【狩1】一狩り行こうぜ!①
「あれ? 手ぶらなのかい? カシア」
新たな武器をブン盗るもとい譲り受けると息巻いて、『親友』の大富豪シュトラの治める街・娯楽都市シュトラウスへと向かったカシア。だが、王都へと帰って来た彼女は行きと同じく手ぶらである。そのことに疑問を覚えたアルフレッドがそう声を掛けると。
「そうなんだ。シュトラの館に行ったは良いが、あの野郎、例の大剣以上に頑丈な武器は無い、と来やがった」
「そう云えば、いちばん頑丈な武器を貰って来た、って云ってたもんね」
「ああ。それであの野郎、オレに自分専用(オーダーメイド)の武器を作って貰ったらどうか、と抜かしやがった」
「オーダーメイド?」
アルフレッドが興味深そうに身を乗り出す。
「ああ。なんでもシュトラによると、このベルリオース島には伝説の鍛冶屋、つまり武器職人が居るらしい。そいつに注文してみてはどうだ? だとさ」
「伝説の武器職人? それは興味深いね」
「そいつの工房の場所は教えて貰った。ただし職人なんて人種はたいてい頑固な連中だから、武器を作って貰うための交渉はてめえでしろ、と来たもんだ」
その人物の工房の場所自体、かなりの高額で取引される情報なのだが、そこは『親友』価格でロハにさせたのだ。
「それで、カシアはすぐにそこへ向かうのかい?」
「ああ。善は急げってやつだ。いつまでも徒手空拳と云う訳にもいかないからな」
カシアなら徒手空拳でもじゅうぶん強過ぎる気がするが、それはさておき。
「面白そうだね。僕も一緒について行って良いかな?」
アルフレッドが提案する。
「なら、オイラも勿論行くっスよ」
バートもまた追従する。
「それは構わないが……。良いのか? お前たちの予定は?」
カシアが訊ねると。
「どうせ平和になったベルリオース島を観光して廻ろうと思っていたんだ。だったら目的があった方が良いよ」
アルフレッドが笑って答える。
「そうか。判った」
かくて3人は、旅立ちの報告のため王城のフルーチェの元を訪れた。
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「そう……。いよいよ旅立つのね」
カシアたち3人から出発の報告を受けたフルーチェは、どう云う訳か心ここに在らず、と云った様子だった。
「どうした女狐? いつも以上に景気の悪そうなツラをして?」
カシアが訊ねると。
「うん……。ペリデナは、一体いつから<悪魔>と契約していたのか。それを調査していてね」
フルーチェが語り出す。
「軍の元幹部やペリデナの側近など、大勢に事情聴取をしているのだけどね。誰もペリデナが<悪魔>と契約していた事実を知らなかったのよ」
ドワーフ軍も彼らなりの正義に基づいて軍事クーデターを敢行したのだ。もしも主君が<悪魔>と契約していると知ったならば、さすがに誰も女王に従わなかっただろう。
「僕らが闘ったあの宮廷魔術師は、知っていたようだったよ」
アルフレッドが指摘する。
そう。ペリデナが<悪魔>に変身するタイミングは、戦闘の中で宮廷魔術師が指示していたようなのだ。「真の切り札を云々……」と云った台詞を、聞いたような気がする。
「宮廷魔術師……。気が付いたら、あの場から居なくなってたっスね」
バートの云う通りだ。深傷を負った筈の宮廷魔術師だが、その後の女王の<悪魔>変身~戦闘のどさくさに紛れ、気付いた時には戦場から姿を消していた。
彼はペリデナが<悪魔>と契約した経緯を知るかもしれない数少ない人物と云うことで、現在重要参考人として指名手配されている。けれどその消息は、杳として知れない。
「すまねえっス。オイラたちが眼を離したばっかりに」
バートが頭を下げるも。
「仕方ないわよ。<悪魔>が出現したんだから。そちらに気を取られて当然よ。魔術師とは、もう決着が付いてたんでしょ?」
フルーチェは気にしたふうも無い。
「宮廷魔術師……。彼は名を、何と云ったっけ?」
アルフレッドが問うと。
「確か……マルホキアス、だったかしら」
フルーチェが考え込んでから答える。
「その名前……。何処かで聞いたことがあるような……」
そう云って、バートが盛大に頭を捻る。
「知っているのかい? バート」
アルフレッドの問に。
「……そうだ! 確かロベールの有名な反戦活動家が、そんな名前だったような……」
