短編小説 『愛・愛・愛してる・まじ愛してる・きみに超 〝恋〟 してる』
〝愛〟は、元素だ。
世界は、愛で、できている。
ぼくの手は、太陽に透かせば、真っ赤な血が流れていて、それは赤い赤いヘモグロビンという愛が、大気に満ちた愛と結合した証。
この地球には、愛が満ちていて。大気だって、その構成成分は、〝愛〟。酸素も、窒素も、二酸化炭素だって、もとは愛からできているし、そうなると今流行りのSDGsも地球温暖化も、結局は〝愛の熱〟、それが問題ってことになるんだろうけれど。
だからって、ぼくたちは愛しあうことをとめることはできないし、南極だかどこかの氷が溶けようが、南の島が海に沈もうが、それは全然関係がなくて。
しろくまには悪いけど、やはりぼくたちは愛しあうことをやめないし、もし誰かが愛について悪くいうのをぼくは絶対許さない。
ぼくたちは、愛で、できている。
*
きみは愛について語った。
「愛は、どこにでもあって。祈ったり、希望を持ったり、嬉しかったり。それは、当たり前にありすぎて、みんな、気付かなくなっていて。絶望したり、不安だったりして。だから、わたしたちは、愛することを、とめられないの」
頭元を少し上げた病院のベッドに寝ころんで、きみは窓を見ていた。
ぼくはきみのことを綺麗だと思った。窓から射す傾い(かしい)だ夕陽は、きみの白すぎる肌に失った血の赤を蘇らせていたし、きみを包み込む光がきみの頬のうぶ毛なんかを金色に輝かせていたから。
ほんとうはもっと見ていたい気もしていたけれど、神神しさというか、きみが手の届かない別の世界の人になっていくのを見せつけられているような気がして、ぼくは嫌だった。
ぼくは立ち上がり、窓のカーテンを乱暴に引いた。
「でも結局、人は死ぬ」
ぼくはそういって、きみのベッドに頭を埋めて泣いた。きみは、ぼくの頭を撫でながらいった。
「きっと、すぐにわかるよ。〝愛〟の意味も。どこにあるのかも。手に取るように、分かるから―――」
ぼくは病室を出た。
夕方の喧騒のナースステーションを曲がる前、ぼくがきみの病室のほうを眺めると、静かに忍び込む、夜の影を、見た気がした。
*
きみのことを少し。
過去の時代。世界中の愛と、そうでないものを、きっぱり分けた、〝ヒトの罪〟。その罪を背負って生まれてきたきみは、愛に満ちたこの世界では、長くは生きていられなくて。
今の世界は、愛で、できている。
ぼくも、みんなも、鰯も、全て。
きみにはこんなにも優しさが溢れているのに、きみの愛らしいまつ毛にも、小さな爪にも、首筋の甘い〝匂い〟にも、愛しさが満ちているのに。
世界の愛は、きみをたった独り、除け者(のけもの)にすることを選んだ。
きみが出ていった病室で、わたしは目を閉じた。
世界を愛で満たすには、バランスが必要なんだって、偉い人がいっていたのを思い出した。
〝愛〟とは、なんなのか。
セロトニンみたいな神経伝達物質なのか。素粒子か、それとも時間や空間みたいにヒトが立ち入れない高次元から降ってくるものなのか。もしくは、目に見えないけれど、香りみたいになにかのひょうしにふと気付く、限定的な感覚器官が拾い上げる外部刺激なのか。だとすれば、視覚に眼が、味覚に舌が、聴覚に耳があるように、〝愛の感覚〟を受容する感覚器があって、それももれなく、〝愛〟なんだろう。
わたしは、きみの頭を撫でたときの幸せの感触を思い出していた。
ほんとうに、世界が愛でできていて、きみにも愛が満ちていて、わたしが愛以外の〝なにか〟なら、わたしは嬉しいと思う。〝愛以外のわたしだけ〟が、〝きみの愛〟を、愛と愛以外のわたしとの境界に、触れることができるから。世界でわたしだけが、きみとの愛に、指で、口で、おまんちょで、触れることができるのだ。
わたしは思った。
〝愛〟は、境界。
世界は、愛で、できている、って。
きみには怖くて聞けなかった。きみのことを考えると、胸とお腹がキュンとくるんだ。この感覚を、なんていうのか。ちょうどいい言葉が見つからない。
昔の人たちは、みんな〝恋〟をしていたって聞いた。この気持ちを恋と呼んでいいのか、それはわからないけれど。どんなに形であれ、きみにちゃんと伝わっていたらいいと思う。
*
夜の影が、煙みたいに、やってきた。
嗚呼。死にたくない。
もっと、きみの愛に触れたかった。
もっと、きみとSEXしたかった。
愛と、愛以外との境界が、破けて混ざって溶け合ってしまうくらい、大事なところを擦り付けあっていたかった。
夜の影が、わたしの頸動脈を締めた。血の失せた脳はとろけるように崩壊し、過剰な脱分極が幸せホルモンを放出した。たぶん、おしっこは漏れていて、きみにみられたら恥ずかしいなと思ったけど死は考えれないくらい気持ちがよくて。
脳cellが崩れ、音が聞こえ
脳波が、津波のように
押しては、寄せて―――
*
気が付くと、わたしは金色に輝く薄(すすき)の草原に立っていた。
わたしは〝愛〟を探した。
〝愛〟は、そこに立っていた。
わたしは〝きみ〟にいった。
「もう一回、死ぬくらい、愛して」
生まれ変わったんだ。
愛し過ぎるくらい愛してくれて、互いにちょうどいいんじゃない?
