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【ベ序4】ベルリオース篇序章④

「布石……だと?」

ライアンの疑問に。

「ええそうよ。みんなも、ドワーフ軍の武器工場の噂は聞いたことがあるわよね?」

と返すフルーチェ。

「ああ。最新鋭の武器を開発・研究していると云う秘密工場の噂だろ? ……まさかフルーチェ、お前」

「ええ。次の目標は、ドワーフ軍の秘密武器工場。その破壊よ」

フルーチェの断言に、場の空気が一変する。

「工場の場所ガ判ったのデスカ?」

ヨクの問に。

「まだよ。だけどそこで、今回の布石が活きてくるのよ」

「……どう云うことだ?」

ライアンが説明を求める。

「今回の作戦でドワーフ軍は王都の武器を殆ど失ったわ。早急に武器の増産が必要になる。となると、武器工場を急ピッチでフル稼働させるしかない。今、抵抗軍の各支部に、物流の監視をさせているのよ」

「物流?」

「ええ。工場をフル稼働させるとなると、原料の鉄鉱や動力の石炭が今まで以上のペースで必要になる。物流が加速する筈」

「そうした資源の向かう先にあるのが秘密工場、と云う訳ですな」

レクトが薄い顎鬚を弄りながら、うんうんと頷く。

「だがフルーチェ、其方のことだ。工場の所在、おおよその見当は付いているのであろう?」

と、ビナーク王子が指摘すると。

「……まあね。秘密工場はドワーフの最先端技術の結晶。その動力は、石炭を燃やすことで得られる熱の力だと噂で聞いたことがあるわ。つまり多量の排熱が発生するため、大量の冷却水が必要になる。つまり……」

「ーーーー海の近くか!」

ビナーク王子の推論に頷くフルーチェ。

「あとは物流の情報が集まれば、怖らく数日ののちには工場の所在が判明する筈。今は待ちましょう」

フルーチェの言葉に皆が頷き、ささやかな祝勝会は、お開きとなったーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

ーーーー数日後。

抵抗軍本部に、再び幹部連中が集結していた。

「工場の場所が判ったわ」

フルーチェはそう云うと、長卓上に広げたベルリオース全島地図の一角を指差す。

「……ここか」

と、ビナーク王子。

「近くに河があるでしょ。この河を使って物資を運搬しているのね。確かに、陸路より水路の方が遥かに速く、大量の物資を運べるものね」

「上流から下流へ下ってくる訳ですからな」

フルーチェの意見にレクトも頷く。

そうしてフルーチェの指が、地図上で河の下流から上流へと遡っていく。その指が、ある一点で止まる。そこには街があった。

「ーーーー鉱山都市ラグアト。良質の鉄鉱が採掘され、付近には炭鉱もある。工場への供給源としては、理想的ね」

ラグアト。その地名が出た時、フルーチェのチームメンバー・ライアンが息を呑むのが判った。

それもその筈。ラグアトはライアンの生まれ故郷だ。良質の鉱山であるがゆえドワーフ軍に占拠され、全住民に採掘作業が強制されている。

ライアンは、故郷をドワーフ軍の圧政から解放するために、抵抗軍へと加入したのだ。

「ところでフルーチェよ。ドワーフ軍の最新鋭武器と云うが、具体的にどう云ったものかは知っているのか?」

ビナーク王子の問い掛けに。

「ええ。いくつかの情報は得ているけど、ヤバいものがひとつあるわ。<自動機械人形(オートマトン)>よ」

「<自動機械人形>?」

「ええ。簡単に云うと、ゴーレムの魔法技術とドワーフの機械技術を組み合わせた自律思考型の無人戦闘兵器よ。と云ってもまだ試作段階で、本格生産はとうぶん先でしょうけど」

「危険そうな響きデスネ」

ヨクの感想に。

「まあね。武器を満載した頭の良いアイアンゴーレムを想像して貰うと良いわ。試作機が数体程度だとは思うけど、開発中で軍の機密につき外部には出せないから、工場を警備している可能性は高いわね」

