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【狩8】一狩り行こうぜ!⑧

カシアとミリィは背中合わせに闘い、周囲を取り囲む無数の<鮫歯兵(シャーク・トゥース・ウォリアー)>たちを粉砕し続けている。

バートは槍、ミオは魔術で<鮫歯兵>たちを操る鯰顔のディワンを攻撃し続ける。だがこのディワンは不死生物のため、やたらと耐久力が高く簡単に斃れそうにない。

そしてアルフレッドは。

ディワンの電撃で右腕の自由を奪われながらも、細刀(サーベル)を逆手に持ち換えすべての元凶たる邪術師<スタージェン>に挑む!

攻撃を繰り出すアルフレッド。だがやはり利き腕でないと、思うような刺突を繰り出せない。

「なんだそのへなちょこ攻撃は!? 蚊が止まるぞ!!」

余裕の表情で攻撃を躱す<スタージェン>。あまつさえ呪文の詠唱まで始めている。

「くっ!! 今日び『へなちょこ』なんて台詞誰も云わないぞ!? こんな奴に侮られるなんて!!」

悔しがるポイントがずれている気もするが、とにかくアルフレッドの攻撃が当たらない。

更に一歩踏み込もうとするアルフレッド。が、突然躰に制動が掛かる!

「!!!?」

見ると、両足の裏が床から離れない。《べたべた(グルー)》の魔法に違いない。<スタージェン>の仕業だ。

「しまっ……!?」

動けないアルフレッドの左腕を、手に持つ杖でばしっと打ち付ける<スタージェン>。と、その途端。

「うああああああああ!!!?」

アルフレッドの左腕を痛みすら伴う凄まじい凍気が襲う。たちまち左腕が凍り付き、握っていた細刀が落ち乾いた音を立てて床を転がる。

「《凍傷(フロスト・バイト)》」

<スタージェン>がにやりと嫌味たらしく嘲笑う。

右腕は電撃、左腕は凍気で動かない。両足は床に粘着している。

絶体絶命、だった。

形勢有利と見るや<スタージェン>、懐から短剣を取り出し構える。凶々しい形状の刃だ。見るからに呪いか毒の類を帯びているに違いない。

「死ね!!!!」

勝利を確信した<スタージェン>が、短剣を振りかぶり襲い掛かる!

