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【シ擾1】シスターン擾乱篇①

リシュト沖の不審船事件から、暫しの時が流れたーーーー。
 
アルフレッドは今、チェリーの経営する魔法屋を訪れていた。永らくリシュトに滞在していたギルスだが、とうとうこの街を旅立つことを決めたらしい。
 
「久し振りだなアルフ。随分とシャストア信者が板に付いてきたようじゃないか」
 
チェリーの淹れてくれた紅茶を啜りながら、ギルスが声を掛ける。
 
「からかうなよギルス。まだまだ半人前さ」
 
同じくチェリーの淹れた紅茶を口に含みながら、アルフレッドが照れたように返答する。
 
シャストア神殿に入信してから暫くの間、アルフレッドは街に留まったプリメラ高司祭の許に通い、シャストア信者としての基礎を徹底的に叩き込まれた。
 
だが、アルフレッドがある程度の基本を身に付けた、と判断したのだろう。高司祭は再び流浪の旅に出た。シャストア入信者用の魔法書をアルフレッドに残して。
 
「後は実戦で技術を磨け、と云うことなんだろうな」
 
高司祭との日々を思い出し、アルフレッドがひとりごちる。
 
「俺もいい加減長く居座り過ぎた。チェリーとふたり、師匠の下で修行をした日々を思い出して懐かしくてな。だがこれ以上ここに居ると、旅立つ決心が鈍っちまう」
 
そんなギルスの台詞を、チェリーが淋しそうな貌で聴いていた。
 
「どうだろうギルス。君のその旅に、僕も同道させて貰えないだろうか?」
 
アルフレッドが唐突に申し出た。いや、彼の中では以前から考えていたことではあったのだが。
 
「お前もこの街を出るのか?」
 
驚くギルスの問に。
 
「ああ。師匠も既に旅立った。この街で学ぶべきことはすべて修めたと思う」
 
「そりゃあ、物理戦闘が可能なお前が同行してくれるのは有難い。魔術師と云うだけで畏れられ、交渉事が上手くいかないこともあったしな」
 
「じゃあ……?」
 
「ああ。これからよろしく頼むぜ。相棒」
 
アルフレッドとギルスは、固い握手を交わした。
 
そんな二人に更に淋しそうな貌を向け。
 
「アルフレッドさんまで行ってしまわれるのですか。本当に、淋しくなりますね……」
 
チェリーがしゅんとしていた。
 
と、そこへ。
 
「お二人のその旅。盗賊系技能の需要はございやせんか?」
 
一体いつから話を訊いていたのか。いつの間にか店のカウンターに身を乗り出していたバートが、そう問うた。
 
「びっくりした。一体いつの間に?」
 
とアルフレッド。
 
「何だ? まさかバート、お前も旅に出ると云うのか?」
 
とのギルスの問に。
 
「はいっス。オイラもここしばらくは盗賊稼業を休業して、技術に磨きをかけていたっス。盗賊から足を洗うんであれば、別にこの街に居る必要は無いっス。これからはこの技を、冒険者稼業に活かせれば、と。で、どうっスか?」
 
と、改めて二人に問う。
 
「欲しいさ。盗賊系技能」
 
そう云って、ギルスが拳を突き出す。
 
「それも知り合いならなお良し、だ」
 
アルフレッドも隣に拳を並べる。
 
「決まりっスね」
 
バートが二人と拳を合わせる。
 
詩人、魔術師、そして盗賊。パーティ結成の瞬間であった。
 
「バートさんまで……」
 
チェリーがもう眼を潤ませている。
 
「じゃ、じゃあ、最後に皆さんで遺跡の見学に行きませんか?」
 
最後に、と云う自分の台詞に泣きそうになりながら、チェリーが三人に提案する。
 
「遺跡?」
 
ギルスが興味を惹かれる。
 
「はい。<水晶の塔>と呼ばれる、リシュトに程近い場所にある白の月の時代の遺跡です。最近、観光ルートが再整備(リニューアル)されたんですよ」
 
チェリーが説明する。
 
「<水晶の塔>? なかなか興味を惹かれる名前だね」
 
アルフレッドが喰い付くと。
 
「でしょう? 勿論、本当に水晶で出来ている訳ではなく、水晶のように見える不思議な素材なんです。私たちは<溶けない氷>と呼んでいます。と云っても、触っても冷たくないし、熱にも衝撃にも強いんですけどね」
 