「そんなもの、一体何に使うんだ!?」

憎々しげにライアンが問うと。

「開発が結実して生産ラインが確立したら、大量生産してロベールとの戦争に投入するんでしょうね」

呆れつつ、フルーチェが推測する。

「そんな殺戮兵器をか!? イカれてる!!」

ライアンの悲痛な叫び。

「その通りよ。だから私たちが何とかしなくちゃね」

フルーチェがそう云って、ライアンの肩に手を置く。

「武器工場の警備は武器庫の比ではないわ。難攻不落と云う言葉が相応しい、私たちにとって最難関の目標よ。今度こそ抵抗軍の全戦力を投入する予定だけれど、それでもそうとうの被害が、犠牲が予想される。でもだからこそ、私たちは事前にどうしてもやっておかなければならない準備作業があるの」

「どうしてもやっておかなければならない……準備作業?」

ライアンが言葉を繰り返し訊ねると。

「増援の阻止よ。ただでさえ工場の警備は強固なのに、背後から増援の戦力に挟撃されたら目も当てられない。全滅は必至よ」

そう云ってフルーチェは、地図上の二点を指差す。

「私たちの工場襲撃の報から増援が出動して、間に合う可能性があるのは最も近いこの2箇所よ。ひとつは勿論ラグアト。水路を使って増援を送り込めば、陸路を行軍するよりずっと速く工場へ移動できる。そしてもうひとつは港街クラスタね」

フルーチェは、地図から顔を上げると。

「この2箇所をドワーフ軍から解放します。ドワーフ兵たちを拘束し増援の派兵を阻止したのち、工場への攻撃を開始する。時間差を設けた3点襲撃。これが私たちの、勝利の最低条件よ」

フルーチェのその宣言に、場の空気が眼に見えて変わる。奪われ続けた抵抗軍の、取り戻す闘いがついに始まるのだ。特にライアンは、顔色が変わっていた。

「フルーチェ!! ラグアトの解放は、是非俺にやらせてくれ!!」

ライアンの願いに。

「勿論そのつもりよ。故郷の解放は貴方の悲願だものね。ラグアト解放戦の指揮はライアン、貴方に任せるわ。私とヨクはクラスタへと向かう」

フルーチェが応える。

「私はどういたしますか? フルーチェ殿」

老騎士レクトの問い掛けに。

「レクトさんには工場襲撃の指揮を任せるわ。私たちがラグアトとクラスタを解放している間に、工場付近に皆を潜伏させて、待機していて。それと今回は、ビナーク王子にも参戦して貰いたいの。危険な戦場ではあるのだけれど」

「何故ですか?」

レクトの問。

「単純に皆の士気が上がる、と云うのも勿論あるけど。工場では主に金属加工が行われている。つまり、敵の武器も防具も<自動機械人形>も、滅茶苦茶硬いのよ。怖らく王子の宝剣の力が必要になるわ」

宝剣<やわらか斬り>。ベルリオースの人間の王家に伝わるこの魔法剣は、対象の防護点を無視して斬り裂くことができる。この宝剣の前では、たとえアイアンゴーレムであってもケーキのスポンジも同然だ。

