【狩4】一狩り行こうぜ!④
「ならばゲルガよ、冥土の土産に僕たちに教えてくれないか? お前の主人レガートは、何故風の魔神の解放を欲する?」
アルフレッドが重ねて問う。
「冥土の土産か……。良いだろう。そりゃあ、<狂王>さまに認められるためだろうな。<狂王>さまに『最も悪を為した』と認められれば、どんな願いも叶えて貰える訳だからな!」
冥土の土産、と云うフレーズが気に入ったらしい自称<紅蓮の牙>が、調子に乗って答えてくれる。
「<狂王>……!? <狂王>って、あの<狂王>か!? <狂王>と十一人の弟子の、あの<狂王>カサンドラか!?」
<紅蓮の牙>の語るその名に反応したのは、アルフレッドただ1人だった。他の皆はぽかんとしている。
「アルフ、知ってるんスか?」
バートがアルフレッドに問う。アルフレッドは頷くと。
「大陸で広く語られている子ども向けのおとぎ話さ。概要はこうだ。大邪術師<狂王>カサンドラが契約した<悪魔>はどんな願いも叶える力を持っている。<狂王>には十一人の弟子が居て、彼女は弟子たちに競争をさせているんだ。最も邪悪を為した、と彼女に認められたたった1人の願いを叶えてやる、と云ってね」
と、<狂王>カサンドラの伝承を説明する。
「なるほど。でもおとぎ話ってことは、その<狂王>なにがしは実在しない、ってことっスよね?」
「少なくとも僕の、いや大陸の一般的な人々の認識はそうだ」
バートの確認を肯定するアルフレッド。
「てめえらがどう思っているかは知らねえが、<狂王>さまは実在するぜ。いや、勿論オレが直接お目通りしたことはねえがよ。レガートさまが仰ってるんだ。間違いねえ」
自信たっぷりに頷く<紅蓮の牙>。
「と云うことはお前の主人レガートは、<狂王>の十一人の弟子……<黒土の十一使徒(イレブンブラックチルドレン)>の1人。そう云うことか!?」
「いかにも」
アルフレッドの問を肯定する<紅蓮の牙>。
(どう思う? バート)
アルフレッドが小声でバートに見解を求める。
(アイツ頭悪そうスからね。その主人とやらがフカシぶっこいてアイツをかついでる、って可能性も無きにしもあらず、ですが……)
頭を捻りながら、やはり小声で応えるバート。
(仮に奴の話がすべて真実だったと仮定した場合は、どうなる?)
(アイツ、と云うかアイツの主人の目的はより大きな邪悪を為して<狂王>なにがしに一番と認められること、っスよね? つまり風の魔神解放は目的じゃなく手段、ってことっス。となればアイツの主人は風の魔神解放にそこまで執着している訳じゃあない)
(どう云うことです?)
小声での話し合いに、ファルカも参加してくる。
(ファルカさん。賊に施設内部まで侵入されることって、結構頻繁にあることスか?)
(まさか! レベル3の危機なんてそう頻繁にあることではありません。多くてもせいぜい年に数件程度です)
バートの問に、ファルカが慌てて答える。
(となると今回敵はとても緻密な戦略を練って、この施設の襲撃作戦を実行に移してきた。にもかかわらず実行犯のアイツは云っちゃなんですが莫迦っス。せっかくの作戦の運用がなってない)
(つまり、どう云うことです? バートさん)
(結論から云います。今回の襲撃は怖らくテストっス。たぶん襲撃へのこの施設の対応力を見られてます。あの莫迦は捨て駒で、この施設の対応能力が一定基準以下だと判断されたら、本命の部隊による二度めの襲撃が行われるんだと思います)
バートの結論に、ファルカが息を呑む。
(もし、この施設の対応能力が想定より高いと判断されたら?)
アルフレッドが問う。
(この施設への襲撃は諦めると思うっスよ。さっきも云ったとおり、敵は風の魔神解放に拘ってる訳じゃないっスから、費用対効果が悪いと判断したら、また別の悪事を考えるんじゃないスかね?)
(つまり、私たちがすべきことは……)
ファルカの問い掛けに対し。
(全力で敵をぶっ潰して、この施設を攻めるのは割に合わないと親玉に思わせること。これに尽きるっスね)
バートが見事な結論で締め括る。
「てめえら、こそこそと作戦会議は済んだか!?」
いい加減しびれを切らしたらしい、<紅蓮の牙>ゲルガが一行に問い掛けてくる。て云うか今まで一行の話し合いを待っていてくれてたんだ。お人好しなのか莫迦なのか。
「待たせたなゲルガ! これ以上お前たちに好き勝手させる訳にはいかない! ここで止めさせて貰うぞ!!」
アルフレッド、外套(マント)を翻し思い切り演出過多で宣言する。
「抜かせ! 勝てるつもりか!」
迎え討つ<紅蓮の牙>ゲルガ。
「雑魚3人はオレが相手してやる。お前たちふたりであのお喋りを蹴散らせ」
カシアがアルフレッドとバートに指示する。
「了解。カシア」
そう云ってアルフレッドは細刀(サーベル)を、バートは槍をそれぞれ構え、ゲルガと対峙する。
「お前たち2人だけでオレと闘うつもりか? 役不足だと思うがな」
云うや否や、ゲルガがみるみる変化を始める! 全身に剛毛が生え、爪と牙が伸び、さながら狼人間とでも云うべき様相を呈する!
