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【シ擾18】シスターン擾乱篇⑯

龍人の族長の先導の許、<龍の石板>の在処へと急ぐアルフレッドたち。

そんな一団の移動に上空から気付いたトリス。真っ直ぐに彼らの元へと飛来する。

そうしてトリスは、一行の殿(しんがり)を走るガイアーの前へと降り立った。

「トリス……!」

こうして間近で見ると改めて判る。トリスは、生きてはいない。彼は死体、屍人(ゾンビ)なのだ。

「トリスの奴、屍人なのに魔法が使えるのか?」

「奴は只の屍人じゃない。怖らくはアンデッド・ソーサラーになったんだ。知性は無いが意志はあり、魔法も使える」

ガイアーの疑問に、ギルスが答える。

「ここに居るってことは、アイツも入里の試練を乗り越えて来たのか?」

「いや。<夢界竜(アストラル・ドラゴン)>の試練は対象の精神に対し働き掛けるもの。精神を喪失した不死生物(アンデッド)は試練の対象外だ」

ガイアーの疑問に、今度は龍人の族長が答える。

「だが試練の対象ではなくとも、例の鏡の門は通過して来たんだろ? カシアの協力も無しに、一体どうやって……?」

「そこは是非俺も知りたいところだな。里の保安のためにも、そのウォルターとか云う輩に吐かせねばなるまい」

ガイアーの重ねての疑問に、族長も同調する。

「でも、知性は無くても記憶は残っているみたいだね。彼は生前、ガイアーを最も警戒していたようだからね」

アルフレッドが指摘する。確かにトリスは、ガイアーからその白濁した眼を離さない。

「ご指名とあっちゃな。みんな、先に行け。コイツはオレが相手する」

「ガイアー!?」

ガイアーの申し出に、アルフレッドが悲鳴を上げる。

「トリスはアンデッド・ソーサラーになったことで、怖らく生前より更に強力になっている。それでもか?」

ギルスが確認すると、逆にガイアーが質問を返す。

「なあギルス。トリスの目的は何だ?」

「時間稼ぎだ」

即答するギルス。

「だろ? ならわざわざ全員で付き合うこたぁねえ。折角奴がこのオレにご執心だと云うんだ。利用しない手はねえ」

そう云って、トリスに斧を構えるガイアー。

「行け」

「…………死ぬなよ」

「判ってる。任せとけ」

ガイアー1人を残して皆が走り出す。だがトリスは見向きもしない。ガイアーから、視線を外さない。

「1対1か。良いな」

とガイアーが云ったそばから、トリスの護衛らしき塚人(ワイト)2体が動き出し前に出る。

「……まあ、魔法使いだもんな。1対1は無いか」

ぽりぽりと後頭部を掻くガイアー。

「……ギルスによると、普通の塚人より手強そう、ってことだったが」

ガイアーには知る由も無い。第2師団の禁呪《屍僕の召集(コープス・パーティ)》は、術者が作成した不死生物を術者の現在地へ召喚する魔法だ。だが、それだけではない。

召喚対象となった不死生物全員に対し、ステータス強化の付帯効果が付与されるのだ。ギルスの感覚は、間違っていなかった。

「しかも攻撃を受けて胞子を吸い込むと、毒のカビに寄生されるんだったな。速さで撹乱して、攻撃即離脱(ヒットアンドアウェイ)戦術で行くか」

ガイアーは3本の霊薬を呑み干す。『筋力』で攻撃力を、『戦士』と『速度』で移動速度を上げるのだ。

そして、塚人の周りをぐるぐると走り出す。不死生物の中では動きの速い塚人だが、さすがにガイアーのこの速度にはついて来れない。

そして塚人が隙を見せた瞬間! 背後から斧の一撃で塚人の首を落とす。

「まず1体!!」

その後もスピードで敵を翻弄し、2体めの塚人の首も斬り落とす。

「あとはお前だ!!」

そのまま流れるような攻撃で、振りかぶった斧をトリスに向け振り下ろすガイアー!!

ーーーーが!

がぃぃぃぃぃぃん!!

