【狩3】一狩り行こうぜ!③
タマット最高司祭秘書ファルカに案内され、彼女の後に続き<魔神封印の螺旋塔>の内部を進むアルフレッド・バート・カシアの一行。
「ご要望はここでしか採れない魔鉱石、でしたよね? それならば地下部ですね。ついて来てください」
微塵も迷いを見せず、すたすたと施設内を進むファルカ。どうやらこの施設の内部構造は熟知しているようだ。
やがて階段を降り、4人は施設の地下層へと向かう。事前に聞いたバートの話に依れば、この<塔>は地上部より地下部の方が遥かに広く、深いらしい。
当然だろう。地下には風の魔神が封印されているのだから。
やがて、倉庫のような広い空間に辿り着く。
ファルカはその空間の一角を指差すと。
「あそこに積み上げられているのがご希望の魔鉱石だと思いますよ」
ファルカの言葉にアルフレッドが頷くと、近付いて魔鉱石を拾い上げる。
「これは……!?」
触れただけで判る。実に奇妙な魔力が石の表面を対流している。鉱石自体も、漆黒の輝きーーロジックとしては矛盾があるが、そう表現するより他無いーーを放っている。
「驚いたでしょ? その石は大地と風、相反するふたつの元素力を同時に帯びているんです」
ファルカが近付いて来て説明する。
「この<塔>には風の魔神だけでなく、更に地底には魔神を封じる大地の元素神も存在しているから…………っスよね?」
バートが知識を披露すると。
「良くご存じですね。その通りです。大地の元素力と風の元素力。互いを打ち消し合うふたつの力の衝突によって、この石の表面には『消滅』の力が発生しています」
「消滅の……力?」
「はい。そのせいでこの魔鉱石は、使い途の無い屑石としてここに積み上げられている訳ですが。こんなものを手に入れて、皆さまは一体何にお使いになるのですか?」
ファルカの素朴な疑問に。
「使い途の無い……屑石!? どう云うことです!? この魔鉱石は、貴重なのでは!?」
驚いたアルフレッドが逆に問い返す。
「それは……確かにここでしか採れないものですから、貴重と云えば貴重なのかも知れませんが……。魔鉱石の加工には、魔力が必要です。ですがこの魔鉱石は、加工するための魔力をも打ち消してしまいますので……」
「加工が出来ない……! そう云うことですか!?」
得心がいった、と云うふうのアルフレッドの答に、ファルカが頷く。
「ですから、ここの者たちにとっては、使い途の無い屑石な訳ですよ」
「なるほど……。ですが僕らも、依頼を受けて収集に来た身でして。実際の用途については、僕らも聞かされていないのです」
アルフレッド、少しだけ嘘を吐く。
「そうでしたか」
「何にしろ、これだけあれば量はじゅうぶん。任務は完了です。助かりました、ファルカさん」
「いえいえ。私たちには不要なものですから。お役に立てたのなら、嬉しいです」
アルフレッド、必要な量の魔鉱石を持っていた革袋に詰め込む。
「さて。それでは僕たちはそろそろ……」
と、アルフレッドが云いかけたところで、突然けたたましい警報音が鳴り響く!
