#雪化粧 シロクマ文芸部 1234字
〝雪化粧〟 綺麗な言葉。
わたしは思う。
枯れた木も、踏み潰された芝も、田の畦も、みんなみんな真白く綺麗になってくれればいい。しんしんと、深く降り積もってくれればいい。汚いものや醜いものや嫉妬や失恋も、すべてを真白く消して、なかったことにしてほしい。
*
妻がいることは分かっていた。わたしと似合わないと分かっていた。それでも抑えられなかった。ただ一言。「好きです」と言ってやりたかった。
「山田鮎、営業いくぞ」
「はい」
「鮎、運転しろ」
「はい」
「先方、お前のこと褒めてたぞ」
「そうですか」
「おれがいなくても、お前なら大丈夫だから」
そんなこと、言わないで下さい。
わたしはあなたがいてくれたからここまでやって来れたのです。不器用なわたしを、あなたが大切に育ててくれたから、こうしてあなたの後を引き継げるのです。あなたが頭を下げてくれたから、あなたが居残りしてくれたから、あなたが駆け回ってくれたから、あなたがわたしの失敗をかばってくれたから、あなたがしつこいセクハラを止めてくれたから。
あなたが、あなたが。
〝あなたが、好きです〟
「なんか言ったか」
「いえ」
「そうか。行くぞ」
「はい」
すべてが真白く綺麗になれば
雪化粧のようにしんしんと
どうせ覆い隠されるなら
わたしにだって、言えるのに
*
「はいよ! 醤油ラーメン、背脂たっぷりね!」
わたしの眼の前にテラテラのラーメンが置かれた。
「うわ、アユ先輩、営業前っすよ。大丈夫っすか」
「うるせえな。大丈夫だから食べてんだろうが、すみませーんちょっと背脂少ないんじゃないですかー!」
「……アユ先輩、やばすぎ」
わたしの先輩はいなくなった。傷ついたわたしだったが今はなんとかやれている。となりに座る可愛い女の子はわたしの後輩。わたしは彼女を教育する立場になっている。
わたしもやっと先輩と肩を並べたのかな。と思ったら風の噂で先輩は東京でベンチャー立ち上げて官公と海外プロジェクトを動かしていると聞いて、先輩やべーわたしもまだまだだなてかあの時「好き」って言って一度寝てたらあわよくば二号さんまでいかないにしてもいい転職先紹介してくれたかもなんて打算的になったわたしが先輩と肩を並べたなんて思い上がってホントすみません。
過去は省みるためにこそある。
雪化粧のように全てを覆い隠さなくても、一生懸命歩いて来た道をこれからも堂々と歩いて行けばいい。この道がわたしの道なんだ。汚くても醜くても泥臭くっても、隠す必要なんてない。もう一度言うが、過去は省みるためにこそあるのだ。といいながらこれからもきっと取り返せない過去(例えば今食べてるラーメンのカロリーとか)を悔いて筋トレしたりするんだろう。でもま。
今は取り敢えず覆い隠すのはこってりラーメンのカロリーだけでいい。
背脂の雪化粧で、くちびるテラテラにしちゃってさ。
[おわり]