【狩9】一狩り行こうぜ!⑨
鍛冶師ドントーから依頼された3つの素材を遂に収集し終え、無事ベルリオース島へと帰還したアルフレッド・バート・カシアの一行。
険しい山道を再び辿り、一行は深山に構えるドントーの工房へと到着する。
「爺さん! 今帰ったぞ!!」
けたたましく戸を叩きながら、カシアが大声で呼び掛ける。
ややあって、工房の奥から足音が。やがて戸が開き、一行の前に伝説の鍛冶師ドントーが姿を現す。
「おお。お主らか。何じゃ? 経過報告にでも来たか?」
「何云ってやがる爺さん。注文の品を集め終えたから帰って来たんじゃねえか」
「何……!!!?」
驚いた顔のドントー。アルフレッドが鞄から丁寧に取り出した素材の数々を、念入りに調べながら。
「本当じゃ……! すべて依頼通り、きちんと揃っておる……! しかも想定より遥かに早かった。特にこの鱗じゃ。お主ら、この幻の種族の鱗、一体どうやって手に入れた?」
興奮気味に問うてくるドントーに対し。
「まあ、それは良いじゃねえか。それより爺さん、オレの武器はいつ打ってくれるんだ?」
答を誤魔化したカシアが、逆に問い返す。
「おお、そうじゃな。まずは儂が製作中の武器を完成させたい。お主の武器を打つのは、その後で良いか?」
「それは別に良いけどよ。一体どれくらいかかるんだ?」
「そうじゃな。数日中にはすべての作業が終了する筈じゃ。それまで母屋の方に滞在していてくれ。部屋は沢山余ってるでな。食材も好きに使ってくれて構わん。儂は工房に籠る」
そう云ってドントーは、素材一式を抱えると工房の奥へと消えて行った。
「って云われてもな……。お前たちはどうする?」
カシアが苦笑しながら2人に問う。
「数日かかると云うなら、僕は一旦山を下りて街に出て、必要な物資の補給や情報収集をしてくるよ。あとついでに、簡単に受けられそうな仕事の依頼があったら受けてみるよ。路銀も稼いでおきたいしね」
と、アルフレッド。
「ならオイラの力も必要っスね。オイラも行くっスよ。姐御はどうしやす?」
バートがアルフレッドに同行を申し出、カシアに動向を伺う。
「んーーーー。オレは残るわ。久し振りの人里離れた場所だ。思い切り躰を動かせそうだしな。修業と洒落込むぜ」
「なら、ちょっとの間別行動だね」
「おう。お前たちも気を付けろよ」
かくしてアルフレッドとバートは、カシアに暫しの別れを告げ、山を下りて行った。
そしてカシアが森の樹々や獣たちを相手に、久々に躰を思い切り動かし修業に明け暮れるうちに、数日が過ぎて行った。
「爺さん、あれから一度も工房から出てきてねえが、飲み喰いとかどうしてるんだ……? 大丈夫なのか? 中で死んでんじゃねえだろうな?」
と、さすがのカシアも心配し始めた頃。
がらがらと工房の戸が開き、中からげっそりと痩けたドントーが姿を現した。
「やったぞ……!! 遂に完成した……!!」
「それは良いけどよ、爺さんまさかずっと飲まず喰わず不眠不休で武器打ってたんじゃねえだろうな? さすがに死んじまうぞ!」
「あ……。うむ。忘れてた」
「爺さん、今まで良く生きてこられたな?」
どうやら集中すると周りが全く見えなくなるタイプのようだ。
「なに。面倒見の良い弟子が居るでな」
「その弟子とやらはどうしたんだよ? 居ねえじゃねえか」
「そう云えば、素材探しの旅に出ると云って……。しばらく見とらんな」
「まったく……。とりあえず、簡単な喰い物を作ってやるから、それ喰ったら寝ろ」