「ら……獣化病(ライカンスローピィ)!!!?」
その姿を見て、ファルカが叫ぶ。
「気を付けてください! その男は獣化病患者(ライカンスロープ)です! 爪や牙で傷付けられると、感染します!」
ーーーー獣化病。それは、自らの意志に依らずけものの姿に変身してしまう病を指す。
一口に獣化病と云っても、異なる原因と症例で現在は3つの類型が知られている。
ひとつめは黒の月からもたらされた<悪魔>の伝染病である。一説には徐々に<獣の悪魔>に変身してゆく呪い、などとも云われている。患者から爪や牙などで傷付けられることによって感染し、変身中は記憶や理性を失い血に飢えたけだものと化す。そのくせ人間の知性は狡猾さと云う形で残っているから始末が悪い。治療は不可能ではないが、そうとうに高度な《療治》の魔法が必要となるだろう。
ふたつめは親から子へと伝わる遺伝性の病である。この類型は他者に感染させる虞(おそれ)は無いが、治療法も現在のところ知られていない。変身中も記憶や理性は残ったままであり、人格が損なわれることはない。この病を呪いと考え、治療法の探求に生涯を費やすも、この能力を奇貨と考え、己の欲望を満たすために使うも、すべては患者次第と云うことになる。
みっつめは獣の霊に憑依されることが原因で起こる変身、いわゆる獣憑きと云う現象である。カルシファードに多く見られる症例だ。
「残念ながら、オレの能力は他者には感染させられん。父から受け継いだものだからな」
人狼(ワーウルフ)と化したゲルガが喋る。つまり、人格も理性も失っていない。
「つまり、第2類型ですか」
「だが、獣化によって肉体能力(フィジカル)が格段に強化されていることに変わりは無いぜ!」
全身赤毛に覆われた人狼ゲルガが吼える。<紅蓮の牙>とは良く云ったものだ。どうやら只の中二病ではなかったらしい。
ゲルガが両手の爪でアルフレッドに襲い掛かる!
ーーーー速い!!
アルフレッドが細刀で連続攻撃を凌ぐ。防御に厚い細剣術(フェンシング)だから辛うじて凌ぎきれてはいる。だがそれだけだ。反撃の糸口は掴めない。
「おらおらどうした!? 守ってるばかりじゃあ勝てないぜ!!」
「くっ!!」
速いだけでなく力も強い。このままではいずれ、細刀をへし折られてしまいそうだ。
ーーーーと、その時!
続けざまに短剣(ダガー)が飛来し、ゲルガを襲う。バートが投擲したものだ。
それらすべてがゲルガの眼や喉を正解に狙ってくるため、避けるか弾き落とさざるを得ない。
「ちっ!! 鬱陶しい!!」
ゲルガが短剣に気を取られている隙に、アルフレッドは大きく後退し魔法の準備に入った。
(《閃光》は一度見せている。なら今度は!)
「《目くらまし(ストライク・ブラインド)》!!」
アルフレッドが魔法を放つ。相手の肉体に影響を及ぼす魔法は、旺盛な生命力を持つ相手には効き難いことが多い。まして敵は獣化によって生命力を増している。はっきり云って、悪手だ。
だがアルフレッドは、この魔法の発動にかつてない大成功を収めた。幸運のなせる業だ。ゆえにゲルガの視界は閉ざされた……筈だった。
ーーーーだが!
「何!?」
ゲルガの爪による攻撃は、狙い誤たずアルフレッドを襲う。
敵の眼を潰したと思っていたアルフレッドにとって、この攻撃は不意討ちとなった。辛うじて躱せたのは、やはり幸運のなせる業だ。
(どうして!? さっきの《閃光》は効果があった! 同じく視力を奪っているのに、さっきと今の違いは何だ!?)
攻撃を躱しながら考えるアルフレッド。やがて、ひとつの結論に到達する。
(ーーーーそうか。そう云うことか)
そしてアルフレッド。後ろ手でバートにハンドサインを送るーーーー。
ーーーーアルフレッドの《目くらまし》によって、確かにゲルガの視界は閉ざされた。だがそれでもゲルガには、アルフレッドやバートと云った敵の位置や動きが手に取るように把握出来ていた。
ーーーーと。
ゲルガの認識から、バートの存在が唐突に消失した。
(莫迦な!? 盗賊が消えた!? 一体何処に!? どうやって!?)
その時。
がしゅっっ!!!!
ゲルガの後頭部から眉間へと、バートの槍の穂先が刺し貫いていたーーーー。
ーーーー致命傷だ。だが!
最期の力を振り絞り、眼の前に居るアルフレッドへと爪を振り上げるゲルガ!
