【ベ叛1】ベルリオース叛乱篇①
ーーーー反撃の朝。
ベルリオース王都地下、抵抗軍本部は、かつてない緊張感に包まれていた。
今日、自分たちは、鉱山都市ラグアトと港街クラスタをドワーフ軍の支配から解放する。
奪われ続けたものを取り戻す闘い。その最初の一手がついに始まるのだ。
「ラグアト解放部隊指揮官、ライアン!」
抵抗軍リーダーのビナーク王子が、出陣前のメンバーの名を呼ぶ。
「応!!」
「クラスタ解放部隊指揮官、フルーチェ!」
「はい」
「武器工場攻撃部隊指揮官、レクト!」
「はっ!!」
名を呼ばれた3人が、それぞれ一歩前に出る。
「これまでの闘い、我々は奴らに奪われ続けてきた」
ビナーク王子が、出陣前の演説を始める。
「だが今日、我々は初めて奪われたものを取り戻す。この勝利こそ、我らにとって初めての勝利であると同時に、真の勝利への第一歩となる。皆、必ず勝利せよ。そして未来の王の名に於いて皆に命ずる! 誰ひとり、死ぬことは許さぬ! 必ず生きて、全員で我が元へと帰ってくるのだ!!」
ビナーク王子の言葉に、皆が歓声で応える。
「暫しの別れね、ライアン」
「ああ。お互い必ず人々を解放しよう」
「そして工場で合流デスネ。また会いマショウ」
フルーチェ、ライアン、ヨクがそれぞれの手を重ね、互いの無事と再会を約束し合う。
そして抵抗軍は各々の目標へと、静かに出立するのだったーーーー。
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鉱山都市ラグアト。
良質の鉄鉱脈が発見され、それを採掘する鉱夫たちの宿場として街の歴史は始まった。
その後付近に石炭の鉱脈も発見され、ベルリオースの技術の発達とともにその需要は増加し、定住者の増加とともに街は発展を遂げてゆき、現在に至る。
鉱山にいくつも掘られ、縦横無尽に走る坑道はまるで迷路のようだ。その入口のいくつかは、街の中にもある。尤も危険なので、封鎖されてはいるが。
幼少期のライアンと同世代の友人たちは、これら坑道を遊び場としていた。危険だから入ってきてはいけないと大人たちがいくら叱り付けたところで、そんなことで子どもたちの好奇心を抑えることはできない。
ゆえにライアンはこの鉱山の、坑道の迷路のような構造がすべて頭の中に入っていた。
彼の作戦はこうだ。街の鉱夫たちは採掘作業で鍛え上げられたその肉体ゆえ優れた戦士にもなり得るが、街に残った家族が人質同然のため表立ってドワーフ軍に反旗を翻すことはできない。
そこで、夜の内に坑道を通じて自分たち抵抗軍が街の外から中へとドワーフ軍に気付かれぬよう侵入する。そして同じく坑道を使って住人たちを街の外へと逃がすのだ。そして抵抗軍の構成員たちが、住人の振りをして代わりに街に残るのである。
フルーチェがラグアト解放作戦を立ち上げてから、ライアンは抵抗軍に所属する裏タマットの密偵を使ってラグアトの主要人物たちと連絡を取り続けていた。
人間のガヤン神殿は、裏タマット神殿と時に敵対し、時に協力しまた時に利用し利用され、適度な距離で関わり続けていた。
だがドワーフのガヤン神殿は違う。ドワーフの社会にタマット神殿は存在しない。ゆえにタマットとの関わり方が判らないのだ。
ライアンは作戦を伝えた。街の住人を一夜の内に入れ換えるのだ。街の側の協力が不可欠だ。
街の全住民に当日の段取りを伝えておく。坑道の入口を封鎖する鍵を、街の側からあらかじめ外しておいて貰う。ドワーフ軍の、街の住人への監視体制を確認しておく。
そして作戦決行前夜。夜の闇に紛れ、街の住人たちが静かに、だが確実に坑道へと姿を消し、坑道の出口、街の外で待機している抵抗軍の保護下に入る。
家族全員の避難が完了したら、抵抗軍の戦士たちが住人たちの家へと潜伏し、家族の振りをする。
そうして翌朝。強制労働のため鉱山へと出勤した者たちが、監督役のドワーフたちに対し反旗を翻す。全員を捕らえ、拘束するのだ。
鉱夫たちの叛乱はすぐに街に待機する軍のドワーフ兵たちの知るところとなるだろう。彼らは怒り、ただちに街の残る鉱夫の家族たちを人質に取ろうとする筈だ。
だがそこに待つのは鉱夫の家族たちではない。前夜の内に街に潜伏していた、抵抗軍の精鋭たちなのだ。
想像もしていなかった手痛い反撃を受け、ドワーフ兵は面喰らう筈だ。あるいは体制を立て直すため、一度後退するかも知れない。
だがそこに、鉱山を制圧した鉱夫たちが街に戻ってくるのだ。街の内と外から挟撃を受け、ドワーフ兵たちはひとたまりもない筈だ。
こうしてラグアトは、殆ど流血もなくドワーフ軍の支配から解放された。
これらはすべて、フルーチェの計画に依るものだ。ライアンがフルーチェに、なるべく流血の少ない街の解放計画をリクエストしたのだ。
何故ならラグアトは鉱山都市。軍事政権が始まる前は、人間とドワーフが共存し、協力し合う街だったのだ。
採掘作業に於いて、ドワーフの右に出る種族は居ない。人間は鉱山での働き方をドワーフから教わった。彼らは人間にとって教師であり、良き隣人であり、家族だったのだ。
