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【ベ叛6】ベルリオース叛乱篇⑥

ーーーービナーク王子と騎士団長レクト率いる第1班もまた、『それ』と遭遇していた。

「ーーシンニュウシャ、ハイジョ」

鋼鉄の機械人形が武装を展開し、王子一行に迫ろうとしていた。

「こいつだな。フルーチェが云っていた<自動機械人形(オートマトン)>とやらは」

王子が武器を抜こうとすると。

「危ない王子! お退がりください!!」

王子の前に抵抗軍戦士たちが何層にも展開する。そしてそれぞれが武器を構え、人形への攻撃を開始する。

ーーーーが。

がぃぃぃぃん!と、戦士たちの剣が弾かれる。人形の装甲が厚過ぎて、攻撃の刃が通らない。そして。

「ぐああああ!!!!」

<自動機械人形>の一撃が戦士たちを吹き飛ばす。防護の薄い幾人かは重傷を負う。

「皆退がれ! やはり私の武器でなければ、抗い難いと云う訳か」

ビナーク王子が自身の剣を抜き、念を込める。するとその刀身が、淡い白色の輝きを放つ。

宝剣<やわらか斬り>。呼称はアレだがその能力は本物だ。かの剣の刃の前では、いかな厚い装甲も硬い鎧も無意味だ。まるでバターのように斬り裂くことができる。

王子は刃を水平に構える。この剣の真価が知られていない最初の一撃が肝心だ。そして。

「つああああああああ!!」

人形の一撃をぎりぎりで躱し懐に飛び込む! そして横一閃の一撃で、人形の胴を一刀両断にする!

「お見事です、若。中々に胆を冷やしましたが」

レクトが王子を労う。

「なに、お主の指導を受けているのだ。この程度は、な」

そう云って笑う王子。だがそれは、大いなる油断であった。

ゴーレムは魔法創造物だ。通常の生物とは違う。だから、上半身と下半身が泣き別れになったところで直ちに死ぬ訳ではない。

未だ稼働しているゴーレムの上半身が、背後から王子の躰に抱き付いた! そして熊の抱擁(ベアハッグ)よろしく王子の躰を圧迫する。

「王子!!」

戦士たちが慌てて人形を王子から引き剥がしにかかる。が、人形は凄まじい力で王子を締め付けており、びくともしない。

「が………………! あ………………!」

王子の顔色が変わってゆく。その手から宝剣が落ち、乾いた音を立てて床を転がる。このまま王子を締め上げ、窒息させるつもりのようだ。

……いや、そんな生易しいものではない。

背骨を、へし折るつもりだ。

<やわらか斬り>は王家伝来の剣だ。それゆえ王族以外の者が手にしたところで、その能力を発揮することは適わない。王子以外に使いこなせる者は居ないのだ。

ーーーーと。

レクトが自身の愛剣を正眼に構え、頭上に大きく振りかぶる。そして大きく息を吐くと。

「ーーーー【斬鉄】」

人形に向かい真っ直ぐに剣を振り下ろす! するとーーーー。

人形が縦に真っ二つとなり、今度こそ活動を停止する。ずるずると王子の躰から滑り落ちる。

「がっ! がはっ! かはっ!」

ようやく解放された王子が両手両膝を床に突き、荒い呼吸を繰り返す。

「大丈夫ですか!? 若!!」

慌てて駆け付けたレクトに対し。

「……大丈夫だ。それにしても、お主の剣にも<やわらか斬り>と同じ能力が宿っていようとはな」

王子が指摘する。

「このナマクラの力ではございませぬよ。あれは剣のわざです。【斬鉄】と云いましてな。技術を以て<やわらか斬り>と同様の効果を実現しているのです」

少し照れたように、老騎士が説明する。

「そのような凄まじいわざをお主が使えること、ちっとも知らなかったぞ。何故今まで黙っていた?」

「……恥ずかしながら、実に20年振りに【斬鉄】を使いました。成功するかどうかは五分と五分だったのですよ。上手くいって良かったです。もう1度使ったとて成功するとは限りませぬぞ」

