算術

彼は、引き算と云ってみたり、足し算と云ってみたり、歯軋りを換算する方法を、頭の中だけではなく、口にまで出して、歯軋りの人に説明しようとした。彼は、云っているさきから、自らこんがらがっているのに、ドギマギし、2引く1は1でしょう、0足す1は、これも1でしょう、答えは、結局いっしょですからと、笑って、初等教育の一コマを強引に終わらせるのであった。机に戻り、煙草に火をつける。つけられた煙草の方は、堪ったもんじゃないと絶叫しながら焼身していく。灰皿には、お骨の山が、まだ朝だというのに築かれている。僕は、彼の肩口から、読経する。気候も麗らかに過ごし易くなった所為か、大から小まで生き物たちが、何処からともなく机の上に現れ出て来る。まず、蟻だ、そいつを彼は潰す。彼は、擬人化したりしない、蟻は、蟻である。机は、蟻たちの通り道なのだろうか、二匹三匹と現れて、そいつらを彼は潰す。彼は、想う、まだ蟻はこの机を通るだろう、そして、俺は潰す。素手の指で処刑を執行してきたが、流石に汚れるのは、気持ちの好いものではない、濡れティッシュを指に巻いて、それに当たることにしよう。次々に蟻は、潰されていった。蟻の群れからすれば、引き算である。彼にしてみれば、蟻の群れの実態、総数を知る由もないので、足し算になる。彼は、足して10になると、机から潰れた蟻を摘まんで、灰皿に落とした。ちょうど五回目の骸の束を灰皿に落とした時、約10センチ程の生き物が机に現れ出た。虫ではない。四つ足の哺乳類の豚だ。これは、珍しいモノが出てきやがったと彼は潰した。流石に指では、潰しきれないので、英和辞典で叩き潰した。悲鳴があがった。内臓、体液、血液が潰された豚の周りに円を描いて拡がった。それを見つめながら彼は、生け捕りにして焼けば、喰えるんじゃないかと想った。シシャモみたいに丸ごと豚を頬張ったら、さぞかし美味い事だろう。彼は、潰れた豚を灰皿に遺棄し、机に溜まった証拠を綺麗さっぱりと拭い去って、新たな豚の出現を待った。だが次に現れ出たのは、二足歩行のニンゲンという生き物だった。今までと違い、流石に縦に長かった。ニンゲンは、彼のように言葉を喋り、薄く笑った。1引く1は0だよな。やっぱり引き算だよ。ニンゲンは、右手に斧をぶら下げていた。切り刻めば、足し算も可能になるが、どうする?。それに、応えて、彼が、ニャッ!と鳴いた瞬間、斧が彼の頭蓋骨を粉砕していた。ニンゲンは、擦り切れた歯を剥き出して、生のまま彼にかぶりついた。チャイムが鳴り、給食の時間が終わった。僕は、放送室で、読経を一通り済ますと、晴れ渡った天空の下、ニンゲン共とサッカーをした。

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