「アルくん!!!!!!」

ミオが悲鳴を上げる。

ーーーーアルフレッドは待っていた。敵が、己の射程距離内に入ってくれるのを。

アルフレッドは上半身の撥条だけを使い、躰を思い切り半回転させた! 身に纏うシャストアのマントが大きく翻り、その鋭利な裾が刃となって。

<スタージェン>の喉笛を、斬り裂いた。

「か…………は…………!!!!」

ひゅうひゅうと、笛のような音と鮮血を傷口から吹き溢しながら、<スタージェン>はその場に崩れ、絶命した。

時を同じくして、バートとミオがようやく鯰ディワンを斃した。これで<鮫歯兵>の動きを止めることができる、と思いきや、既にカシアとミリィが全滅させていた。

「やるじゃないか、アルフレッド」

カシアが近付いてきてアルフレッドを労う。

「奴が接近してきてくれたお蔭だよ。離れたところから魔法でとどめを刺そうとしてきたら、正直打つ手が無かった」

両腕をだらりと垂れ提げたまま、アルフレッドが苦笑し云う。

「ボクが治療するね。アルくん」

ミオが傍までやって来る。どうやら呼称は『アルくん』で定着してしまったようだ。

「……いや。まだ終わっていないみたいだぜ」

いち早く『それ』に気付いたカシアが、顎で周囲を指し示す。

一体いつからそこに居たのか。数人のディワンが音も無く、一行の周囲を取り囲むようにして立っていた。

カシアを除く全員が、傷付いたアルフレッドを庇うように立ち、武器を構える。

「待て。わデわデ(我々)は、お前たちとあダ(争)そう気は無い」

一行の様子に群の先頭のディワンが、少し慌てたように云う。発音が濁るのは発声器官の構造上仕方がないとして、随分と流暢な共通語を話せるようだ。

「だろうな。まるで殺気を感じない」

カシアがにやりと笑って云う。

「どう云うこと……?」

ミオが疑問を口にする。

「そこのディワンの仇討ちに来た、てんじゃないんスか?」

バートが斃れたディワンの遺体にちらりと視線を向けながら云う。

「その通りだ。そしてその仇とは<ブだッディ・シャーク>であり、お前たちが<ブだッディ・シャーク>でないことをわデわデは知っている」

先頭ディワンのその言葉とともに幾人かのディワンたちが鯰顔ディワンの遺体に近付き、周囲を取り囲むように立つ。

「彼の名はバブブグ。同じむデ(群)で泳ぐ鱗の同朋であった。彼はある時<ブだッディ・シャーク>に捕まりさダ(拐)われ、以来どデい(奴隷)として使わデ続けてきた。そしてその果てに死んだ後も人形として使わデていた」

「そうだったのか……」

アルフレッドが鯰顔ディワン・バブブグの遺体を見詰めながら呟く。

「肉体を破壊してやることが、バブブグを救う唯一の手段だと云うことは、判っていた。だがわデわデには、苦しみ抜いて死んだだドう同朋のかダだ(躰)をさダ(更)に傷付けることなど、とても出来なかった」

淡々と語るディワン。淡々と、と感じるのは、アルフレッドたちにはディワンの表情や声色の変化、感情の揺らぎなどが判別できないからだろう。

勿論アルフレッドには、ディワンの美醜など判断できない。だが彼は、鋭利な輪郭をしたその会話役の先頭ディワンを、美しい、と感じていた。

「お前たちが我が兄を『解放』してくデたこと、わデわデはとても感謝している。とてもとても、感謝している」

先頭ディワンが謝意を告げる。そして他のディワンたちが、バブブグの遺体を捧げ持つように担ぐ。

「お兄さん、だったのか……」

「そうだ。我が兄バブブグはとても勇敢な<先を進む者>だった。むデの皆を逃がすため独り<ブだッディ・シャーク>に立ち向かい、そして捕まった。むデが無事だったのは我が兄のお蔭だ。私はバブブグの妹ザブルル。兄より<先を進む者>の任を引き継いだ者」

