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[暗殺者は、動かない] #毎週ショートショートnote (635字)





 暗殺者は、動かない。

 動くべき時を知っているのだ。




 彼女は言った。

 「あんた、まるで置物みたいね」

 そう言う残して仕事に出ていく彼女の気配を、暗殺者は、目を閉じたまま風の動きで把握した。その姿に、暗殺者として名を馳せた昔の面影はない。彼は、錠が掛けられる乾いた音を、丸めた背中で聞いた。






 暗殺者は髭を震わせた。彼女が帰ってくる音が聞こえたからだ。

 「ただいまー。あれ? 朝からずっとそこにいたの?」

 彼は動かなかった。

 「待ってて。ご飯、作るから」

 彼女は、悲しそうだった。






 「―――そうなの。ご飯も見向きもしないし、じっと動かず目を閉じているの。病院に連れて行ったら、もう残り僅かなんだって」

 彼女は電話を終えた。

 「おやすみなさい」

 灯りを消す前、彼女は暗殺者にキスをした。それでも彼は動かなかった。ただ、耳を澄ましていた。彼は、動くべき時が、じき来ることを知っていたのだ。






 シンと静まり返った、真夜中。

 暗殺者は、消えていた。

 動くべき時がきたのだ。

 ベランダの引き戸が開き、男が入ってきた。手には、ロープとナイフが握られていた。

 暗殺者は、戸棚から男に飛びかかった。爪を立て、牙を立て、怯える彼女を守るため、命の限り、戦った。

 男は、去った。

 傷ついた暗殺者は、彼女のそばに寄り添った。

 彼女を守ることが、暗殺者の最後の仕事だったのだ。

 暗殺者は、動かない。

 命の火が、今、消えたのだ。

 暗殺者は、彼女のそばで眠った。

 暗殺者は、もう動かなかった。

 




[おわり]


字数、オーバーしちゃった😺

#毎週ショートショートnote
#親切な暗殺

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