突如トリスとガイアーの間に割って入った龍人が、ガイアーの斧をその腕で受け止めたのだ!

「な……………………!?」

その龍人は白眼を剥き、唸りを上げながら牙を剥き出し涎を垂らしている。これではまるで……!!

「龍人の…………屍人!?」

そしてああーーーー何と云うことだろう。

硬質化された龍人の鱗ゆえか。あるいはウルバの大盾を叩き割った時に既に限界を迎えていたのか。

ガイアーのジェスタ・アックスが、柄の部分からへし折れてしまっていたーーーー。

くるくると宙を舞い、そして地面へと突き立つ斧の刃。

するとそれを好機とでも考えたか、龍屍人が唸りを上げてガイアーに襲い掛かる!

ーーーーが!

ガイアーの右側から凄まじい速度で飛来したもう1人の龍人が、龍屍人に対し勢いそのままに膝蹴りをブチかます!!

龍屍人は、ガイアーの左側方へ吹き飛ばされていった。

飛来した龍人は、ガイアーの隣に立つと。

「大丈夫か!? 人間」

と、声を掛けてきた。

「アンタは確か、カシアの友だちの……」

「ワイバだ。中々の闘い振りだったな。人間」

確かにその人物は、里に入って最初にカシアに声を掛けてきた若い龍人だった。

「なあ。龍人には魔法が効かないんじゃなかったのか? それとも龍人の死体には、魔法が効くのか?」

とガイアーが問い掛ける。斃された龍人の遺体にトリスが《死人使い》を掛けて屍人にした。そう、指摘しているのだろう。

「ひとつ。龍人に魔法は効かない。それは死んだ後も変わらない。もうひとつ。さっきの龍人は死んだ訳じゃない。塚人どもに噛まれて、変化したんだ」

「噛まれて!? 屍人化が感染でもしたって云うのか!? 屍人に噛まれて屍人になるなんて、そんな話、聞いたことが無いぞ」

ワイバの返答にガイアーが反論する。

「だが見ている限りそうなんだ。さっきのあいつも周りを塚人どもに取り囲まれて、やたら噛まれていた。そうしたら変わってしまったんだ」

「つまり、塚人に噛まれないよう気を付けて闘わないといけない訳か」

ガイアーには知る由も無い。この里はトリスが仕掛けた、死霊系魔法の更なる秘儀が支配していた。

広範囲型アンデッド支援強化魔法《死者の謝肉祭(カニバル・カーニバル)》。範囲内の全ての不死生物を対象に、噛むことで生者を「生ける屍(リビングデッド)」の状態異常に陥らせる付帯効果を付与する。

ガイアーは周囲をきょろきょろと見回す。そして、気を失っているのか死んでいるのか、倒れた別の龍人の手元に転がる武器を拾い上げると。

「すまない。借りるぞ」

と云った。が、そこにワイバが助言する。

「莫迦! それは龍鱗の武器だ。お前には使いこなせない」

「龍鱗の……武器?」

そう云って、ガイアーが手元の武器をまじまじと注視する。

「ああ。天寿を全うした竜の躰から戴いた鱗を、龍人の鍛治師が加工することで造られる。鉄などより遥かに硬くて丈夫だ。何より龍鱗の武器は、武器自体が使用者を選ぶ。そして使用者に最適な形状へと変化するんだ。いずれにしろ、龍人以外の種族が選ばれたなんて話は聞いたことが無い」

