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短編小説 『少し思い出した』
あまり真面目な生徒でなかったわたしは、よく校舎の屋上に登り、授業をサボっていた。
うちの高校は校風がとても緩くて。あんなに授業をサボって好き勝手してたのに、よく卒業できたなあと今さらながら思う。
卒業間近、出席日数のことで呼び出しされた。
「あと1日でも休めば出席日数が足らなくなるから。〝絶対に休むなよ〟」
先生が見せてくれたわたしの出席表は、間違いだらけだった。
わたし、この日も、この日もわたし、学校サボってゲーセン行ってたよ?
そう言っても、先生はなにも聞かないふり。
「とにかく、もう休むな。大学だって合格したんだ。無事に卒業してくれ」
変なの。
わたしは、そう思った。
それからもわたしは授業をサボりまくった。でも、結局、無事に卒業できた。たぶん、先生が上手くしてくれてたんだろう。今となってはそう思う。藤田先生、本当にありがとう。
*
屋上に座るわたしは真昼の空を見上げていた。
雨上がりの空は澄んでいて。
雲が足早に流れていく。
きっと、上空では強い風が巻いているのだろう。トンビが鳴く声が聞こえた。上昇気流に乗って高く高く舞い上がる彼らを見ていると、わたしも飛べる気がした。
「先輩、なにしてんすか」
空高く舞い上がろうと、タバコを咥えながら両手を高く広げていたら、くりくりの目をした可愛い後輩が怪訝な顔をしてわたしを見ていた。
わたしは言った。
「いや。飛ぼうと思って」
「バカですか」
「飛べないかな」
「飛べないでしょ」
「バカでも?」
「バカでも」
可愛い顔した後輩は、屋上に干してあったタオルを幾枚か取り込みながら言った。
「サボんないで下さいよ。先輩いないと回んないんですから」
なぜか懐かしくなったわたしは言った。
「なんだか藤田先生みたいだね」
「誰です? それ」
「知らない?」
「知らない」
「わたしの恩師だよ」
そう言って、わたしはタバコを指で弾いてポイ捨てた。後輩は言った。
「先輩。タバコ。ちゃんと捨てて下さいよ」
「はいはい」
「午後診。オペかも」
「マジかよー」
「わたしも入るんで」
わたしはいいことを思いついた。
「じゃ、きみがしなよ」
そういうと、後輩は眼を輝かせた。
「いいんですか?」
「もういいでしょ」
「嬉しい。わたしの手技、ちゃんと見てて下さいね!」
そう言って、きみはわたしが弾いたタバコを拾ってヤニ箱に入れてくれた。ウキウキしながら去る彼女を見送って、わたしはもう一本、タバコに火をつけた。
ニコチンと缶コーヒー。
それだけで飛べるなら、ずいぶん安上がりだよね。
さて。
オペはみんなに任せればいい。
わたしの午後はフリーだ。
トンビの声は聞こえない。
どこかに行ってしまったようだ。
「いい天気だなあ」
わたしは、この屋上で昼寝を決め込むことにした。
[おわり]