と、バート。
「反戦活動家?」
「そうっス。ロベールは何処もかしこも内乱ばかりでしたからね。戦争そのものを否定して反戦思想を啓蒙するなんて云うのは、かなり危険な行為だったんスよ。兵士の間に広がりでもしたら、軍の根幹に関わるっスからね。そのマルホキアスって活動家も、ある時を境に急に噂を聞かなくなったっス。だから殺されたものと思われてるっス」
「反戦活動家ね……。戦術・戦略アドバイザーとは真逆の立ち位置よね。まさか当人、と云うことはないと思うけど……。怖らく、大いなる皮肉を込めた名乗り、と云ったところかしら」
フルーチェが独言のように呟く。
「そう……なのかな」
何とはなしに気のない返事を返すアルフレッド。宮廷魔術師から、戦争への嫌悪感を感じたかも知れないことは、何故か話せなかった。話す機を逸してしまった。
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険しい山岳地帯を進むアルフレッド・バート・カシアの一行。シュトラからの情報に依れば、人を寄せ付けない深山の奥に伝説の武器職人、その名もドントーなる人物が工房を構えていると云うことだ。
ドントーはドワーフ族とのことだから、険しい山岳も彼にとっては庭のようなものなのだろう。
<巨人の里>や<龍人の里>への道程での、シスターン島北部の険しい山岳地帯の雪中行軍を経験していなければ、心が折れていたかも知れない。あの道程と較べれば、どうと云うことはない。
やがて3人の進む先に、こんな山奥には似つかわしくないしっかりした作りの小屋が出現した。煙も上がっているところからして、かの職人の工房に間違いなさそうだ。
カシアが扉を叩き、大声で呼ばわる。
「頼もーー!!」
ややあって扉が開き、中から高齢だががっしりした体躯のドワーフが顔を覗かせた。
「高名な武器職人のドントー師とお見受けします。私たちは、貴方に武器の製作を依頼したく、まかりこしました」
まずはアルフレッドが挨拶をする。すると。
「いかにも儂がドントーだが……。お主ら、この場所を誰から訊いて来た?」
老ドワーフの問に対し、カシアの簡潔な一言。
「シュトラだ」
するとドントー、長い髭越しにも判別できるほどの渋面を浮かべ。
「ああ……。あのろくでなしか」
吐き捨てるように云う。
「ああ。あのろくでなしだ」
笑顔で答えるカシア。意見が合って嬉しいのだろうか。
「遠いところをわざわざ訪れて貰って悪いが、儂は今ある難敵を斃すためだけの特別な武器を研究・開発中でな。お主らのための武器を作ってやるような時間は無……」
そこまで云ってドントー、カシアの方を見やるとその途端、眼を見開き眉を吊り上げた。そしておもむろにカシアの左腕や太腿を両手でわっしと掴むと、やわやわと揉み出した。
筋肉量でも量っているのだろうか。ひとしきり揉み込み、やがて何かを納得したのか、満足げに手を離すと。
「武器を欲しているのはお主じゃな? おおかた、そこいらの武器ではお主の力に耐えきれず、すぐに壊れてしまうと云ったところか」
と、ドントー。
「……その通りです。良く……判りましたね?」
感心したように云うアルフレッド。
「良いじゃろう。お主のための武器、作ってやらんでもない」
返答を翻すドントー。
「本当ですか!?」
喜色を浮かべ、アルフレッドが確認をすると。
「ああ。ただしひとつ条件がある」
「条件?」
バートが問い返す。
ドントーはひとつ頷くと。
「先ほども云ったとおり、儂は今たったひとりの難敵を斃すためだけの特別製の武器を開発中でな。もうかれこれ10年以上も研究を続けておる。そして儂が思い描くその武器の完成形には、あと3つほど必要な素材がある。その素材を、儂に代わって収集してきて欲しいのじゃ」
「素材集め……ですか?」
ドントーの話を訊き、アルフレッドが繰り返す。
「爺さん、何故自分で行かねえ?」
カシアが問うと。
「この武器はある1人の敵を斃すためのものだと云うことは話したな? その敵もまた、当然こちら側の動向を探っているじゃろう。もしも儂の動向を敵側に気付かれた場合、最悪収集した素材から新武器の性能を推測され、対抗策を立てられる怖れがある。そうなれば10年来の儂の研究も水泡に帰してしまうじゃろう。そのような事態を避けるためにも、素材収集は出来るだけ儂と無関係な人物に行って貰いたいのじゃよ」