ワイバが龍鱗の武器について説明してくれる。

「そうなのか……」

落胆するガイアー。と、その時。

ガイアーの手の中の龍鱗の武器が、突然眼も眩むようなまばゆい光を放つ! あまりの眩しさに、眼を開けていられない。

そして、輝きが去った時ーーーー。

ガイアーの手にした龍鱗の武器が、その形状を変えていた。長槍並みの長い柄の先に、龍頭を模した装飾と、片刃の斧の刃を具えた、ポール・アックスへと。

「これは……」

驚きながらガイアーが、ポール・アックスをまじまじと見詰める。だが、驚きの度合いはワイバの方が遥かに大きかった。

「おいおいおいおい、マジかよ!? こいつ、龍鱗の武器に選ばれやがった!!」

「そう……なのか?」

「ああ。そいつはお前さんの望みに合わせて、その形状に変わったんだ。手にしっくりと馴染むだろ?」

「確かに……。これほど大きな武器なのに、重さを殆ど感じない。まるで手に吸い付くようで、バランスも全く崩れない」

「まさか人間が龍鱗の武器に認められるとはな……。お前、凄え奴だな。名は、何て云ったっけ?」

「ガイアーだ」

「ガイアーか。お前、面白え奴だな。さすが、カシアが気に入っただけのことはある」

ーーーーと。

新たに4体の塚人が、2人に襲い掛かって来た。

ガイアーは、ポール・アックスを弧を描いて振り回す。するとーーーー。

ざしゃああああ!!!!

長い柄の先に付いた斧の刃が、たった一振りで4体の塚人を両断する!! しかも。

きゅぃぃぃぃぃぃん!!

先端に付いた龍頭の装飾が、飛び散ったカビの胞子を吸引した! これならもう、カビの影響を気にして闘う必要は無い。

「凄い武器だな……。これを借り受けて良いのか?」

ガイアーが感心しながら問うと。

「何云ってやがる? そいつはもう、お前さんの物だぜ。ガイアー」

「え!!!?」

ワイバの意外な返答に驚くガイアー。

「何せ武器自身がお前を選んだんだからな。このことは、たとえ族長であっても口出しはできねえ。その武器の所有者はお前だ。ガイアー」

「そうなのか……。それは有難い。助かるよ」

そう云ってガイアーは、トリスの方に向き直ると。

「待たせたなトリス。決着を付けよう」

とうとう、ガイアーとトリスが1対1で、真っ向から対峙した。

トリスがガイアーに魔法を放つ! 渾身の《脱水(デハイドレイト)》だ。

ガイアーの口唇がひび割れ、皮膚はみるみる乾燥して皺だらけになっていく。躰中から水分が奪われてゆくのだ。だがそんな中でもガイアーは、トリスへ向けた歩みを止めない。重い足取りだが一歩一歩、トリスに近付く。

そしてーーーー。

「耐えきったぜ、トリス!」

トリスから逃げず真正面から、堂々と魔法を受けきったガイアーが、トリスへ向けてポール・アックスを振り上げ、振り下ろす!

ーーーーが!

命中の直前でトリスの姿が掻き消え、すぐ傍に姿を現す。攻撃回避のための防御魔法《瞬間回避(ブリンク)》だ。

だが、生前からトリスは空間系の魔法を得意としていた。だから、この回避もガイアーは読んでいた。

ガイアーは最初から、防御を捨てた全力の連続攻撃の態勢に入っていたのだ!

再出現したトリス目掛け、ガイアーのポール・アックスの二撃めが振り下ろされる!!

ざしゅぅぅぅぅぅぅ!!!!

ガイアーのポール・アックスの刃は、トリスの左肩口から右脇腹へと袈裟懸けに、斬り裂いていたーーーー! 

如何に不死生物とは云え、最早身体機能を維持出来ない決定的なダメージーーーー!

ーーーーやはり、私は間違っていなかった。

ーーーーこの男こそ、ウォルターにとって最大の障害ーーーー!

斃れかけたトリスの手がガイアーの腕を掴み、いまわの際の『最期の呪言(ラストワード)』を放つ!

ーーーー《死の手(デス・タッチ)》!!

「ぐああああああああ!!!!」

消え逝く自らの命の道連れに、ガイアーの魂を連れて逝こうと云うのか。

ガイアーの生命の力が奪われてゆく。喪われてゆく。

そうしてガイアーの意識が、暗黒の淵へと消えようとしたまさにその寸前ーーーー。

ざしゅっっ!!

ガイアーを掴んだトリスの腕が、切断されていた。ワイバが斬り落としたのだ。

信じられないものを見るような表情のまま、トリスが後ろへと倒れる。

ーーーーすまない、ウォルター……。

そして背中から地面に倒れたトリスの躰は、粉々に砕け散るのだったーーーー。

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