おまんちょから血が出ても。
こすりつける程、愛、愛、愛して。
この穴はひとりじゃ埋めきれないから。
〝きみの愛〟わたしに下さい。
もしこれを恋というならば、それはそれで。
〝愛〟は、きみだ。
いや。やはり、きみは偉い人たちが定義するところの〝愛以外〟なんだろうけれど、世界を、愛か、愛以外で分けたとき、愛は、愛以外があるから、その境界を認識できるわけで。
つまり〝愛以外〟がなくて、〝愛〟だけの世界なら、愛は、愛として成り立たないから、愛以外のきみは、逆説的に、やはり〝愛〟といえるのだ。
*
相変わらず、世界は、愛で、できていて。新しい命は愛だとかなんだとか、そんなの関係ないくらい愛おしくて。大きな鉄のドアの向こうから妻の頑張る声が聞こえた。なにもできないぼくは、ただドアの前に座って〝愛〟を祈るしかできない。
ぼくは思った。
この世界では、愛が、全ての源で。喧嘩も、詐欺も、戦争も、エネルギーの問題だって突き詰めれば結局は〝愛〟の問題だったりして。
〝愛〟のエネルギーは、膨大だから。
だから、世界の愛のバランスをとるためにきみみたいな〝愛以外〟がいて、夜の影が、今夜も、静かに忍び寄っているのだろう。
きみはひとりで旅立った。世界中の愛を維持するために、愛以外の全てを抱え、違う世界へ。
きみたち〝愛以外〟の犠牲が、〝世界の愛〟を支える世界。
これって、〝最強の愛〟なんじゃないかな?
*
鉄のドアが騒がしくなった。妻の声は聞こえなくなった。ぼくは時計を見た。何人もの医師がドアをくぐるのを見た。
*
あの日、きみの病室に戻ったぼくは、きみに約束した。
「これから、きみ以外、〝愛さない〟」
そんなこと絶対無理に決まっている。だって、ぼくは健全な男の子だし、まだちんちんだってしっかりしていて。別に愛してなんていなくても、なんだったら好きじゃなくても、それなりの女の子だったら手をつないでキスをするくらいでぼくのちんちんは固くなってしまうくらいだから。
でも、ぼくがきみにいった言葉にうそはなかった。もう冷たくなったきみを見て、もっと早くきみにいってあげればよかったとも思ったけど、今さら面と向かっていうのは恥ずかしいし、やはり守れる自信のない約束はするべきじゃないのかもしれない。
となると、あるいは、それは約束ではなくて、〝祈り〟だったのかもしれない。
〝愛の祈り〟が届けばいいと思う。
きみの立つ、金色に輝く薄(すすき)の草原に。
*
鉄のドアの向こうから医師や看護師の声が届いてくる。血圧だとか、呼吸だとか、血がとまらないだとか。妻は、頑張っている。
頑張れ。ぼくは思った。
*
〝恋〟について考えた。
この世界では、〝恋〟は、愛以外として消される。でも、愛と、愛以外の違いなんて、誰が明確にいえるのだろう?
きみの潤んだ瞳にも、金色に輝く頬のうぶ毛にも、川原の水草みたいにきれいに生え揃ったピンクのおまんちょにも、きっと〝恋〟は、宿っていたのだ。
〝愛恋(あいれん)〟
それはとても個人的で、親密で、手前勝手で、心の奥の奥のパーソナルな部分でビカビカ発光する、謎のチカラ。
とても激しいんだ。
*
ぼくは、夜の影が、鉄のドアに忍び寄るのを見た。
このやろう。また来やがった。
ぼくは両手で椅子を持ち上げて、鉄のドアを、叩く。渾身の力を込めて、叩く。夜の影が、ぺしゃんこになるくらい、思いっきり、叩く。
7回は叩いたけど、夜の影はけろりとしていた。考えれば、当たり前だった。影を叩くなんて。
ぼくはいった。
お願いです。妻と赤ちゃんを連れて行かないでください。妻は身体が弱くって、それでもぼくを支えてくれていて。不器用で、ご飯を作るにも指を切るし、塩と砂糖は間違えるし、卵焼きはうまく巻けないけれど。服だって、ぼくのワイシャツをアイロンで焦がして。ゴミ出しの日も、よく間違えて。だけど、いつも優しく笑っているんです。きっと、妻はいいお母さんになります。赤ちゃんだって、オギャーと泣いてみんなを安心させたいんです。ふたりは死んじゃいけないんです。ぼくを連れて行ってください。妻は、強い。ぼくがいなくても、妻は、赤ちゃんを、立派な大人に育てるから。
泣いてお願いするぼくに、夜の影は、申し訳なさそうな顔をして、鉄のドアの隙間に滑り込んでいった。
*
しばらくして、ドアの隙間から金色の光が漏れた。
鉄のドアは開かれた。
妻の声が聞こえ。
新しい命は、オギャーと泣いて。
〝きみ〟が歩いてきて、こういった。
「夜の影は、どこかに行ったよ」
ぼくは、きみにいいたかった。
[いつもありがとう]
[約束破ってごめんなさい]
[ずっと愛してる]
いやいやいや。
そんな薄っぺらい言葉なんか、蹴り飛ばしてしまえ!
〚 きみに、超〝恋〟してる。〛
ぼくは、これがいいたかったんだ。
〚おわり〛
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