忘れ得ぬ人々・第12回「お笑いサークル」
「大学のお笑いサークル」というのが、いま注目されているらしい。
一種のブランドというのだろうか、サークルじたいがいわば芸能事務所的な役割を担い、そこからさらにプロのお笑い芸人として老舗のお笑い系芸能事務所に正式に入る、というケースもあるらしい。
以前勤めていた大学にも、お笑いサークルがあった。そのことを知ったのは、いまから14年ほど前(2010年)の大学祭でのことである。
大学祭のときのキャンパスをブラブラ歩くのが好きだった。犬も歩けば棒に当たるとはよく言ったもので、私の指導学生である3年生のTさんが、「お笑いライブ」というプラカードを持って「2時半からお笑いライブをやりますから、見にきてくださーい」と宣伝して歩いていた。
「え?Tさん、お笑いサークルだったの?」
「ええ、私、会長ですよ」
「ちっとも知らなかった。…じゃあ、ライブに出るの?」
「いえ、出ません」
「じゃあ、ネタを考える方なんだ」
「いえ、別にそういうわけでもないです」
どういうこっちゃ!
どうも裏方に徹しているらしい。
プラカードをよく見ると、「ビーフシチュー」とか、「クリームシチュー」とか書いてある。
「これ、ひょっとしてコンビ名?」
「いえ、うちのサークルの屋台で出している料理です」
ややこしいなあ!お笑いサークルで「クリームシチュー」とか書いてあったら、誰だってコンビ名だと思うじゃないか!
わざとそうしているのか?はからずもそうなったのか?私はお笑いライブを見る前にすでに十分に笑わせてもらった。
また、こんなこともあった。
年度末を控えたある日、3年生のTさんが研究室にやってきた。
「あのう…、ひとつたのみたいことがあるんですけど」
と、Tさんがおそるおそる言った。
てっきり、就職活動の相談かなにかだと思った。「何でしょう?」
「1枚、写真を撮らせてもらってもいいでしょうか」
「写真?」
「じつは、私のやっているお笑いサークルで、今度追いコンがあるんです。そのときに、卒業する4年生の先輩にその写真をプレゼントしようと思うんです」
「私の写真を?お笑いサークルの4年生に?」
「ええ」
「だって、その4年生たち、私のことなんて、知らないんでしょう?」
「そうです。だからいいんです」
わけがわからない。どういうことだ?
「…ダメでしょうか?」
「いや、かまわないよ」私はあっさりとOKした。
「え?ホントですか?じゃあ、いまここでお願いします」
「ええ!?ここで?」
研究室の扉ごしに廊下をみると、Tさんのほかに2人の学生が立っていた。2人とも、面識のない学生である。お笑いサークルの仲間なのだろう。
研究室が狭いので、廊下に出て撮影することになった。
「彼と並んでいるところを撮ります」とTさん。
「ええ!?」
面識のない2人の学生のうちの、1人が女子学生、1人が男子学生だったのだが、そのうちの男子学生と並んで写真を撮る、というのである。
ますます不可解である。どうして、面識のない学生と私が並んで写真に写らなければならないんだ?
「じゃ、並んでくださーい。笑ってくださーい。10秒で済みますから。はい、チーズ」
カシャッ!
面識のない学生のうちのもう1人が、デジカメで写真を撮った。どうやら写真係らしい。
「ハイ、よく撮れてますよー」と、写真係の女子学生がデジカメの画面を私に見せた。「あとでプリントアウトしてお渡ししましょうか?」
「いらないよ!」
何で見知らぬ学生と写っている写真をもらわなきゃならないんだ?
「どうしてこんな写真を4年生にあげるの?」
「ふつうの写真じゃつまらないと思って、どういう写真だったら面白いかを考えたんです。そしたら、知らないオジサンが写っている写真だったらシュールで面白いんじゃないかと…」とTさん。
オジサン、て…。
「この写真を先輩たちに渡したときに、『誰だよ、このオジサン!』とツッコまれるのを期待しているんです。いわゆるお笑いの専門用語でいう『ツッコミ待ち』ってやつです」私と一緒に写真に写った男子学生が、得意げに語った。
だからオジサン、て…。
「まさか先生にこんなにあっさりとOKしていただけるとは思いませんでした。おかげで4年生にウケること間違いなしです!ありがとうございました」
3人は満足そうな顔で帰っていった。
うーむ。本当にウケるのだろうか?
もしウケなかったら、単なる「不審なオジサン」で終わってしまうんじゃなかろうか。
こういうのをシュールな笑いというのだろうか、よくわからない。
牧歌的な時代だった。のんびりとしたサークルだった。「大学のお笑いサークル」がメディアで話題になるたびに、Tさんのことを思い出す。ちなみにTさんは卒業後、お笑いの道には進まず、お笑いとは対極にあるようなまじめな仕事に就いた。いまでもお笑いに対する憧れは持ち続けているだろうか。いまはどんなお笑い芸人が好きなのだろうか。