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【シ擾10】シスターン擾乱篇⑨

「ぐああああっ!!」
 
突然、カシアが頭を抱えてその場にうずくまり、苦鳴を上げる。察するに、耐え難い頭痛に見舞われているようだ。
 
アルフレッドもガイアーも戸惑い、攻撃の手を止める。
 
「しまった!!」
 
その光景を見て、最も焦燥していたのは他ならぬトリスだった。彼もまた戦闘の手を止め、暫し逡巡していたが、やがて。
 
「くそっ!!」
 
一言そう云い残すと、《空間転移》の魔術で自分ひとり、この場から姿を消してしまった。
 
「あいつ! 仲間を見捨てて置いていきやがった!!」
 
その行動に、バートが怒声を上げる。
 
一方、置いていかれた当のカシアは、未だ頭を押さえてうずくまったままだ。
 
「おい、あんた。大丈夫か?」
 
見かねたガイアーが心配そうに声を掛ける。と、カシアはゆっくりと立ち上がる。
 
「お前たちのお蔭で、オレは自分の意思を取り戻すことが出来た。礼を云うぞ」
 
そう云ってカシアは、ゆっくりとアルフレッドたちを眺めやる。
 
カシアのその様子に全員が武器を構えて警戒する。するとカシアは慌てて左腕を挙げ。
 
「待て待て。オレはお前たちと敵対するつもりはない。そもそもオレはウォルターの仲間ですらない。お前たちと争う理由は何もないんだ」
 
突然のカシアの表明に一同は戸惑う。するとギルスが皆を代表して。
 
「敵意は無い、ウォルターの仲間でもない、などと云われてもな。これまでの貴様の行動を鑑みると、全く説得力が無い。そんな言葉で、我々を納得させられるとでも?」
 
とカシアへの敵意を剥き出しにする。
 
「もっともな意見だ。だが訊いて欲しい。オレはこれまでウォルターに自由意志を縛られ、操られていたんだ。お前が先ほど破壊してくれた<操りの腕輪>でな」
 
カシアはそう云って目線でガイアーを指し示した後、地面に落ちた腕輪の欠片に眼をやる。
 
その欠片は先ほどから、ニコライが拾い上げ調べていたが。
 
「その者の云うことはあながち嘘ではないかも知れません。確かにこの腕輪の欠片からは、何とも形容し難い不可思議な力を感じます」
 
と、意見を述べる。カシアはその言葉に頷くと。
 
「自己紹介をさせてくれ。オレの名はカシア。つい先日までベルリオースに居たんだが、ウォルターに<操りの腕輪>を填められシスターンに連れて来られた。後はお前たちも知っての通りだ。奴らに良い様に使われていた」
 
「だけどあんた強いんだろ? 何でみすみす腕輪を填められたりしたんだ? 抵抗しなかったのか?」
 
相変わらず、ガイアーは時々穿つ問い掛けをする。
 
「仲間を人質に取られていた」
 
あ、なるほど。
 
「それにオレは魔法が効かない体質でな。腕輪を填めたところでその効果は及ばないと高を括っていたんだ。油断したウォルターを叩きのめそうと思っていたんだが……。どうやらあの腕輪は現代の魔法技術で造られたものではないらしい。規格外に強力なのかあるいは根本的に異質な魔力なのか。とにかくあの腕輪はこのオレの自由すら縛り、意思を乗っ取った」
 
カシアに強い魔法耐性があるのは、ギルスも承知していた。戦闘中魔術を掛け続けていたのだが、全く効果が無かったのだ。
 
「こんな話をされても戸惑うかも知れないが、オレはお前たちに協力したい。ウォルターの野郎に報いを受けさせてやりたいんだ」
 
カシアの申し出に、顔を見合わせる一同。彼女の言を何処まで信用して良いものやら、決めあぐねているようだ。
 
「カシア……と云ったな。操られていた間の記憶はあるのか?」
 
ギルスがカシアに質問する。カシア、にやりと笑うと。
 
「良い質問だな魔術師。操られていた間の記憶はまるで霞がかかったような状態ではあるが、見聞きしたことは憶えているぞ。ウォルターどもの企みに関することなら、すべて教えよう」
 
