先輩。
いつもバカばっかやってる先輩が居た。
周囲を笑わせるのが得意な先輩。
花粉症が酷くて変なくしゃみが特徴的だ。
新人のわたしにいろいろ教えてくれた。笑いを混ぜながら。
「知ってるか?齋藤。これ」
綺麗な河津桜の写真。
「さくら、ですね」
「おれの地元、今年も綺麗に咲きそうなんだよ」
「地元、ここじゃないんですか?」
「伊豆の方」
毎年春に休み取って地元に帰ると笑顔で言う先輩。
「年に一度桜の時期に帰るんだけどさ、帰ると戻りたく無くなるんだよなぁ……こっちに」
遠い目をしてた先輩。
それは何処か寂しそうで。
「だーくしょい!」
気のせいかな。
いざと言う時に盾になってくれた。
わたしのミスなのに。
一生懸命謝ってくれた。
『お前のミスはおれのミスだ』って
笑ってくれた。
何故か、上層部からは嫌われている先輩。
酷いことを言われてるのを聞いたことがある。
その時に、わたしは何も言えなくて。
『あいつはミスばかりでどーしよーもねぇ』
本当に自分のミスにしていたんだ。
もうすぐ1年になる手前、わたしが仕事に慣れ始めてミスも少なくなった頃に、先輩が会社を辞めた。
突然だった。
「お世話になりました。みなさん、お元気で」
地元に帰るのだそうだ。
就業時間が終わり、わたしは先輩に声をかけることも出来ず……。
お礼も言えず……。
最低。
『もっと先輩に教わっておけばよかったね』
1年先輩の萌さんが寂しそうな表情でわたしに言った。
萌さんもきっとわたしの様に助けて貰っていたのだろうと思った。
萌さんは感謝の言葉を先輩にすぐさま言いに行っていた。
先輩は照れ臭そうに笑っていた。
わたしはショックが大きくて、先輩と話したら泣いてしまいそうで。
辞めるだけで泣く後輩なんて気持ち悪いと思われちゃうとか、自分勝手な妄想に負けて、最期なのに話も出来ずに終わってしまった。
会社のエレベーターで上司が乗ってきた時。
『めんどくせぇ奴が辞めてくれて清々するわ』
「め、めんどくさいやつ……ですか?」
『あぁ、やたらと噛み付いてくるあの馬鹿は喧しくて仕方なかったよ。そのクセ下の連中に媚び売ってーー』
「媚なんて売ってません……」
『あぁ?』
「先輩はただ……わたし達に楽しく働いて欲しかっただけだと思います」
舌打ちと共にエレベーターを降りる上司。
ーー言ってやった。本当のことを言ってやった。
後で部長に呼び出され。
『なんだ?さっきの態度は』
ーーこんな感じなの?この会社って。
「何がでしょうか?」
『自分で働きにくくするなよ、齋藤』
「は?」
『生意気な新人が誰に向かって言ってんだ!?』
「わたしは本当の事を言っただけです」
『齋藤、あの馬鹿みたいな事を言うな……だいたいアイツに仕事を教わったからーー』
「もう結構です、わたしこの会社辞めますので」
ーーうんざりだ。きっと先輩はコイツと戦ってたんだ。
『何勝手なことをーー』
「失礼します」
後先考えずに辞めてしまった。
その次の日、わたしは伊豆に向かっていた。
まだ河津桜は咲いている。
会いたい。先輩に。
あの日、言えなかったお礼を。
気付かせてくれたお礼を。
守ってくれたお礼を。
電車の中で、わたしは先輩にLINEを入れた。
『今から河津駅へ河津桜を見に行きます。先輩、会えませんか?』
既読は駅に着いても付かなかった。
河津駅。
かなり広い範囲で河津桜祭りが行われてる。LINEは未だに既読がつかない。会えるかどうかわからないのに来てしまった。
電話しようか?いやいや、そんな度胸は無い。声を聴いたら、わたしは泣いてしまう。
迷っているうちに、既読がついた。
『おお、齋藤!今どこだ?もう駅に着いたか?着いてるなら駅から川沿い目掛けて歩いてみ、おれもそこに居るからよ』
返信。もう泣きそうだ。
歩くと云うより早歩きだ。
気持ちがはやる。
「だーくしょい!!!」
でっかい変なくしゃみが聴こえた。
ダメだ。泣く。
「先輩っ!」
「おお、齋藤!よく来たなぁ」
相変わらずの笑顔。ダメだって。
「目真っ赤だぞ?花粉症か?」
「違います……」
「お、おい、なんで泣いてんだよ」
たじろぐ先輩。ほんと、すいません。
「先輩、どうして辞めたんですか?」
声が震える。ださいなぁ、わたし。
「あー、実は親父がこっちでペンションやっててな。倒れちまってさ。おれが跡を継ごうかと」
やっぱり事情があったんだ。
「本当はもう少し面倒見てやりたかったんだが、急だったから本当に申し訳ない」
「いえ……先輩が辞めた日に言えなかった事があって……」
「ん?」
「いろいろ助けてくださって……いろいろ教えてくださって……笑わせてくださってありがとうございます」
「あ、いやいや、こちらこそ。中途半端で投げ出してしまったから申し訳なかったね」
「わたし……先輩が……」
「だーーっしゃい!!」
変なくしゃみがわたしの言葉を掻き消した。
「すまんすまん、なんて言ったんだ?」
そんな間の悪いところも……。
「わたしは先輩が大好きです」
ーー本当の事を言えるわたしになれた。
再び響く変なくしゃみは、桜の花を揺らした。
[完]