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(株)飯田ケーブルテレビ主催 The Magic of Music 光キャストビジョンコンサートvol.10 2024. 9/16 at SALON De TATSUH 大山大輔 Baritone 日下部かおり Piano

マチネを聴き終えて立った私は、快い興奮のなかにいた。フィッシャー=ディースカウのテクネーとプライの平和な愛を併せ持った稀有なバリトン。一聴の印象だった。「才能もすごいけど、挫折も努力も人一倍してきた人だと感じる」とは、あのシュターミツSQとの記念碑的CD「ZROD」(私は、ここにひとりの女の覚悟がある、と讃えたものだ)以来親交を結ばせていただいている日下部かおりの大山大輔評だ。始まりの、人生苦楽辛酸を嘗め尽くしたものでなければ醸し出せないエスプリとヒューモア溢れるMCに、私も同じような所感を抱いていた。「我々の素晴らしい楽器の中にお招きして」との大山の言葉でコンサートは始まった。

大山といえば、私のように声楽に疎いものは、劇団四季「オペラ座の怪人」の10代目怪人という顔を思い出してしまう。だが経歴を見れば、東京藝大を首席で卒業して院を修了したリートもオペラもこなす実力者だ。台本執筆から演出、歌唱・演技指導にも定評があるという。我らが日下部も、セッション相手としてこれ以上は望めないといっても過言ではなかろう。

ステージは、大山の巧まぬ「くすぐり」をはさみながらもシリアスに進んでいく。最初はベッリーニの三つの歌曲。日下部のよくフィンガーコントロールの効いた、ソットヴォーチェ、レッジェーロではじまる。我々が「熱い思い」と知っている第一曲。抑制のきいた内側で燃える愛の炎、dur。第2曲、mollに転じて、大山の声がにわかに輝きを増す。第3曲イタリアらしいdur。大山のとても抒情的な歌唱が光る。日下部の美音!光と影が美しくリリカルに交錯する。続いて邦人作品三曲。大中恩、「劇場」から。ピアノによるまさしく劇的な序奏、太く堂々と大山。歌詩の中では次々と仮面がはがされてゆく。最後の仮面をはがすとそこには涙があり、曲はまた劇的に終わる。「木兎」、中田喜直。マエストーソ、日下部のハイノートが鮮やか。抑制された激情。鮮やかな、クラシックでは何というのだろう、ジャズでいう、両者のコンピング。表現!思わずメモの手が止まった。山之口貘「求婚の広告」。中田喜直「結婚」。メンデルゾーン真夏の夜の夢の結婚行進曲がパロディックに響く。無調っぽいのはヒューモアか?ここで休憩。

休憩後はシューマンのステージ。日下部ソロから。「ウィーンの謝肉祭の道化」からロマンス。シューマンらしく内側に響くタッチ。小品ながら内声部がよく語る。みごとなシューマンだった。ほとんどアタッカで「詩人の恋」。繊細なリリシズム、アイコンタクト、息の合わせ方… 私はこの演奏に何を語れるだろう。ほんとうのシューマンを聴いた… 最後日下部のソロパートで胸が熱くなったものだ。

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