お田鶴の方 #冬の香り #青ブラ文学部
あの男に会うのがどうしたって気が進まなくって、手紙なんかでも寄越された端から破り捨ててやる。破った紙の千切れた様に憎憎しい顔を浮かべては、足でトントコ踏みつけていくらかすっきりする己の心が清々しい。
「馬鹿にしおって―――」
侍女が持ってくる白湯なんかを飲みながら、風に任せて散らばる紙屑が古いがよく手入れされた畳をカサコソ鳴らすのが心地よく、怒りに満ちた胸だったのが幾分和らぐ感じがする。
冬の香りの吹く方を見やると、明かり取りの窓からは、晴れた椿の頃の陽が差して。窓の前、膝をついて見下ろすと、人が幾分小さく見えた。遠くの鳶が鳴く声が休みに入った戦場に響いた。
私は思う。
人の命はこうも軽いかと。
寿命を全うできるなど、この時代におこがましいではなかろうか。そんなこと、私は露にも思っていない。妻はいつだって夫を支えるのだ。ただ夫が為すことを。
夫はどう思う。馬鹿な女だと嗤うのか。待っていろ。貴様の妻が烈女となって、憎き家康の首を落としてやろうではないか。ついで貴様の首も落としてやろうか。貴様が惚れ直すのはこれで幾度目。死んだ夫に今度は私が嗤ってやった。
矢が鳴るのは再開の合図。
手紙の主は城門に迫って来ている。攻城の丸太が城門を叩いた。夫の城が壊され始めた。
城を開けろだと?
たわけも大概にせい。
褒美をやるだと?
耄碌しておるのか、馬鹿者め。
私が欲しいか、城が欲しいか。
ならばこちらから出向こうか。
私の城の女は強いぞ。
一人殺すがいい。
もう一人犯すがいい。
その時、私は十人殺す。
城門がついに決壊した。鎧兜を着込んだ男どもが城になだれ込んできた。私はその先で待っていた。私の薙刀が震えていた。獣を刈れと慄いていた。
「椿姫! 以下、侍女十八名! 家康の首を取らんが為に、推して参る!」
私は一つ、空に願った。
夫に会うのだ。
椿の首を落とすなら。
できれば綺麗なままで。