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足音が来る。


わたしの前の仕事で通信の仕事をしていた時期がありまして。
そこであったお話。

夜勤があり、事務所に泊まることが殆どだったんですが、東京の僻地で仕事をしてました。

AとBという事務所があって、Aがメインの事務所で、Bは補助的なところでした。

Aは二人体制の泊まり
Bは一人体制の泊まりでした。

事務所は僻地の塔みたいな作りで最上階で業務に当たってました。エレベーターはなく、螺旋階段みたいに登っていく事務所で、夜は事務所のシャッターを降ろして誰も入れないセキュリティをとってました。

もちまわりでBの事務所にシフトで入ることがあるのですが、独りなので交代したらすぐシャッターを降ろしておくようにするのが暗黙のルールでした。

独りなので、夜はなかなかもの寂しいのですが、事務所自体は無線でザーザーとやかましい状態でした。

わたしがBで泊まりになった夜。

それは起こりました。
最上階事務所のドアは開けてあったんですが……
カン、カン、カン
と螺旋階段下から音がする。

風で何かが当たってるのか?と上から見下ろしてみるが、上からではわからない。

だが、風であればもっと不定期に音が鳴るはず。

なってる音は、カン、カン、カンと。
一定のリズム。
まるで足音。

シャッターは当然閉めているので外から人が入ることは不可能。
階段の電気を付けて目を凝らしても確認できないが、音だけカン、カン、カンと一定にしている。

急な寒気と同時に、唐突なインスピレーションが走った。

階段を上がっていている。

すぐ事務所のドアを閉めて、息を殺していると……。
足音は消えた。

そんな体験をしたB事務所。
A事務所で同期と泊まりに入る時、仲が良かったのでもはや宴会と化す夜勤なんだが、ふと同期の相方が飲みながらB事務所の話をしてきた。

「Bの泊まり気持ち悪くない?」

わたしは心当たりがあったので
「足音?」とだけ返した。

即答でそう!と答えられて、同じ体験をしてるんだとその話が酒の肴になった。

暫くして……

カン、カン、カン。

ふたりでゾクッとして事務所の空いてるドアを見てから顔を見合わせる。
「うそだろ?」
「なんでこっちに……」

シャッターは当然閉めてある。誰も入っては来れない。
また、螺旋階段下から足音がする。
風ではない、そもそも風が吹いて当たるようなものもない。
ふたりで階段下に目を凝らす。
電気をつけているが誰も見えない。
しかし、足音は着実に階段を登ってきている。

踵を返して、事務所に戻りドアに鍵をかける。
足音は依然消えない。
ふたりして言葉は出なかった。
出してはいけないように感じた。

カン、カン、カン。

音がドアを閉めてるのに聞こえるということは近くまで来ているということだ。

いつもなら無線でやかましい事務所から一切音が消えていた。
それが今思い返しても不気味だった。

カン!

最後の一歩であろうか。
音が止まる。
ふたりで顔を見合わせて、喋らず手と目で会話した。
声を出せなかったからだ。

わたしはドアを指さして、目で
「外にいる」と伝えると
同期は黙って頷いた。

事務所は静まり返ったまま。
物凄い圧迫感が包む。

静寂。

こんなに長い静寂はこの事務所において有り得ない。

唐突に入る無線。
それと共に意味不明の圧迫感は消えた。
「開けるよ?」
声を出せるようになったわたしは同期に聞くと、
「もういないよ」と答える同期。
勢いよく開けられたドアはいつもと同じ風景。

ふぅーーーー!
と、大きく息を吐き出す二人。
こんな緊張感は初めてだったかもしれない。

「話したからこっちに来てしまったんかな?」

それを機にAでその話をするのを辞めた。


[完]


前にしてた仕事場での実話です。

二人同時に体験しているので
間違いない出来事でした。

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暁月夜 まくら
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