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ピカチュウ捕まえた #毎週ショートショートnote #ジンジャークッキーイブ



 ずっと真夜中ならいいのに。
 昼なんて来なきゃいいのに。




 「ずと真夜好きなん?」と、電子カルテ打つ手を止めて振り向いたチカちゃんが言った。どうやら言葉になってしまっていたようだ。

 「ずと真夜好きなん?」とチカちゃん。
 「ズトマヨてなに」とわたしは言った。

 チカちゃんは「えー、ほんま知らんねんな」の「えー」と「ほんま」の間にわたしから電カルへと向き直した。ずと真夜を知らないわたしに興味をなくしたようだ。「お・邪・魔・で・す・よ」とキーボードをカタカタと叩いた。はいはい、お邪魔しましたよ。

 ナースステーションのカウンターから離れて廊下をゆっくり歩く午前二時。
 真夜中にピカピカのビニール床を点滴棒をカラカラ鳴らしながら歩いていると、学校とか、遠い世界のことように思えて気持ちが良かった。

 「病院泊まるとかこわないのん?」と聞いてきたのは誰だったっけ。

 「病院泊まるとかこわないのん?」「こわないよ」「お化け出る?」「出えへんよ」「学校戻れる?」「わからへん」「なんで食べへんの?」「……教えへん」

 ほんと遠い世界のよう。

 だからずっとこんな真夜中が続けばいいのに、そう思っていたら後ろで「アイツまた食べてへんやん!」とチカちゃんの声が聞こえた。きっとわたしの喫食申告表を見たんだろう。

「やっべ」

 咄嗟とっさに空いた病室に逃げ込んだ。でも空き部屋だと思っていた病室には先客がいた。その先客はおじさんで、浮浪者みたいな髭面ひげづらで、しかも汚いお尻ケツ丸出しで、ヨレヨレの赤いズボンを持って片足立ちしたフラミンゴみたいなポーズをしていた。

「驚くなあい! アンポンタン!」

 そう言ってズボンを放り出したおじさんがビューンと飛んできてわたしを床に押し倒して口を塞いだ。

「言うてはならん! さとってもならん! 気付いてもならん! 全てはアメリカ経済のせいなのーだ!」

 あまりに怖すぎる状況。わたしはおじさんを刺激しないようにフンフンうなづくしかできなかった。

「聞き分けが、よーい!」

 ビビりまくっているわたしに気分を良くしたおじさんはわたしから離れてぴょいーんと飛び上がった。ゲホゲホ咳き込むわたしにおじさんは背中をピューンと伸ばして「吾輩はサン・タクロース! 夢をぶっ壊しに来た!」と自己紹介してくれた。

 そういわれてみれば赤い服に髭だし乳白色のゴミ袋を引きずっていて遠目からはサンタクロースといえなくもないが本当のサンタクロースは女子中学生jcの前でお尻を丸出しにしないだろうからサンタクロースではなさそうだった。

「なんでも聞くがいい!」
「え、じゃあ……」

 あなたは誰ですかと聞こうとしたら、「聞いてはならーんざむらーい!」とサン・タクロースはまた急に怒りだして、「聞くは一瞬の恥! 誰が聞いとるかわからーん!」と漫画みたいに頭から蒸気をシュッポーと吹き上げた。

「吾輩こそサン・タクロース! 夢を治しに来たん!」
「さっきと言ってること違う」
「ぶち壊すことと治すことは同義なのら〜」

 急に語尾が可愛くなったサン・タクロースは「行くにょ」とわたしの腕を掴んだ。

 えー。行くってどこに。

「夢追い虫を捕まえに」
「捕まえてどうすんの」
「どうもせんよ。なんなら捕まえもせん」
「どゆこと?」

 わけわかんねーと思っていたら、右手が光り出したサン・タクロースが「ずと真夜なんじゃろ?」と言ってわたしのおでこをそっと撫でて夢の中で働くための名前をさずけてくれた。

 こうしてお尻丸出しのサン・タクロースと女子中学生[芋パルフェたらも]の大冒険が始まったのだが、サン・タクロースの正体が実は平野光男《ひらのピカチュウ》という女の子にイタズラするのが大好きな29歳無職のロリコン野郎で親を殴って得た金をパチンコに使い込む自称ミュージシャンというクズ男だとわかってから「夢追い虫はお前なんじゃね」とピカチュウの足の小指を夢追い虫ごとタンスの角でプチュンしたら壮大なエンドクレジットが流れてきて最後に出てきたスティーヴン・スピルバーグ監督をどうやって倒したらいいのか分からなあいと頭を抱えているところに「おおおおお起きなさーいい!」と叫ぶチカちゃんの声が聞こえて夢が覚めた。

「チカちゃん痛い」

 わたしのほっぺをペロンペロンに叩いていたチカちゃんは「おおおお起きたあー!」と胸を撫で下ろした。

 チカちゃんは「わたしの夜勤中に倒れるなバカ!」と怒りながらわたしを抱き起こして「痛みは?」「吐き気は?」とテキパキに質問しながらバイタルをチェックして「低血糖ね」と抜けた点滴を繋ぎ直すがてら当直の先生にPHSしてくれた。

「サン・タクロースは?」
「えっ、ちょっとあんた頭打ってない? CTとMRI行っといで!」
「え〜あれ怖い」

 「これあげるから早く行けバカ!」と言いながら、チカちゃんは立ち上がったわたしを見て「よし、身体は大丈夫そうやんか」と妹のおでこを優しく撫でてくれた。きゅいーん。

 処置カートをカラカラ押しながら「ちゃんと食べるんやでー」とバイバイするチカちゃんを見送ったわたしは放射線科に向かった。

 チカちゃんが作ったジンジャークッキーはアイシングで可愛くデコレーションされていて、わたしと同じ髪型のクッキーを見つけて齧ってみると、久しぶりに食べ物を口に入れたからか、歯茎はぐきから血が出て鉄の味がした。拒食のわたしにクッキーはまだきついってことか。

 つけっぱなしのフロアのテレビからは眠たげなアナウンサーの声で、
『〇〇市女子中学生殺傷事件の犯人が逮捕されました。29歳無職の平野光男《ひらのピカチュウ》容疑者はホームセンターで購入した包丁を……』
と、ニュースが読み上げられていた。


 「こっわっ、てかピカチュウて!」と言いながらエレベーターに乗り込んで一階のボタンを押した。

 止まらない鉄の味を味わいながら、「わたし生きてるわー」としみじみ思った。



[おわり]
#毎週ショートショートnote
#ジンジャークッキーイブ


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