夢の限りに非ず。
僕は電話が嫌いだ。
かけるのも、かけられるのも。
相手の時間を奪うし、自分の時間も奪われる。
高校生のタクミはスマートフォンを電話として使ったことがほとんど無い。
余程の緊急時を除いて。
今は必要な用事は多種多様なアプリで文字でやり取り出来る。
それで充分だった。
そんなある日。
『time distortion code』
そんなタイトルの迷惑メールが来た。
開かなきゃ良かったのだが、ついうっかりタップミスして、開けてしまった。
開いた瞬間。
何だか目の前が歪んだ気がした。
妙な感覚。
なんの気なしに電話帳を眺める。
かけもしないが、電話帳にはそれなりの人の名前が羅列している。
そこに。
『坂井 藤次郎』の名前。
ーーは?なんで?じぃちゃんの名前が?だいぶ前に亡くなったのに……。
僕はじいちゃんっ子で、毎日子供の頃じぃちゃんの家に入り浸っていた。
じぃちゃんは色んなことを知っていて、色んなことを教えてくれた。
時にそれは予言めいたことも言ったりして、当たった時は少しじいちゃんが怖くも思えた。
物事を見透かしたような眼。
それはいったい何を視ていたのか。
僕には想像もつかなかったが、優しいじいちゃんと一緒に居るのが好きだった。
それは突然訪れた。
じぃちゃんが交通事故にあった。
轢き逃げらしい。
頭を地面に打ちつけてしまって帰らぬ人になった。
幼心に残るじいちゃんとの別れ。
犯人は未だ捕まっていない。
じいちゃんの名前を見て思い出していが、電話帳の中身を開いてみるときっとじいちゃんの自宅だったところの番号なのだろう。
母親に確認したら、
『なんであんた知ってるの?小さい頃に遊びに行ってたくらいなのに』
タクミは良く遊びに行っていたが、電話はかけたことがない。
その番号が何故か自分のスマートフォンにある。
ーーまさか、ね。
通話のボタンを押してみる。
コールが続く。全く見ず知らずの人が出たら間違えたと告げて切るつもりだった。
『はい、もしもし、坂井です』
ーーじいちゃんの……声だ。
「あ、あの……僕……」
『おやタクミかい?元気そうだね』
声変わりしている僕をわかるのか?
「うん、タクミ。でも、僕は」
『元気そうでなによりじゃよ、声が聞けて嬉しいよ』
ーーまてよ。
「じいちゃん、今、日にちは何年の何月何日??」
『20✕✕年の6月21日じゃよ?どうした?急に』
ーーじいちゃんが事故で亡くなった日だ。
「いいか、じいちゃん。今日は絶対に外に出たらダメだ。いい?約束して」
タクミはじいちゃんの交通事故を無かったことにしたかった。
もしかしたら、神様がタクミに与えたチャンスなのかも、そう思って話した。
『いやぁ、わしゃあ、どうしても出掛けないけん用事があってのぅ』
「明日にしたらいいじゃんか!お願いだよ!」
『タクミ、わしの寿命は此処までだったんじゃ。これだけは頭に入れて置いておくれ、ええか?寿命だったんじゃ、わしの事故は寿命だったんじゃよ』
「じいちゃん!!」
『大きくなったタクミの声が聞けて嬉しかったよぉ、タクミ』
ーープツ。ツーツーツー。
電話が切れた。
慌ててすぐかけ直すタクミ。
『この番号は現在使われておりません』
ーー嘘だろ?
居ても立ってもいられずに、外へ飛び出すタクミ。
『あんた、どこ行くの?』
母親が聞く。
「じいちゃんとこ!」
原付に飛び乗り、じいちゃんの家を目指した。
今、そこに向かってもどうしようもないのに。向かわずにはいられなかった。
ーーじいちゃん……お願いだ。外に出ないでくれ。
もっと強引に止めるべきだった。
そうしたらじいちゃんは死なずに済んだかもしれない。
助けることが助けることが出来たかもしれないのに。
タクミの頭の中に後悔の文字が降り注ぐ。
イラつく自分に比例してバイクの速度は上がっていく。
そして。
ーードンッ!!!キキッ!!ガガガン!!!
ハンドルを取られて体勢が崩れるタクミ!派手に転倒した。
ーーいってぇ……。
『信号無視で人を轢いたぞっ!』
『爺さんが!!』
『おい、救急車!!早く!』
『急げーー!!』
「え……この交差点……」
頭から血を流している老人。
その姿はーー。
ーー嘘だろ??
意識が朦朧としてくる。
ーーじいちゃんを轢いたのは僕なのか?
闇へ落ちていく意識ーー。
目覚めたら自分の部屋のベッドの上だった。
ーー夢か?
違う、額と手を擦りむいている。
ジーンズの膝も破れて、血が滲んでいる。
慌てて外に出て原付を確認する。
原付には転んで擦ったようなキズ。
「じいちゃん……僕は……」
ーー僕が殺したんだ……じいちゃんを。
頭に浮かぶじいちゃんの言葉。
『タクミ、わしの寿命は此処までだったんじゃ。これだけは頭に入れて置いておくれ、ええか?寿命だったんじゃ、わしの事故は寿命だったんじゃよ』
ーー全部、知ってたんだね……。
「じいたん、じいたん」
『んー何じゃ?タクミ』
「たっくん、じーたんが大好きなの」
『おーそうかいそうかい。タクミはいい子じゃのぅ……タクミになら……殺されてもいいのぅ……』
「んー???」
タクミは不思議顔。
『いやいや、何でもないわい、ちょっと先の話じゃよ』
夕焼けを背負いながら老人はニコリと笑ったーー。
[完]
昔の作品のリメイクです。
現代風に置き換えてみました。
過去作は『テレホンカード』なる化石を使ったお話だったので(笑)