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読書メモ・雑誌『文芸ラジオ』10号「特集 モブに生きる」(2024年)
書店で『文芸ラジオ』という雑誌を見つけて、雑誌名がとても素敵だと、思わず手に取った。特集は「モブに生きる」とあった。
恥ずかしながら今まで「モブ」という言葉があることすら知らなかったし、その意味するところもわからなかった。アニメや漫画などでよく使われているそうで、ざっくり言うと「その他大勢」という意味らしい。これまでだと漫画の主人公にはなりにくい普通の人たち、すなわち「モブ」を主人公とする漫画が最近では増えているのだという。私は漫画をほとんど読まないので、その世界のことがいままでまったくわからなかった。
雑誌には「モブ」に関するいくつかの漫画が紹介されていたが、私が唯一知っているのは『薬屋のひとりごと』だった。娘がこのアニメをひどく気に入っていて、私は横からそのアニメをチラチラ見ていた程度なのだが、なるほどあの主人公のような人をモブというのだな、と、かろうじてモブの入口が見えてきた気がした。
雑誌には、モブを主人公にした漫画を描いた何人かの漫画家へのインタビューが載っている。紹介されている漫画の中で、私がとくに読みたいと思った漫画は、真造圭伍さんの『ひらやすみ』だった。阿佐ヶ谷を舞台に、ゆったりとした普通の日常が描かれているという。舞台が阿佐ヶ谷というだけで読みたくなる。
しかもインタビューによれば、『ひらやすみ』には山形も出てくるそうだ。その理由は、山形に真造さんの親戚がいて、馴染みの土地だからという。もともと『文芸ラジオ』の発行元の一つに、山形の東北芸術工科大学があり、そこで教鞭をとっている芸人のサンキュータツオさんもインタビューに参加している。「山形」という言葉に反応してしまうのはよくわかる。かくいう私も、以前は山形に住んでいたし、いまは阿佐ヶ谷の近くに住んでいるので、これは私が読まなければならない漫画だ、と運命的な出会いを感じたのである。
かくのごとく、私の「モブ」についての知識はまったくもって貧弱なのだが、これを読んでいて思いだしたのは、朝井リョウさんの小説で映画化もされた『桐島、部活やめるってよ』である。
私は映画を観ただけで、原作の小説は読んでいないのだが、あの映画こそ、モブの映画なのではないだろうか、という気がしてきた。
映画を観た当時、この映画の面白さは「登場人物の誰に感情移入できるか?」という点にかかっているのではないかと思ったことがある。運動部系のモテ男子もいれば、オタク系の男子もいる。女子にも同様にスクールカーストが存在する。
共学の公立高校で、文化系の部活に所属していた私は、当然のことながら、神木隆之介さん演じる映画部の「前田」に感情移入ができた。
しかしそれ以上に感情移入できたのは、大後寿々花さん演じる吹奏楽部の部長、沢島さんである。沢島さんが、私と同じように、吹奏楽部でアルトサックスを吹いている、という点ももちろん大きいが、それ以上に、沢島さんの心の動きが、手に取るようにわかるのである。
映画部の前田君や吹奏楽部の沢島さんこそ、モブなのではないだろうか。してみるとこれはモブ映画であるともいえる。
それほど読んだわけではないので勝手な想像だが、そもそも朝井リョウさんの小説にはモブを主人公とする小説が多いような気がする。とすればモブ小説というジャンルも存在しうるわけだ。
モブという視点を導入することで、漫画やアニメや実写映画の見方や小説の読み方が広がるような気がする。いまさら気づいたのか?とバカにされそうだが、私がいまさらそう思ったのだから仕方がない。