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食事処れとると:壱
一
あれ? 変だ……。
空き部屋のはずの710号室から、物音がする。
厭だなぁ、泥棒? って、ここは完全オートロックシステムだし。
ネズミとかでもなんか厭、私、ネコ型ロボットみたくネズミは
ちょっと、ね。南無阿弥陀仏、気のせいでありますように!
ガチャ!
「うわっ!」「うわっ!」
人だ、ひ、人ぉ?
「ええと、ここは?」
「こ、ここははるみ苑です。……入居者のご家族の方ですか?
こんな深夜にどうされたんです?」
「やけに暗いと思ったら夜だったのか。
あんた、この屋敷の住人かい?」
「住人というか職員です。「酒」に「咲」と書いて酒咲と言います」
「さかざき……綺麗な響きの名前じゃねぇですか。
おいらは蔵之助、都の十二番街で宮大工の請負いの仕事やってんだ」
「都? 蔵之助? あなたはこの街の出身ではない?
まるで異世界から迷い込んできた人の台詞ですね」
「異世界、ねぇ。しっかし、この建物は凄いねぇ!
壁は丈夫だし、床はぴかぴかに磨き込んである。職人が惚れ込む仕業だぜ」
「やっぱり、あなた、変です。はるみ苑は築7年で
新しい建造物の部類に入るかも知れないけど、ごくごく平凡な構造ですよ」
「そう、やいやい言わないでおくれよ、おいらだって
まだ自分の置かれた状況を整理出来た訳ではない。
とりあえず夜を明かして、酒咲さんにいろいろと
はるみ苑のことをご教授願おうかな」
「あら、酒咲さん、宿直明けでも帰らないの?」
「それが、ちょっと……」
「ふんふん、蔵之助さん、十二番街の宮大工、
ふざけている様にはとれないわね。710号室で仮眠されてるんでしょ?
連れていらっしゃい、私も謎の訪問者の相手がしたいわ」
二
「蔵之助さーん、朝ですよぉ」
「ん……ううん、朝、だってぇ?」
「よくお休みになられたみたいですね、じゃあ、簡潔に、
見たい訊きたいを満たしてください」
「なぁ、酒咲さん、あのご婦人が座られている物には
車輪が付いてるな。あのまま移動出来るって寸法かい?」
「そうですよ車椅子っていいます。初めてご覧になられました?」
「くーるーまーいーすー?
お、おぅ、くるまいすさんとは初対面だ」
「いつの時代から迷い込んだか分からないけど、
蔵之助さんの時代に持ち帰れば、重宝する一品かも知れませんね」
三
「ぴかぴかな素材は鉄器かな?
高価過ぎて手が出ねぇよ」
「木製なんか、
手作りの温かみがあって
いいんじゃないかしら?」
「あなたも酒咲さんの仲間ですかい?」
「甲本香織といいます、
酒咲は介護福祉士、
私は精神保健福祉士なんですよ」
「甲本さんって言ったっけ?
ご丁寧な自己紹介は有難いが、
肩書きまでは頭に入んねぇわ。
要するに持ち場が違う同僚ってことだろ?」
「都って、正式名称はなんて言うんですか?」
「おいら、おちょくられてんのかなぁ?
平城京以外にどこが?」
「平城京? 泣くよ うぐいす……」
「酒咲さん、それは平安京じゃなかったかしら?
平城京は確か
去年遷都1300年で話題になった、
ほら! あの、せんとくんで有名な!」
「あーあーあー、せんとくん!
鹿の角が生えたツンツルリンですよね?」
「おいおい、ご両人。時の旅人を差し置いて、
楽しげにくっちゃべらないでおくれよ。
なんだい、なんだい、
平城京の他にも
へいあん京っていう都もあるのかい?」
「私も酒咲も見たことはないんですけどね。
ごめんなさい、はるみ苑について、
知りたいことは他にもあります?」
「随分、皆さん、齢を重ねていらっしゃるようだが?
ここはご長寿さんの溜まり場かい?」
「そうですね、蔵之助さんの時代の平均年齢からすると、
随分、高齢な方もいると思います。
1300年の間に医療も随分進化したんです」
「甲本さんだっけ? せいしんほけんなんたら
ってどんな仕事なんだい?」
「精神保健福祉士は、
精神病……心のもやもやを抱えている人々の
生活をサポート……じゃなくて、助力するのが生業です。
酒咲の介護福祉士という肩書きは、
身体……特に手足の自由が奪われて、
正常に生活できない方の助力をする生業。
高齢になれば、心身ともに
綻びが生じてしまうものなんです」