なに蕎麦が好き? #毎週ショートショートnote #決闘年越しそば
「今年の蕎麦は何がいい?」
マクドで隣に座った家族の会話。お父さんとお母さんが年越しそばの話をしていた。年末の朝マクド。朝のマクドは田舎に帰省してきた人たちで混み合っていた。わたしはマドラーで熱いコーヒーをかき混ぜながら隣の席の家族の会話を聞いていた。
「今年の蕎麦は何がいい?」
「何やろなあ」
丸眼鏡にチョビ髭、タートルネックにMONCLERダウン、髪をペッタリ撫でつけたお父さんはまるで眼鏡屋の広告から飛び出してきたみたいだった。お父さんは娘をチラリ見た。
「去年は何食べたっけ」とお父さんが誰ともいわず聞いた。娘が「天ぷら」とスマホを見ながらぶっきらぼうに答えた。娘はたぶん中学生ほどだろうか。田舎の休日には強めなアイメイクが化粧慣れていない感じがして可愛い子だった。少し反抗期っぽい。
「せや由香が天ぷらがええて言うたんやったっけ、ほな今年も天ぷらかなあ」
娘に嫌われたくないお父さんは[天ぷら推し]のようだ。
「僕はカレーがいい」
マックグリドルを頬張っていた息子が言った。
「はあ? カレーの蕎麦とか知らんし、うどんちゃうんやで」
弟に食って掛かった姉だったがどうやらカレーもいいと思っている様子だった。「ほなカレー蕎麦に天ぷら乗せよか」と和洋折衷を提案したお父さんだったが、娘は「そーゆーの節操ないって言うんちゃう?」と言ってスマホに目線を移した。
「何食べてんのか分からんなるわ」
父撃沈。不穏なテーブルの雰囲気。焦った息子は「じいちゃんは絶対ざるやもんな!」とお母さんに助けを求めた。
「せやなあ、でも一人だけざるにするんほんまは面倒いねんなあ」
お母さんは品のいいグレーのウールコートにクリーム色のタートルネックを着ていて、Tiffanyのネックレスがよく似合っていた。お母さんはお父さんに聞いた。
「お父さんは何が食べたいん」
「いやおれは天ぷら……」
「それは由香がゆうたからやろ」
「じゃカレー天ぷら……」
「それも由香と優太やんか!」と笑うお母さんだったが煮え切らないお父さんに少し苛ついていた。隣の席に座るわたしまでピリリときた。怖い。
「おれはみんなが食べたいものがいいと思って……」
「ほならあんたもいいや」
「じゃお前だって」
「わたしはかけ蕎麦。楽やから」
「お前、年越しそばだぞ。それを……」
「じゃあんたは何やねん!」
「お父さんお母さん怒ってるから早く言ったほうがいいよ!」と焦る息子。娘はスマホをみているが身体が緊張しているのがわかる。優しそうなお母さんだが実は怖いらしい。お父さんは呟いた。
「……にしん」
「にしんとか地味やん」と立ち上がったお母さん。「魚嫌い」と娘。「お父さん、年越しそば、みんな食べるんだからね」と息子。三対一。お父さんの負け。
お母さんはさっさと店を出てしまった。お母さんを追う子供。と、それを追うお父さん。可哀想なお父さんは走って車を取りに行っていた。割にいい車。なのに複雑な力関係。隣の家族はマクドを去った。残されたわたしは思った。
「にしんも美味しいよ」
コーヒーは冷めてしまった。
[おわり]
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