「なるほど……」

発動が不確実なわざと云うことか、と納得するビナーク王子。確かに戦術には組み込み難い。

「それにしても、随分と被害が出てしまいましたな」

レクトの指摘。

「そうだな。重傷者は工場外へ避難させよう。フルーチェならそうする筈だ。無事な者を幾人か護衛に付けよう。残りの者は私と爺とともに他班の支援に向かう。フルーチェは自力で何とかしているだろうが、あとの2班は苦戦を免れ得ないであろう」

ビナークが指示を出すと、戦士たちがそれに従いてきぱきと動く。

「早いところ皆と合流せねばな。無事だと良いのだが」

第1班もまた、皆との合流を目指し動き出す。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

フルーチェやビナークの予想通り、第2・第3班は<自動機械人形>と遭遇するも、決定打を与える攻撃力に欠けていたため苦戦を強いられていた。

だが、クロイセ率いる第2班には第4班の戦士たちが合流し、数の力で何とか人形の破壊に成功した。代償としてかなりの被害を出してしまったが。

そしてリカルド率いる第3班には王子たち第1班が合流した。リカルドたちが持ちこたえてくれていたお蔭で殆ど被害を出すことなく、最後はビナーク王子が<やわらか斬り>で油断なく<自動機械人形>の破壊に成功した。

一方、別行動を取ったフルーチェとヨクは、地下へと続く階段を発見していた。

「生産ラインは1階に集中していマスから、資材倉庫か何かでショウか?」

「あるいは研究開発部門かもね」

お互いに予想を立てながら、地下へと続く階段を降りるフルーチェとヨク。だが2人とも予想は違えていた。彼らが地下層の奥深くで見たものはーーーー。

ぎりり、とヨクが口唇を噛み破りそうなほど歯を喰いしばる。口元から、そして握り締めた拳から血が滴っていた。

それもその筈。地下にあったのは監禁施設。いわゆる地下牢だ。そしてその中に囚われていた者はーーーー。

オキアの民だった。大勢のオキアの民が監禁されていた。すぐ近くの牢にはそのパートナーとおぼしき動物たちも囚われていた。

怖らく何らかの魔法的処置でパートナー動物との意思疎通を阻害されているのだろう。でなければ動物たちが大人しく捕まっている筈がない。とっくに牢を破壊してパートナーともども逃げ出している筈だ。それが可能なパワー型の動物たちも捕らえられている。

憤怒のあまり、今にも周囲に叫び散らしそうになっているヨクの肩に背後からそっと手を置き。

「冷静に。貴方が冷静さを欠いたら皆を怖がらせてしまうわ。助けに来たわ、もう安心よと皆に伝えてちょうだい」

ヨクは何度も大きく深呼吸すると、少なくとも表面上は何とかいつもの穏やかさを取り戻し、オキア語で皆に助けに来た旨を伝えた。

同じオキアの民であるヨクの登場に皆安心して信用し、こちらの指示に従ってくれた。

フルーチェが魔術で牢の鍵を解錠し、動物たちともども全員を救出し、階上へと誘導した。

目立った外傷こそ無かったが、オキアの民も動物たちもかなり衰弱していたため、一旦工場外の重傷者たちの待機場所まで移動して貰い、そこで治療と食事を与えることにした。

彼らにはヨクに付き添って貰うことにした。もしも事情、ドワーフ軍に囚われるまでの一連の経緯が訊けるなら訊いて貰うようヨクに頼み、フルーチェは再び工場内へと戻ることにした。

彼女は他班やビナーク王子と合流したうえで、工場中枢部を目指すーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

死の鬼ごっこを続けるアルフレッドとバート。あの手この手を用いて<自動機械人形>を引き離そうと試みるが、全く通用しない。人形は決して諦めることなく、何処までも追って来る。