と答えた。ギルスはひとつ頷くと問う。
 
「とりあえず、ウォルターの直近の目標は何だ?」
 
「<巨人の里>に行き<源人の石板>を奪取することだ。その道程で、ギルス……そしてチェリーと云ったかな? お前たち兄妹の身柄を確保することだ」
 
「俺とチェリーを……? 一体、何のために?」
 
嫌な予感を覚えつつ、ギルスが問うと。
 
「<天使の石板>を使用するためだ。お前たち兄妹が<記憶の間>に入ったこと、ウォルターは知っているぞ」
 
「くそっ!!!!」
 
カシアが告げる新事実に、ギルスが思わず悪態をつく。
 
「だからウルバはチェリーを連れて行ったのか……」
 
と、アルフレッド。
 
「でも、チェリーがおとなしく云うことを聞いて、石板を奴らのために使う訳ないだろ?」
 
ガイアーが指摘すると。
 
「このオレの意思をも縛った、<操りの腕輪>の存在を忘れたか。あれはウォルターたちに造れる代物ではないが、もう1つ持っているんだ」
 
「くそっ!!!!」
 
嫌な予感が的中し、ギルスが再び大声で悪態をつく。
 
「<天使の石板>をチェリーに使わせ、更に<源人の石板>をも手に入れる。奴ら、一気に勝負をつける気だぞ」
 
とのカシアの言に。
 
「そうはさせない。<源人の石板>は俺たちが手に入れる。チェリーも必ず取り戻す!」
 
決意を込めて、ギルスが宣言する。
 
そんな中、ガイアーがカシアに話し掛ける。
 
「……なああんた。確かベルリオースに居たって云ってたよな?」
 
「ああ。ウォルターに連れてこられるまではな」
 
「そこだよ。何でウォルターはわざわざベルリオースまで行って、貴重な<操りの腕輪>を使ってあんたを連れてきたんだ? 勿論あんたが強いのは良く判っている。だが、世界最強と云う訳じゃないだろ? 何であんたなんだ? 他にも強い奴はいっぱい居るだろうし、あんたじゃなきゃいけない理由が何かあったのか?」
 
「確かに……」
 
ガイアーの、みたびの穿つ問い掛けに、アルフレッドも共感する。
 
するとカシア、ひとつ大きく息を吐くと。
 
「……信用して欲しい、なんて都合の良いことを云うのであれば、オレ自身の素性についても話さない訳にはいかないよな。……オレは、龍人の末裔なんだ」
 
「何ですって!!!?」
 
カシアの告白に最も大きな反応を示したのは、意外にも<氷壁>の魔術師ニコライだった。
 
「龍人……? 僕は聞いたことのない種族ですが、ニコライ師はご存じなんですか?」
 
あまりぴんときていないアルフレッドが、ニコライに訊ねると。
 
「龍人とは、源人と龍、双方の血を引く古代種とされており、シスターンにしか存在しない幻の稀少種族と云われています。私も話に訊いたことがあるだけで、実際に龍人を名乗る人物に出逢ったのは初めてです」
 
と、冷静なニコライ師が幾分興奮気味に語る。
 
「ひょっとして、<龍の石板>って……」
 
「お察しの通りです。<龍の石板>は真なる龍の血を引く龍人だけが使うことが出来るそうです。<巨人の里>より更に奥地の秘境、龍人たちの隠れ里に安置されている、と団長より訊いたことがあります」
 
アルフレッドの推測を、ニコライ師が肯定する。するとガイアーがカシアに向かって。
 
「そうか。だからウォルターは、あんたを操っていた訳だな? <龍の石板>を使わせるために」
 
「だろうな。<龍の石板>を使える、と云うこともあるが、<龍人の里>は里の一員であるオレが居なければ、そもそも入里自体が至難だ」
 
「ウォルター……! はなっから<龍の石板>を使う算段も立てていた、と云うことか! なんて抜け目の無いヤローだ! 糞が!!」
 
ギルスがまたも悪態をつく。本音がダダ漏れだ。
 
「<天使の石板>を真っ先に確保して<氷壁>の団長の使用を封じ、しかるのちに残り2枚の石板を入手し<源人の石板>をウォルター自身が使い、<龍の石板>をオレに使わせて<氷壁の記憶>に挑む。これがウォルターの当初の計画だったようだ。ギルスとチェリー、お前たち兄妹が<記憶の間>に入ることは、<氷壁>にとってもウォルターにとっても想定外だった筈だからな」
 
と、カシア。
 
「実際、オレの腕輪が破壊された時、トリスの奴は逡巡した筈だ。残り1つの腕輪でもう一度オレを支配するべきかどうかをな。だがオレが居たとて確実に<龍の石板>を手に入れられるとは限らない。それよりは今手の内にある<天使の石板>を使える方が確実と考え、オレではなくチェリーに腕輪を使おうとオレを捨て置いてこの場を去った訳だ。このオレを敵に回す危険を負ってでもな」
 
そう云って凄絶に笑うカシア。眼が全然笑っていない。
 
「どうだろう? 僕はカシアさんの力を借りて共にウォルター一味と闘って良いと思う。皆の意見を訊きたい」
 
アルフレッドが皆に問うと。
 
「オレは賛成だ。こいつは強い。強い仲間は大歓迎だ」
 
と、ガイアー。
 
「ニコライ師はどう思う?」
 
ギルスがニコライに問うと。
 
「彼女は信頼して問題ないと思います。どう考えても、龍人がウォルターに手を貸す理由がありません」
 
ニコライが答え、ギルスが賛同の頷きを示す。
 
「オイラは、アルフやギルス、アニキが賛成なら異存はないっス」
 
バートも賛意を表す。
 
「全員一致だね。カシアさん、これからよろしくお願いします」
 
アルフレッドがそう云って、カシアに握手のための左手を差し出す。
 
「カシアで良い。敬語も不要だ。よろしく頼むぞアルフレッド」
 
そしてふたりは、固い握手を交わしたーーーー。
 
一行がトリスたちと遭遇した野営地は、もう<巨人の里>の間近であった。尾根をひとつ越えた先、静かな山間に、雪の巨人たちの隠れ里が広がっている。
 
ーーーー筈だった。
 
だが、山間に響くのは悲鳴と怒号。そして爆発音。紛れもない、闘いの音であった。
 
「しまった! もう始まってやがる!!」
 
状況を理解したギルスたちが急ぎ向かった先。そこに広がっていた光景はーーーー。
 

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