笑いとせつなさと共に(英国ドラマ『Ghost』)
イギリスBBCドラマの『Ghost-ボタンハウスの幽霊たち』を最終章のシーズン5まで見終えた。ボタンハウスという元貴族ボタン家のお屋敷に棲み着いた9人の幽霊たちと、21世紀になって人も住まなくなり落ちぶれた状態のボタンハウスを相続することになった人間(若い夫婦)の交流を描いたコメディである。
幽霊たちはみんなこの屋敷の敷地内で死んだのだが、生きた(死んだ)時期がイギリスの長い歴史をまたいでいる。最年長の幽霊は、ボタンハウスが建てられる3万年(?)以上も前にこの地で死んだ原始人ロビン。次に棲み着いたのが、中世にはいり、魔女狩り裁判で処刑された農婦メアリーは、火あぶりの刑だったので顔が黒焦げ。エリザベス1世が即位する頃にこの屋敷で亡くなったハンフリーは、首が切られていて、いつも自分の胴体を探している。大航海時代に養女として引き取られたアフリカ系のキティの死因は、彼女自身も知らないのだが、他の幽霊たちがキティに事情を聞くと、天心爛漫な性格のキティの口からはなんだかただならぬ計画殺人めいた事情が出てくる。詩人バイロンが自分の詩を盗んだと主張する青年トーマスは、19世紀初頭に恋敵との決闘で死んだ。19世紀後半のヴィクトリア朝時代にボタン家に政略結婚で嫁いできたファニーは、不仲の夫にボタンハウスで殺害される。第二次世界大戦中にボタンハウスはイギリス軍の拠点となり、この地で亡くなったイギリス人将校「キャプテン」は、軍人たるべくいつもこの家の状態を把握しておきたくなるのが性分。1980年代にはいり、死因が首にアーチェリーの矢を刺されて亡くなったのが一目瞭然の元ボーイスカウトリーダーのパトリック。そして、一番「若い」幽霊は没年が90年代のジュリアンで、やりたい放題の保守党政治家で秘書と不倫を楽しんでいる間に亡くなったので、いつも下半身裸の状態で屋敷をうろついている。
シーズン1を見ている頃は、登場人物たちの歴史を跨いだ世代間ギャップを見て笑うだけコメディだと思っていた。ところがエピソードが進むにつれて、まったく生きた時代も、個人的な性格も、社会的価値観も全く違う登場人物たちの物語を通じて、人が生きることのせつなさを痛感するようになってしまった。
幽霊たちは全員、どこか自分の死を不名誉な死に方だったと思っていて、死に方に納得できないために、自分の生き方にも一種の虚しさのようなものを感じている。かといって、死を含めた人生をまるごと受け入れて、前向きになったところで、このボタンハウスから本当の意味であの世に行くという括弧たるルールがこのドラマにはあるわけでもない。
そのドラマ設定がとてもせつなくて、私達人間は、原始人ロビンが生きていた太古の昔から、100%悔いのない人生を送ろう努力したとしても、必ず何か悔いが残るようになっているのかもしれない、と考えるようになってしまった。そんな割の合わない宿命を人間は常に背負っているのに、空白の時間を埋めようと日々試行錯誤することを「意義のある人生」や「リア充」という言葉で誤魔化しているだけなのかも…。
このドラマは、イギリス国内はもちろん、アメリカでリメイク版が制作される程人気があった作品なのだが、この本家イギリス版ゴーストの最大の魅力は、第5シーズンできっちりと幕引きをしたことだ。脚本兼トーマス役を演じたマシュー・ベイントンによると、「人気があるドラマがずっと続いていると、人は『あれ、あの番組まだやってるんだー』、って言うようになって、そう思われるのが嫌だった」そうだ。その言葉を体現するかのごとく、最終回のエピソードは、第一シーズンの伏線を鮮やかに回収した後、温かい涙が頬をつたうように余韻が残る終わり方だった。
幕引きが見事だった分だけ、ロス感も激しく、今はそれを埋めるために『Ghost』の制作・俳優陣が所属するThemThereというイギリスの演劇グループの出世作『Horrible Historiesを』見ている。『Horrible Histories』は、BBCの子供向けの歴史コント番組だが大人が見ても面白く、率直に言うとよい子には見せてはいけないような下品なジョークもたくさんある。ミュージカル仕立てのコントもあって、私のお気に入りの曲は『The 4 Georges, Born 2 Rule (四人のジョージ、統治するために生まれて)』というイギリス国王ジョージ1世から4世による歌である。イギリス国王なのに全員ドイツ人で、国民には不人気だった国王たちの史実を、大衆に愛される形で人々の記憶に残したThreeThemの功績は、英国音楽の殿堂、ロイヤル・アルバート・ホールにも刻まれている。