工場への侵入者を、排除するために。

「バート! 確か階上があるって云ってたよね!? 海側を見張る塔みたいなのが! あいつのあの走り方、階段は昇って来れないんじゃあ!!!?」

アルフレッドが叫ぶ。

「確かに!! 階段を昇ろうとしたら一歩一歩脚を上げるしかないっス!! となるとアイツの重量じゃあ、移動はそうとう遅くなる筈っスね! 逃げきれるかも知れないっス! 階段を探しましょう!!」

アルフレッドの機転で、ふたりは階段を探しながら逃げることとなる。だがーーーー。

階段が見付からない。昇りも、降りもだ。

そうして体力の続く限り走り続け、だが遂にーーーー。

「も、もうダメっス!」

休みなく逃げ続けそうとう息が上がっていたバート。とうとう限界が来たらしく足がもつれていた。

「バート!!」

慌てて引き返すアルフレッド。

「このままじゃ共倒れっス! アルフだけでも逃げてくださいっス!」

「そんなことできないって、判ってて云ってるだろバート!!」

アルフレッドは細刀(サーベル)を抜くと、自分自身に魔法を掛ける。

「《ぼやけ(ブラー)》!!」

アルフレッドの姿が霞み揺らいで重なって、視認しづらくなる。だがーーーー!

「うわ!!」

正確無比に己を狙った必殺の一撃を、辛うじて躱すアルフレッド。

「やっぱり駄目か!!」

ゴーレムは魔法感覚で世界を認知している。ゆえにただ視覚情報を誤魔化すだけの魔法は、ゴーレムに何の効果も持たない。

タマット信者が得意とする精神に影響を及ぼす魔法も、いわゆる精神と云うものを持たないゴーレムには全く通用しない。

勿論眠りの魔法も効かない。そも<自動機械人形>には睡眠と云う機能が付いていない。

「つまり、詰みってことっスね!」

「そんなこと云うなよ!!」

疲労困憊のバートから相手の注意を惹くため、必死に動き回るアルフレッド。そんな彼を、ゴーレムの重い一撃が襲う!

細刀で受けてもへし折られる!! アルフレッドはマントをたなびかせて攻撃を流そうとした。だが!

「がはっ!!」

攻撃が重過ぎて、マントでは捌ききれなかった。ゴーレムの拳が脇腹を捉え、肋骨の軋む嫌な音が響いた。

「アルフ!!」

バートが悲鳴を上げ、疲労も忘れアルフレッドを助けに立ち上がろうとする。だが疲弊しきったその足はもつれ、再び転倒してしまう。

そんなバートには眼もくれず、人形は武装腕を振り上げる。アルフレッドに、とどめを刺すために。

「アルフ!!」

バートが叫ぶ。

アルフレッドは諦めていない。今の自分が持つ能力で、この窮状を打開できる手段が無いか必死に頭を回転させ続ける。だがーーーー。

思い付かない。何も無い。

武装腕が振り下ろされる! バートは思わず眼を瞑る!

がしゃああああああああん!!

凄まじい破壊音と衝撃ーーーー!

バートは怖る怖る眼を開ける。とーーーー。

アルフレッドは無事だ。外傷ひとつ負っていない。

「あ……れ……?」

それなら今の破壊音は? バートは前方に眼を遣る。

ーーーーアイアンゴーレムの頭がひしゃげて潰れ、胴体の半ばにまでめり込んでいた。まるで頭頂から超重量の巨大な衝撃を受けたかのように。

アイアンゴーレムの後ろに立つ人物が、胴体にめり込んだ大剣の刃を引き上げ、肩に担いだ。

どうやらこの人物が、背後から大剣でゴーレムの頭を叩き潰したらしい。たった一撃で。先ほどの破壊音はその際の音と云うことか。

アルフレッドたちからは逆光で、その人物の顔は見えない。シルエットしか判らない。

だがーーーー。

「お前たち、こんなところで一体何してるんだ?」

少し呆れたような、女性にしては低い、だが凛と良く響く声。ふたりはその声に憶えがあった。

懐かしいと表するにはまだ少し早いその声の主。ふたりは喜色満面で、異口同音にその名を呼んだ。

「「ーーーーカシア!!」」

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