<先を進む者>とは、つまるところ群のリーダーだ。進むべき先を決める者。

「<ブラッディ・シャーク>の奴隷狩りだね。たぶん、お兄さんは<鮫歯兵>を使役する能力に眼を付けられたんだ」

「畜生……! 酷えことしやがる! 滅ぼされて当然の連中だ!」

ミオが推理し、バートが怒りを露にする。

そんな中、ザブルルは自らの荷物の中から真っ赤な宝玉を取り出した。そしてそれをアルフレッドに対して差し出す。

「これは?」

アルフレッドが問うと。

「これはわデわデの血を凝ダせたもの。お前たちがわデわデの助けを欲する時、これを海に投げ入デろ。いずこの海に居ようと、わデわデが必ず泳ぎ付ける」

泳ぎ付ける、とは独特の表現だ。怖らくは『駆け付ける』、と云った意味合いなのだろう。

「何故これを僕に?」

アルフレッドが更に問うと。

「お前がこのむデの<先を進む者>だからだ。そうだドう?」

きっぱりと答え、逆に問うてくる。

「……何故、そう思うんだ?」

アルフレッド、みたびの問。

「むデの者たちが皆お前の背中を見ているかダだ」

そう云って、バートやミオたちを指し示す。

「……判った」

アルフレッドはそう云うと、代わって宝玉を受け取ろうとしていたバートを制する。そして少し感覚が回復してきた右手でしっかりと血の宝玉を受け取る。

「ありがとう、ザブルル。僕は、アルフレッドだ」

「そデは、わデわデの言葉だ。鱗無き友アルフでッド。わデわデは鱗の誇りに懸けて、決してこの恩を忘デない」

そう云ってザブルルは、右手を差し出してくる。

「人間式の友誼の表現。確かこデで良いのだドう?」

「……ああ。間違いない」

アルフレッドはその手を、しっかりと握り締めたーーーー。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

その後。バブブグの遺体とともに、ザブルルの群は海へと還って行った。

「羽、あったよ」

<スタージェン>が築いたとおぼしき儀式用の祭壇から、ミオが<神の鳥>の羽を回収した。

「こいつ、どうするっスか?」

バートの発言。『こいつ』とは無論、<スタージェン>のことだ。

「遺体を持って帰ろう。<ブラッディ・シャーク>の残党ならガヤン神殿から報奨金が出る筈。壊されたお店の修理代くらいにはなると思うよ」

と、ミリィ。

「<ブラッディ・シャーク>の一味だと、どうやって証明するんスか?」

バートが問う。するとミリィ、おもむろに<スタージェン>のローブをはだけ始める。

「ミリィ、何を!?」

アルフレッドが問うと。

「ほら、これを見て」

ミリィが服を脱がせた<スタージェン>の左肩を指し示す。そこには、真紅の鮫の刺青が彫られていた。

「<ブラッディ・シャーク>の構成員は、皆躰の何処かにこの刺青を彫っているのよ」

「なるほど。これが<ブラッディ・シャーク>の証明になるんだね?」

「そう云うこと」

云うとミリィ、その辺のズタ布で死体をぐるぐる巻きにして、小柄な躰に似合わぬ怪力でそのまま肩に担ぐ。

その様子を唖然と見ていたアルフレッドだったが、はっと気を取り直し。

「じゃあ、リトの街に戻ろうか」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

アルフレッドの腕の治療を済ませた後、一行はリトの街へと帰って来た。

ミリィは真っ直ぐガヤン神殿へと向かい、<スタージェン>の遺体を引き渡した。そして報奨金を受け取り、<スター・アイテムズ>へと帰ってきた。

「邪術師だったと云うことで、思ったより沢山報奨金が出たよ。これならお店の修理代はじゅうぶん賄えそうだね」

そう云ってミリィは、報奨金の入った袋をそのままミオに手渡す。

「そんな。これはみんなで得た報奨金だよ。ボクひとりで受け取る訳にはいかないよ」

と、ミオが云うのを。

「あたしは友だちの手伝いをしただけ。お金を貰うようなことじゃないよ」

ミリィが返す。

「僕らの報酬は<神の鳥>の羽、と云うのが当初からの約束だったからね。勿論お金は不要だ」

アルフレッドも同調する。

「それに、思いがけない出逢いもあったしね」

そう云ってアルフレッドは、鞄の上から中の宝玉をさする。ディワンのザブルルから渡されたものだ。

「何度も訊いて申し訳ないけど、この宝玉こそ僕が貰ってしまっても良いの? 今回の闘いは、みんなの力で勝利したのに」

アルフレッドが逆にミオに問うと。

「ザブルルはキミに渡したんだよ? キミをボクらのリーダーと認めてのことだ。だからそれは、キミが持っているべきものだ」

「……判った」

ミオにここまで云われ、ようやくアルフレッドも決心が付いたようだった。

「では報酬の<神の鳥>の羽だ。受け取って」

ミオは<神の鳥>の羽を丁寧に箱に仕舞い、蓋をしてアルフレッドに手渡す。

「……ありがとう。確かに。用が済んだら、必ず返しに来るよ」

実はドントーからの書簡には、<神の鳥>の羽を『貸与』して欲しい旨が書かれていた。武器製作の作業が終了したら、羽を返却するとのことなのだ。

羽はどうやら、武器の素材と云う訳ではないらしい。

「うん。待ってるよ」

こうしてアルフレッド・バート・カシアはミオとミリィに別れを告げ、リトの街を後にした。

「良い人たちだったね」

ミリィがミオに語り掛ける。

「うん。何でだろう? アルくんを見てたら、何故かルーくんのことを思い出しちゃったよ。ぜんぜんタイプの違うふたりなのにね?」

「あ。それあたしも感じた」

ミオが、かつてのパーティメンバーについて言及する。どうやらミリィも同じことを感じていたらしい。

「また、逢えると良いな」

「羽を返しに来てくれるって約束したじゃない? また逢えるよ」

ミリィが云う。だが、何故だかミオは、次に彼らと再会するのはそんな穏やかな状況ではないーーーー。そんな、漠然とした予感がしてならないのだったーーーー。

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