「何だ!?」
そうとうな大音量だ。施設全体に鳴り響いているのではないかと思えるほど。
「魔法の警報です。これは……施設内への賊の侵入を許したようです。危機レベルは3と云ったところでしょうか」
ファルカが音を聴きながら答える。
「なるほど。音の種類や大きさなんかで危機の内容を表してるんスか」
バートが頷きながら呟く。
「この施設に務める者は皆、最低限の戦闘訓練は受けております。ですが私が受けているのは本当に最低限度。自分の身を護るのがせいぜいで、皆さまの身の安全を保障することが出来ません。ですのでこれから皆さまを、この施設内の安全な場所(セーフルーム)へとご案内します。皆さまは事態が鎮静化するまで、そこに避難していてください」
そう云って皆を案内しようとするファルカ。だがアルフレッドは、少し逡巡した後。
「もしよろしければ……僕たちも共に闘いましょうか?」
そう、問い掛けた。驚きに眼を丸くするファルカ。
「そんな!! 客人である皆さまがたを、危険な目に遭わせる訳には!! それに敵は貴方がたとは無関係です。貴方がたに、闘う理由は無いのでは?」
尤もなファルカの意見。そこでアルフレッドは。
「この施設内に侵入したと云う、賊の目的は何だと考えますか?」
ファルカに問う。すかさず彼女は。
「ここを攻撃してくる者たちの目的は9割以上、風の魔神の解放です。中にはタマット最高司祭等、特定の人物の暗殺を目的としている者たちの侵入もありますが、それらの暗殺も最終的には風の魔神解放への布石だと考えます」
と答えた。
「なるほど。では万が一風の魔神が解放された場合はどうなりますか?」
アルフレッドが更に問う。
「犯人の目的や思想・信念がどう云ったものであれ、ベルリオース島全土を壊滅的な大災厄が襲う結果になると思います。そして怖らく惨禍は、ベルリオース島にとどまらないでしょう」
「では、事態は僕にも無関係とは云えませんね。この島には仲間や友人、お世話になった人たちが大勢居ます。彼らをそのような危険に晒す行為を、放っておく訳には行きません」
きっぱりと答えるアルフレッド。
「アルフレッドさん……。判りました。では、お力を借ります」
ファルカが頭を下げる。
「……と。僕だけで勝手に決めてしまって済まない」
アルフレッドがバートとカシアに謝罪すると。
「いつものことじゃないスか。ついて行くっスよ」
と、バート。
「オレは戦闘なら大歓迎だ。だが、得物が欲しいな」
と、カシアが云うのに。
「武器ならこの倉庫にも備蓄があった筈です。確か……」
ファルカが倉庫の片隅に走って行き、そこにあった木箱の蓋を開ける。中には多数の剣が乱雑に納められていた。
「これなんていかがでしょう?」
と、ファルカが持って来たのは片手用の長剣(ロングソード)だ。怖らくカシアが隻腕なので、気を遣ったのだろう。
カシアは長剣を受け取ると、2・3回素振りをした後。
「細くて脆いな。大剣(バスタード・ソード)は無いのか?」
と、問うた。
「え? でも、それでは……」
と、カシアの隻腕を気にするファルカに対し。
「大丈夫ですよ。カシアなら」
と、促すアルフレッド。
「……判りました。では」
と云って、今度は箱の中から大剣を持って来るファルカ。
カシアは大剣を受け取ると、またも2・3回素振りをする。そして。
「……良いね。シュトラの奴から貰い受けた品に勝るとも劣らない質だ。さすが最前線だな」
そう云ってにやりと笑う。
「で、具体的に僕らはどうすれば良いですか?」
この施設内では勝手が判らない。アルフレッドがファルカに指示を仰ぐ。
「……そうですね。私の本来任務は戦闘指揮です。そのためには、施設内全域と通信が可能な中央管理室へと向かいたい。皆さまには、そこに到着するまでの私の護衛をお願いしたいのです。途中侵入者と遭遇した場合は、殲滅していただきたい。お願い出来ますか?」
「判りました。ではバートを先頭、殿(しんがり)をカシアに。順路の指示をお願いします」
ファルカの指示にアルフレッドが応える。
「承りました。それでは急ぎましょう」
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バートの危険察知で敵との遭遇を回避しつつ、ファルカの道案内で確実に目的地へと近付く一行。あと少しで中央管理室に辿り着く、と云う場面で、バートが全員の進行を止める。
「どうした? バート」