ーーーーが。
ざしゅっ。
その前にアルフレッドの細刀が真正面から、ゲルガの心臓を刺し貫いていた。
力を失い、膝を突き斃れるゲルガ。そのまま、動かなくなった。
カシアの方を見ると、とうに決着が付いていたらしい。彼女の足下にはゲルガの配下が3人、転がっている。まだ息はあるようだが、完全に気を失っている。
「一体、何があったのですか?」
駆け付けたファルカがアルフレッドに問う。先ほどのゲルガとの闘いのことを訊いているらしい。
「あ、はい。僕の魔法によって、ゲルガの視力は奪った筈でした。にもかかわらず彼は、その後も正確無比な攻撃を僕に繰り出してきた」
「それは、一体……?」
ファルカの問に、バートが。
「匂いっスよ」
「匂い!?」
「ええ。怖らく彼は、獣化に伴い狼の超嗅覚をも得ていた。だから眼が見えずとも、こちらの位置や動きを正確に把握し、攻撃してきた」
「そのことに気付いたアルフが、オイラに合図を送ってきたっス」
「合図?」
「ええ。バートに《消臭》の魔法を掛けました。眼の見えないゲルガにとっては《透明》も同然だったでしょう」
「あとはオイラが得意の気配遮断と無音移動で奴の背後に回り込み、致命傷を、って訳っス」
「それだけの情報分析と作戦の立案・実行を、あの短い間に行っていたと云うのですか……? しかも、闘いながら……?」
ファルカが驚きを禁じ得ない。
「ま、いつものことっスからね」
バートが鼻の下を指で擦る。
(凄い……! バートにアルフレッド。それにカシア。3対1でも物ともせずあっさり敵を無力化したあの戦闘力!)
ファルカは眼を輝かせる。
(ーーーー逸材だわ!)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
その後、ファルカを無事に中央管理室へと送り届けた一行。
実動部隊の長であるゲルガが既に斃れていたと云うのも勿論あるが、ここはやはりファルカの指揮能力が優れていたと云うべきだろう。
中央管理室にて施設内各所の現状を把握したファルカは、見事な指揮でテロリストの残存戦力を各個撃破し、一掃した。
一連の襲撃事件が鎮静化したことで、アルフレッドたち一行は<塔>を辞する運びとなった。
事後処理を他の者に任せ、ファルカ自らが見送りに来てくれた。
「魔鉱石を分けていただき、ありがとうございました。色々と、お世話になりました」
アルフレッドの謝辞に対し。
「それはこちらの台詞です。……そこで、ご相談なのですが」
「?」
「3人とも、<螺旋塔>に雇われる気はありませんか? 一緒に働きましょう!」
唐突なファルカの勧誘。
「……なんか、王宮からも似たようなオファーがあったっスねーー」
既視感(デジャ・ヴュ)に眼を細めるバート。
「王宮の退屈な仕事と違って、こちらは戦闘や騒動の解決(トラブルシュート)が主な業務です。カシアさん向きではないかと。それに仲間も敵も、その背景は物語に満ち溢れています。英雄詩の題材には事欠かないかと」
カシアとアルフレッドの心をくすぐる、なかなか巧みな勧誘だ。
「常在戦場ってのは、悪くないが……な」
と、カシア。
「まずは眼の前の任務っス。後のことは、またそれから考えますよ」
「お誘い光栄です。ありがとうございました」
バートとアルフレッドが挨拶する。
「良いお返事を期待していますよ。またお逢いしましょう」
ファルカの別れの言葉に手を振りながら、一行は砂漠の彼方へと去っていったーーーー。
「彼らは、どちら様ですかな?」
一体いつからそこに居たのか。ファルカの隣に立った人物が、そう彼女に声を掛ける。
「わ!! びっくりした……!! 最高司祭さまじゃないですか。一体いつお帰りに?」
ファルカに最高司祭と呼ばれたその人物。美髭をたくわえた美中年で、右手には紅茶の注がれたカップを、左手にはカップの受け皿(ソーサー)を持っている。カップを持つ手は、勿論小指を立てている。
「つい今しがた、出張先から戻りました」
そう答え、紅茶を一口啜る最高司祭。
「彼らは国王の紹介でいらしたお客人です。ちょうどテロリストの襲撃に巻き込んでしまったのですが、解決に力を貸してくださいました。頭脳・戦力ともに素晴らしかった。<塔>で働かないかと勧誘してみました。やんわりと断られてしまいましたが」
ファルカが、遅ればせながら最高司祭の質問に答える。
「ほう。ファルカさんがそこまで絶賛するとはそうとうな使い手なのですね。名は何とおっしゃるのでしょう?」
「ええと、詩人がアルフレッドさん、盗賊がバートさん、剣士がカシアさんです」
ファルカの答を聞いた時。彼女には判らない程かすかに、最高司祭の片眉がぴくり、と吊り上がった。
「そうですか。彼がーーーー」
と、やはりファルカに聞こえない程度の小声で、最高司祭がぽそりと呟いた。
「では戻りましょうか。ファルカさん」
「はい」
そう云って最高司祭とファルカの2人は、<魔神封印の螺旋塔>の内部へと、その姿を消すのだったーーーー。