乞食の耳にイカを詰めて腐らせたもののような臭いのする足を持つ和尚の話 (四)
すめるは大法要の大役を外されていた。
「お主を思ってのこと。もしものことがあればお主が不憫じゃ」
寺の者共はそう言った。彼らは法要の日が近づくにつれて恐れるようになっていた。すめるの足の臭さによって万が一にでも大法要が失敗すれば、寺が笑いものになるかもしれないと。
すめるは天秤にかけられていた。
すめるが積み上げてきた人徳と、足の臭さ。寺の者共はその両方を天秤に乗せ、針がどちらに傾くかをじっと見ていたのだ。そして結果、針は一方に傾き、すめるは奥座敷に座っている。
すめるは憤慨した。
「何故言わなんだか。おれが溌溂と法要の準備に勤しんでいたことを知りながら、何故」
すめるの怒声に寺の者共は何も言わず座敷から出ていってしまった。
すめるは悲しんだ。
「一言でもいい。一言でも先に言ってくれればこれほど憐れな思いをしなくて済んだのに」
畳を叩くすめるの声は、次第にかすれ、誰にも届かなくなった。すめるは嘆いた。
「おれは、嬉しかったのだ。足が臭くなるほどに勤しみ励んだ姿を寺の者共に認められたかのように感じたからだ。それなのに、この仕打ちはあまりにも酷かろう。なぜじゃ、なぜじゃ」
すめるは寺の者共を呪い畳を叩き続けた。だが畳を叩き疲れた頃、こんな疑問がふと、すめるに湧き上がってきた。
「感謝の念が、足りんかったのじゃろか」
すめるは省みた。
「おれは大法要に推挙されて嬉しかったが、そこに慢心の心はなかっただろうか。高みに到達した途端、崩れてゆく砂上の楼閣のようになってはいなかっただろうか。誰かと比べることで己が秀でていると確認して、心が満たされ感謝の念が疎かになってはいなかっただろうか」
寺の者共は、酷い。だがこの仕打ちは足の臭さと同様、御仏からの試練なのかもしれない。慢心するおれの心に浅ましさと醜さを教えてくれていたのではないか。まだまだ足を踏ん張り耐えよと。つまりこれは、
「ありがたい、ことなのか―――?」
ポロリと溢れた己の言葉にすめるは思い直した。おれは修行が足りなかったのだ、と。
「寺の者共は、酷い。いや酷かったかもしれないが、同時に気付かせてもくれたのだ。おれが慢心していることに。誠にありがたいことだ」
すめるは立ち上がった。
しかし何故。本当におれのことを思うなら、何故もっと早くに言ってくれなんだか。と、頭をよぎることもなかった訳では無い。だが兎に角、雑念を足の裏に追いやって、ますます臭くなる足をすめるは踏みしめた。
「南無阿弥陀仏―――」
こうして、すめるは御仏と己の慢心を気付かせてくれた寺の者共に感謝の経を上げたのだ。
この事件は町の者共の耳にも入った。彼らはすめるの謙虚さに感心し、そして口を揃えてこう言った。
「すめる和尚は、徳が高うございますなあ」
そうして、すめるの足の臭さと徳の高さが都中に知れ渡ることとなった。
↓(五)へ続きます。