但しこの宝剣が真価を発揮するのは、王族の血脈に連なる者の手にある時のみ。現在この宝剣の能力を使うことが可能なのは、ビナーク王子ただ1人なのだ。

「任せておけフルーチェ。父祖より受け継ぎしこの宝剣。見事に役立ててみせようぞ」

張り切るビナーク王子。

「レクトさん。間違っても王子さまを死なせちゃ駄目よ。必ず護り抜いてね」

フルーチェがレクトに念を押すと。

「お任せくださいフルーチェ殿。我が身命を賭してでも、若の御身はお護りいたします」

と、レクト。

「身命を賭されては困る。お主が居なくなったら、誰が新王朝の近衛騎士団長を務めると云うのだ? お主自身も必ず生き延びよ。良いな、爺(じい)?」

ビナーク王子が老騎士に命令する。

「この年寄りを、まだ働かせる気ですか、若? ……やれやれ。再就職先を指定されたとあっては、これは生き残らざるを得ませんな」

レクト、苦笑い。

「当然よ。みんな必ず生き延びて、共に勝利を祝いましょう」

最後にフルーチェの言葉が、場を締めたーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

ーーーーその夜。皆が寝静まった後。

酒杯を傾けひとり佇むフルーチェの元へ、同じく酒瓶と杯を手にしたレクトが訪れる。

「眠れないのですかな? フルーチェ殿」

「レクトさん……」

レクトが、フルーチェの脇に並び立つ。

「……王子さま、あれ本気なの?」

フルーチェが静かに問う。

「あれ? ああ、結婚のことですかな? ええ。フルーチェ殿に異性としての憧憬を抱いているのは勿論だとは思いますが、それと同じくらい、若は危機感を抱いているのだと思います」

「危機感?」

「ええ。相談役が、宮廷魔術師が居ないことへの危機感です。伴侶としては勿論ですが、若は、フルーチェ殿の頭脳をも欲しているのだと思います」

「なるほど……」

「妃、と云うのはとりあえず置いておくとしても、せめて宮廷魔術師として王宮に残っていただく、と云う訳には参りませんか?」

レクトの嘆願にフルーチェは。

「……まあ、国の建て直しの時期だけ、と云うなら考えなくもないけど……。但し私が何よりも欲するのは自由。いずれ必ず王宮を去ることになるけど、それでも構わないのなら」

「ええ。今はそれだけでも充分です。ありがとうございます」

「だいたい、結婚結婚云うけど、王子さまは私の本当の年齢を知っているの?」

「はて? ご存じないでしょうな。外見通りの二十六、七歳と思っておいでなのではないでしょうか?」

「でも、レクトさんは私の本当の齢、知っているのよね?」

「はて? 『私は宮廷魔術師なんかにはならないわ! 私は何より自由を愛するの! 冒険者になるのよ!!』と云って、ロア様の下を飛び出されたのが、確か12歳の頃でしたか?」

これだから過去(むかし)を知る人の居る職場と云うのはやり辛い。

「私の本当の齢、王子さまには伝えないの?」

「何を莫迦な。紳士たるこの私めが、事もあろうに女性の年齢を御本人に無断でぺらぺらと明かすような真似、するとお思いですか?」

……この爺ぃ、絶対に面白がってやがる。

ーーーー閑話休題。

「そもそもロア様は、フルーチェ殿をこそ御自身の後継者に、とお考えだったようですから。貴女が出て行かれた時は、本当に残念そうでいらっしゃいました」

レクトがしみじみと昔語る。

「何云ってるの? 婆(ババ)ロアさまの後継者と云えば、メルノ姉でしょ?」

ーーーーメルノとは、ロアの弟子一門の中の長姉的存在だ。一門随一の魔術の実力者で、ロアの右腕として働いていた。

フルーチェがメルノに抱いていた印象は、不断の努力の人だ。たゆまぬ努力を決して怠らない人物だった。

「メルノ殿ですか……。あの方の並々ならぬ努力は私も存じ上げております。ですが失礼ながら裏を返せばそれは、あの方の才能の無さを意味しています。あの方は人並外れた努力量で、己の非才をカバーしていたのですよ」

……云われてみれば、フルーチェはメルノの努力量に対しては敬服していたが、彼女の魔術の実力を脅威に感じたことは無かった気がする。

あれはつまり、本能的にお互いの潜在能力の差を感じ取っていたと云うことなのか。失礼な話ではあるが。

「フルーチェ殿の才能は、ロア様のお弟子の皆様の中でも群を抜いておられました。メルノ殿も貴女が一門に加わったことで、ようやく肩の荷が下りたとおっしゃっていましたよ。とうとうロア様の後継者に相応しい才能の持ち主が現れたと。これで自分の役目も終わると。ですからフルーチェ殿が去られた後、メルノ殿は本当に落ち込んでおられたのですよ」

「そんなことが……。全然知らなかったわ」

どうやら自分はそうとうに幼かったようだ。そうした周囲の期待も、まるで理解できていなかったのだから。

夜が更けていく中、今は亡き師と姉の昔語りに、胸中複雑な思いを馳せる、フルーチェだったーーーー。

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