やがて軍事政権の樹立によって、人間は鉱山での強制労働を課され、街のドワーフたちはその監督・監視役に任ぜられた。
ドワーフの社会は女王を絶対の頂点とした母系社会だ。たとえ軍属でないとしても、街のドワーフたちもまた女王の意思に逆らうことはできない。
軍のドワーフ兵は別にしても、この街の住人であるドワーフたちは、人間を監視・支配することを心苦しく思っていた。
だからこそ人間たちが抵抗軍とともに鉱山を占拠した際、抗うこともなく全員拘束されたのだ。街のドワーフたちはむしろ、この時が来るのを切望していたようだ。
彼らは今、鉱山の坑道にて拘束されている。
一方街では、軍の威光を笠に幅を利かせていたドワーフ兵たちが、抵抗軍に敗れ拘束されていた。ライアンも、彼ら相手には容赦する気も無いようだ。
ーーーーと、抵抗軍の手を逃れ隠れていたドワーフ兵が、奇声を上げながら坑道の入口に向かって走り出した! その手にはデルバイ神殿にのみ製造法が伝わるとされる、『爆弾』がある。
どうやら女王の狂信者とおぼしきそのドワーフ兵は、訳の判らない原理主義的な罵詈雑言を喚き散らしながら、真っ直ぐ坑道の入口を目指していた。どうやら爆弾を坑道内部に投げ込むつもりらしい。
「莫迦な!? 坑道にはまだドワーフたちが居るんだぞ!!」
ライアンの叫び。だが狂信者いわく、人間に捕縛されるようなドワーフは女王のしもべとして相応しくないらしい。もろともに吹き飛ばすつもりのようだ。
抵抗軍の戦士たちが、狂信者にタックルして押し倒す! だが後一歩及ばず、爆弾は狂信者の手を離れ坑道の中へ。
坑道のような閉鎖された空間では、爆発の威力は何倍にも、いや何乗にも膨れ上がる! 周囲の壁や天井に幾重にも反響した衝撃の威力は、坑道内に残されたドワーフたちの命を確実に奪うだろう。
いやそれだけでは済まない。爆発の衝撃は坑道の構造そのものをも破壊し、鉱山全体を崩落させる結果になるかも知れない。そうなれば鉱山の復旧には気の遠くなるような時間を要するだろう。
ラグアトの経済は死に絶え、ゴーストタウンとしての未来が待つのみだ。
だからライアンは走った! 坑道に向かい真っ直ぐに。街にひとりの犠牲も出さず解放する。甘っちょろい夢物語のような、だがしかしそれがライアンの目標だったからだ。
誰かが叫ぶ。坑道に居るのはドワーフだけだ。助ける必要など無いと。きっと、ずっと一緒に生きてきたドワーフたちに造反され、裏切られた思いだったのだろう。
そんな声にライアンが叫び返す。
「彼らだって、被害者だ!!!!」
それが、ライアンの思いのすべてを表していた。抵抗軍として。ラグアトの住人として。
ドワーフの、友として。
ライアンが坑道に飛び込む。爆弾を見付けた。だが導火線の火は、いましも爆弾の真芯に到達しようとしていた。消火は、もう間に合わない。
だからライアンは、爆弾をお腹に抱え込んだ。背中を丸め、自分の躰全体で爆弾を覆い尽くすと、一言呪文を唱えた。
「ーーーー《鉄の体》」
鋼化したライアンの躰に完全に封じ込められた状態で、爆弾は爆発した。
空気が震えた。だがしかし、爆発の衝撃が外に漏れ出ることはなかった。
坑道に居たドワーフは全員無事だ。衝撃で鉱山が崩落することもなかった。
だがーーーー。
閉鎖された空間では、爆発の威力は何倍にも、いや何乗にも膨れ上がる。
ライアンの躰に覆われた、閉鎖された空間の中で爆発の威力は乗数計算で膨れ上がった。その威力は、ライアンの内臓を完全に破壊していた。
ーーーー《鉄の体》が解除された時、ライアンは既に絶命していた。
この報せはすぐに街中を駆けた。女王のドワーフ兵が、この街のドワーフを殺そうとし、抵抗軍のライアンが、街の住人のドワーフたちを救うためにその命を犠牲にした、と。
街の住人たるドワーフたちは、その報せを聞き、自らの進退を定めた。もはや女王への義理と忠義を棄て、ラグアトの街とともに、そして抵抗軍とともにあろう、闘おうと決意したのだ。
街に駐屯していた軍のドワーフ兵たちは、武装解除をしたうえで街から追放した。
殺すべきだ、ライアンの仇だと主張する者も居た。だが当のライアン自身が、最も流血を嫌っていたのだ。最終的にはライアンの遺志を汲んでの決断だった。
ただし再び自分たちの前に敵として現れたなら、その時は容赦無く殺すと脅すことも忘れなかった。
結局ラグアト解放戦で、犠牲となった死者は1人も居なかった。ライアンただ1人を除いては。
ジェスタ高司祭ライアンは、街を軍の支配から解放しただけではなかった。街の人々の心をも解放し、ラグアトを、真の意味で解放したのだ。
だがそのことを、ともに闘い続けてきた戦友、フルーチェとヨクはまだ知らない。
まだ、知らないのだ。
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「暫しの別れね、ライアン」
「ああ。お互い必ず人々を解放しよう」
「そして工場で合流デスネ。また会いマショウ」