とアルフレッドが問うもバートは唇の前に人差し指を立てたまま、曲がり角からそっと顔を出して進行方向を確認している。やがて皆の方に向き直ると。
「敵の集団っス。数は12人。装備は革鎧(ヘビー・レザー)に片手剣か両手剣。機動力重視っスね。リーダー格っぽい偉そうなのが1人居るっス」
バートが小声で報告する。
「12人か……。どうしますファルカさん? やり過ごしますか?」
と、アルフレッドが問うのに対し。
「この道は、後は中央管理室にしか繋がっていません。なので怖らく敵の目的は、中央管理室の制圧です」
ファルカが答える。
「それはまずい。何があっても阻止しなくては。となると、戦闘は不可避ですね」
アルフレッドが表情に緊張の色を浮かべる。
「12対4ですか……。かなり不利な状況ですね」
ファルカも不安の色を浮かべる。
「そうか? 大したことないだろ? アルフレッド、何か作戦はあるか?」
対してまるで緊張も不安も無いカシア。アルフレッドに問うてくる。
「ああ。皆、耳を貸してくれ」
そしてアルフレッド。即興で思い付いた策を皆に伝えるーーーー。
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まずはバート。曲がり角からそっと敵集団を目視した状態で、魔法を放つ。
「……《集団誘眠(マス・スリープ)》」
敵全員を標的に捉えた範囲魔法。全員、とは行かずとも、敵の中の幾人かは眠りに落ち、ばたばたと倒れていく。
突然昏倒していく仲間たちに動揺する敵集団。そこに、武器を構えたカシアが突っ込んで行く。そのすぐ後ろに、アルフレッドが続く。
当然、意識のある敵集団の全員が、考えるより先にカシアに注目する。アルフレッドはその一瞬を逃さない。
「《閃光(フラッシュ)》!!」
カシアの背後でアルフレッドが閃光を放つ! 眠っていない敵集団全員の眼が眩む!
「め、眼が!!」
その隙に敵中央へ斬り込む2人。カシアは眼の眩んだ敵を次々と一刀の下に斬り斃してゆき、アルフレッドは眠りに落ちた敵の急所を刺突し、次々と止めを刺してゆく。
ようやく視力を取り戻した頃、敵の数は4人にまで減っていた。
「凄い……。なんて鮮やかな連携なの。貴方たち、とても闘い慣れしているのね?」
曲がり角の手前で、ファルカが溜息を吐きながらバートに云う。
「ま、それなりに経験を積んでるっスからね。そいじゃオイラたちも支援に向かうっスよ」
そう云ってバートは、一定の距離を置きつつアルフレッドの背後に付く。
「何だてめえらは!? よくもやりやがったな!」
敵のリーダー格とおぼしき人物が大声を上げる。バートの云う通り偉そうだが、頭も悪そうだ。
「我々はお前たちのような悪党を退治するのが仕事だ! お前たちこそ一体何者だ!?」
アルフレッドが駄目元で、相手の素性を質す。
「オレは<黒狼>レガート様の一の子分、<紅蓮の牙>のゲルガだ!」
(名乗るのかよ!? しかも主人の名前まで!?)
(今日び「子分」って……。なかなか聞かないフレーズだなおい?)
(<紅蓮の牙>とか痛過ぎる……。て云うか<黒狼>レガートって誰!?)
<紅蓮の牙>ゲルガとやらの大きな声での恥ずかしい名乗りに、アルフレッド・バート・ファルカが心の中で総ツッコミを入れる。
カシアは欠伸をしている。
「ゲルガ!! お前たちの目的は何だ!? 一体ここで何をしようとしている!?」
調子に乗ったアルフレッドが、もっと答えてくれるかも、とドラマティックに問い掛ける。
「知れたこと!! この塔に封印されていると云う、風の魔神……? を復活させるためだ!!」
なんでそこ少し自信無くて、疑問形なんだ?
「それは、何のためだ!?」
もう誰が見ても調子に乗ってるアルフレッドが更に問う。あまりに芝居掛かっていて、バートは笑いを堪えるので精一杯だ。
「何のため……!? それは、レガート様に命令されたからだ!」
「なるほど。だがゲルガよ。敵である我々に対して、そこまで自分たちの情報を開示してしまって大丈夫なのか!? 主人から責任を問われたりはしないのか!?」
さすがに調子に乗り過ぎたと反省したアルフレッドが、今更ながら注意喚起をする。
(え!? 今それ云う!?)
バートとファルカが、今度はアルフレッドに心の中で総ツッコミ。
「問題無いさ! どうせてめえら全員ここでオレに殺されるんだからな! 情報が漏れることは無い!」
どうやら思っていたようなタダの莫迦ではなかったようだ。一応、計算があって余計なことを喋っていたらしい。