「白の月の時代の物質か。それは見てみたいな」
 
チェリーの説明に、ギルスも乗り気になる。
 
「オイラも噂に訊いたことがあるだけっスから、一度行ってみたいっスね」
 
「じゃあ、決まりですね」
 
アルフレッド、ギルスに続いてのバートの返答に、チェリーが顔を輝かせる。
 
「みんなで出かけるのか? オレも一緒に行きたいぞ」
 
「うわ!!!!!!」
 
突然、店のカウンター越しに声を掛けられ、今度はバートが驚く。
 
振り返るとそこにはいつから居たのか、ガイアーがカウンターに身を乗り出していた。
 
「ガイアー、いつからそこに?」
 
アルフレッドの問に。
 
「ん? みんなで<なんとかの塔>に遠足に行くって云う話のところだ」
 
「遠足……」
 
「アニキ、遺跡になんか興味あるんスか?」
 
バートの問に。
 
「ない! でもみんなで出かけると云うなら、オレも一緒に行きたいぞ!」
 
と、相も変わらず子どものようなガイアーの返答。
 
「まあ、良いんじゃないか? この面子が揃うのも、久し振りだしな」
 
と、アルフレッド。
 
「ちなみにアニキ。アニキはこの街を旅立つ、なんて予定はありますか?」
 
バートがガイアーに尋ねると。
 
「? なんでそんなこと訊くんだ? オレは<守護兵>になりたいから、この街を出る気なんて無いぞ。冒険者として実績を積んで、<守護兵>の詰所でアピールするんだ」
 
と、ガイアーが答える。
 
「良かったっスね、チェリーちゃん。アニキはこの街に残るそうっスよ」
 
バートの言葉に。
 
「あ……。はい……。そうですね……」
 
ちっとも嬉しくなさそうな返事を返すチェリー。
 
ギルスとアルフレッドは苦笑いを、ガイアーは頭上に沢山の「?」を浮かべていた。
 
 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
 
 
久し振りの遠出である。簡単な旅支度を整え、5人は翌朝、リシュトの城門に集合した。
 
そして街を出て、街道を暫く進む。やがて、氷壁の断崖に半ば埋もれる形で、その遺跡が姿を現した。
 
「これが<水晶の塔>……! 壮観だね……」
 
その外観に、アルフレッドが息を呑む。
 
「中はもっと凄いですよ。見学コースが整備されてますから、受付に行って手続きしましょう」
 
チェリーに従い、全員が中へと入る。
 
「この遺跡の目玉みたいなものはあるのか?」
 
歩きながら、ガイアーが大雑把な問い掛けをする。
 
「目玉……ですか? <天使の石板>の複製(レプリカ)でしょうか?」
 
可愛らしく小首を傾げながら、チェリーが自信無さげに答える。
 
「<天使の石板>? 何だそれは?」
 
ガイアーが問うと。
 
「シスターンに伝わる、白の月の時代の大いなる力を秘めているとされている3枚の石板のうちのひとつだ。残りの2枚はそれぞれ<龍の石板>、<源人の石板>と云うらしいな」
 
いつものようにギルスが蘊蓄を披露する。
 
「なるほど。いにしえの三者の名を冠している訳だね。それぞれの石板に秘められていると云う力と、何か関係があるんだろうか?」
 
アルフレッドが疑問を呈すると。
 
「さあな。ひとつひとつの石板が秘めていると云う力についても、諸説あるからな。3枚すべての石板が揃った時に、何かの封印が解かれるなんて話もある」
 
「へえ……」
 
そんなギルスとアルフレッドの会話に、ガイアーが割って入る。
 
「その<天使の石板>が、この遺跡にあるって云うのか?」
 
「レプリカな」
 
と、ギルス。
 
「なあんだ、偽物か」
 
ガイアーがつまらなそうに云うと。
 
「そんな危険な代物が、観光名所の見学コースに展示してある訳ないだろう? 本物は<氷壁の記憶>が管理しているって噂だ。怖らく教団の本部にでも保管しているんだろう」
 
と、呆れたようにギルスが答える。
 
「……あの、おかしくありませんか? 皆さん」
 
唐突にチェリーが、何処かで訊いたような台詞を口にする。
 
「……おかしい? 何がだ?」
 
不安を覚えつつ、ギルスが問い返すと。
 
「私たちは遺跡の中を随分と歩いてきました。なのにここまで誰にも出逢っていません。警備のための<守護兵>が、要所要所に居て良い筈なのに。それに許可無くこんな奥まで入れるのもおかしいです」
 
チェリーのその言葉に、全員が顔を見合わせる。
 
「確かに……」
 
悪い予感しかしない。
 
ーーーーと。
 
「しっ!! 黙って!!」
 
いつの間にか先頭に躍り出ていたバートが、右手の人差し指を自身の口元に、左掌を皆の方に向け、静かにするよう指示する。
 
「どうした? 何か聴こえたのか?」
 
ギルスが囁き声で問い掛ける。バートは眼を瞑って耳を澄ませていたが、やがて。
 
「これは……剣戟? 闘いの音っス! この建物の何処かで誰かが闘ってるっス!!」
 
バートのその言葉に、全員が顔を見合わせる。そして。
 
「何処だ!? バート!」
 
「こっちっス!」
 
ギルスの問にバートが先頭を切って駆け出し、仲間たちがそれに続いた。
 
 
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やがて一行は、広い空間へと続く途中の通路で立ち止まり、物陰に隠れる。
 
「あそこっス。あの広い空間から闘いの音は聴こえていたっス。でも今は止んでるっス」
 
バートが通路の先を指差し、囁き声で指摘する。
 
「決着がついたのか……? あの空間は何だ?」
 
ギルスの疑問に。
 
「怖らく、さっき話した<天使の石板>のレプリカの展示室だと思います」
 
チェリーが囁き声で答える。
 
「ここでこうしていても仕方がない。行ってみるしかないんじゃないか?」
 
ガイアーが通路の先を指差し云う。正論だが、無策のこいつに云われると何か腹立つ。
 
一行は、物音を立てず、気配を殺して慎重に広い空間へと足を踏み入れた。すると、そこに広がっていた光景はーーーー。
 

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