミンの「中央フリーウェイ」をかけた。
すると、驚くべき光景が眼前にあらわれる。
たしかに、前方に山が見えたのである!
調布インターを過ぎたあたりから、中央道は、やや西南西方向に進路を変える。
すると前方に、稲城市の多摩丘陵が、忽然と目の前にあらわれてくるのだ
そうか。この「山」というのは、多摩丘陵のことなのか。
それからほどなくして、中央道はやや西北西に向きを変え、多摩丘陵は見えなくなる。
曲をかけたまま走り続けると、ちょうど「右にみえる競馬場、左はビール工場」の歌詞のあたりで、まず右手に競馬場が見える。やがてその左前には、ビール工場が見えてくる。このことはすでに述べた。
そして、歌詞の最後、
「この道はまるで滑走路 夜空に続く」
中央道が、西南西方向から西北西方向に向きを変えると、多摩丘陵は見えなくなり、眼前には遮るものが何もなくなる。目の前に広がるのは、空だけである。
これはまさに、滑走路と呼ぶにふさわしい。
つまり、
「調布基地を追い越し 山に向かって行けば」
「右に見える競馬場 左はビール工場」↓
「この道はまるで滑走路 夜空に続く」
という流れは、実際に中央道を車で走ってみて、刻一刻と変わってゆく風景や皮膚感覚を、かなり忠実にユーミンが歌詞に仕立てていったことを示しているのである。
そう思えば、かつてこの町に住んでいた私としてはこの歌を自分の歌として抱きしめたくなる。

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