「なるほど……」
納得するアルフレッド。筋は通っている。
「つまり、お主らには儂の武器製作の手伝いを依頼したい。報酬として、お主にとびきりの武器を一振り打ってやろう。どうじゃ? 引き受けてくれるか?」
「良いだろう。その依頼、引き受けてやろう」
不敵に笑い、頷くカシア。
「それで、3つの素材とはどのような物なのでしょうか? 所在は判っているのでしょうか?」
カシアが依頼を受けることは先刻折込済だったらしく、アルフレッドが早速依頼内容の確認に入る。
「うむ。これが見事に三島各所に散在しておってな。まずはここベルリオース島だが、お主らは<魔神封印の螺旋塔>を知っておるか?」
ドントーの問に、だがしかし大陸出身のアルフレッドと、人間社会にあまり興味の無いカシアはぴんと来ない。
「いえ……知りません」
だが、バートは違った。
「あれっスよね? <悪魔>戦争時代に風の元素神が<悪魔>と合体して風の魔神になり大暴れした。そいつを封印してる機構っスよね?」
「うむ。その通りじゃ小僧」
ドントーが鬚を撫ぜながら頷く。
「良く知ってるね、バート」
アルフレッドが感心したように云うと。
「やだなあ。オイラが何処に所属してると思ってるんスか?」
『知識』はペローマ神殿に、『噂話』はサリカ神殿に、『伝承』はシャストア神殿に集まる。そして。
『情報』は、裏タマット神殿に集まるのだ。
「<螺旋塔>の遥か地底には風の魔神を封じている大地の元素神が眠っておる。ゆえに<螺旋塔>の建つ土地は豊富な大地の元素力に満ちている。が、同時にかの地には風の魔神も封じられておるから、あの近辺で採れる魔鉱石は大地と風、相克するふたつの元素力を帯びているのじゃ。その魔鉱石を収集して来て欲しい」
「<魔神封印の螺旋塔>で、大地と風両方の元素力を帯びた魔鉱石……と」
アルフレッドが依頼内容を書き留める。
「次にシスターン島じゃ。お主らが知っているかは判らんが、かの島には<源人>と<龍>、ふたつの血を同時に受け継ぐ幻の種族が居ると云う伝承がある」
「それって……」
云いながら、アルフレッドとカシアは顔を見合わせる。
「待て! 皆まで云うな! そんな種族の話は聞いたことがない、そんな種族は存在しないと云うのじゃろ!? だが、伝承は真実じゃ! 幻の種族は存在する!」
「あ、いえ、そうではなく……」
そう云って、アルフレッドがカシアを指差そうとするが。
「判っておる! シスターンの何処に居るかも判らない、姿も知らない種族をどうやって見付けたら、と云うのじゃな!? 困難は重々承知じゃ。じゃが儂の作ろうとしている武器には、この種族の鱗がどうしても必要なのじゃ!! 無理を承知で頼む! 是非見付けてきて貰いたい!」
「あ……はい……判りました……」
曖昧な笑みを浮かべるアルフレッド。
「よろしい。では最後のひとつ、ロベール島じゃが、この島には百年に一度、<神の鳥>と呼ばれる巨大鳥が飛来するらしい。その抜け落ちた羽を手に入れてきてくれ」
「ちょっと待ってください! 百年に一度って……。次にその鳥が飛来するのは何年後、いや何十年後なんですか!?」
アルフレッドが思わず大きな声を出すと。
「まあ待て落ち着け。何も<神の鳥>から直接引き抜く必要は無い。前回飛来した際に抜け落ちた羽を、取り扱っている店を知っておる。そこで譲って貰ってくれば良いのじゃ。ここでは儂の名前を出して構わん。何なら紹介状を書こう」
そう云ってドントー、書状をしたためる。
「王都の近郊にリトと云う街がある。花の生産が盛んな、美しい街じゃ。その街の骨董屋<スター・アイテムズ>で、<神の鳥>の羽を取り扱っている筈じゃ」
「リトの街の骨董屋<スター・アイテムズ>……<神の鳥>の羽……と」
アルフレッドが紹介状を受け取りながら、依頼内容を書き留める。
「依頼したい素材は以上の3つじゃ。見事持ち帰ってくれたら、お主の望む武器を作ってやろう」
「任せときな爺さん。オレはカシアだ」
「アルフレッドと申します」
「バートっス」
ーーーーかくして、伝説の武器職人ドントーがその開発に十数年もの時を費やした、彼の生涯最高の武器の完成は、アルフレッド・バート・カシアの3人の冒険、その結末に委ねられたーーーー。