その後、カシア作の野性味溢れる料理(?)を食べたドントーは、丸1日以上眠り続けた。
「ふぅぅ、良く寝たぞい。すっかり元通りじゃ」
「そいつは良かったな。体調が戻ったのなら、そろそろオレの武器を打って貰えると助かるんだが」
「勿論じゃ。すぐに取り掛かるとしよう」
「どのくらいかかるんだ?」
「そうだな。半日と云ったところか」
「早っっ!!」
「なあに。仮打ちは既に終えているのじゃよ。後は仕上げだけじゃからな」
そう云ってドントーは、再び工房の中へと籠るのだった。
再び独りになったカシア。
「そう云や、アルフレッドとバートの帰りが遅いな。……確か、小銭稼ぎに依頼を受けるとか云っていたか……? それで、時間を喰ってるのか?」
などと独言を呟いていると、空から1羽の小鳥が飛来した。開け放たれた母屋の窓の、窓枠に止まる。
「? 何だ?」
見るとその小鳥、脚に書簡を括り付けている。と、小鳥がまるで煙のように消えた。後には書簡だけが残されていた。
「何だか判らんが、爺さん宛ての手紙かな? 後で渡してやるとするか」
やがて半日後。鞘に納めた一振りの大剣を持って、ドントーは工房の外に姿を現した。
「約束通り、出来たぞ」
そう云って剣を手渡してくる。
カシアは剣を受け取ると、鞘からゆっくりと引き抜く。
「こいつは…………!」
「最上質の玉鋼に、光輝石と、お主らが大量に持ち帰った魔鉱石を混ぜ込んで打った。お主の闘う様を想像していたら、自然とその形状になった」
カルシファード・ブレードにも似た片刃の大刀。カシアが一振りすると、剣の軌跡に無数の光の粒が疾る。これは、まるでーーーー。
「名付けて、<流星刀>」
ドントーがそう云って顎鬚をさする。
「<流星刀>か……! こいつは凄いな。手にしっくりと馴染む。まるで躰の一部のようだ」
「魔鉱石を混ぜてあるでな。魔法を斬ることも可能じゃ。その他のギミックについても……。ま、使いながら覚えてゆくと良い。どうじゃ? 満足して貰えたかの?」
「ああ、それ以上だ。想像していたより遥かに上物だよ。ありがとうな、爺さん」
「なに。儂の武器が想定以上に早く仕上がったのも、お前さん方のお蔭だからの。礼には及ばんよ」
ドントーがひらひらと手を振る。
「そうだ。オレは爺さんの武器とやらにも興味があるぜ。爺さんさえ良ければ、是非見せてくれないか?」
「儂の武器か? 別に構わんぞ」
そう云ってドントー、工房の奥へと引っ込むと、一振りの長大な鉾槍(ハルバード)を持って戻って来た。
「こいつが、ただ1人の敵を斃すためだけに打った、儂の最高傑作じゃよ」
「こいつは……!!」
カシアは鉾槍に触れてもいない。だが見ただけでも判る。その鉾槍からは、龍鱗の武器をも凌ぐ凄味を感じる。
<流星刀>も確かに凄い武器だ。だがその鉾槍からは、何と云うか、ドントーの執念のようなものをひしひしと感じる。
「……爺さんあんた、本当に凄い鍛冶師だったんだな」
カシアが今更ながらの失礼な感心の仕方をする。
「ま、伊達に長生きはしとらんよ」
ドントーは特に気にしたふうもない。
「で? 次はどうする? 早速その『ただ1人の敵』とやらを斃しに向かうのか?」
カシアがドントーの今後について問うと。
「そうしたいのは山々じゃがな。肝心の敵の居所が判らん。儂の仲間たちが何年もかけて捜し回っておるでな。ま、発見待ちじゃな」
ドントーが溜息を吐く。
「そうなのか……。あ、そう云や爺さん宛てに手紙が届いてたみたいだぜ?」
「手紙? 一体誰が運んで来た?」
「それがよ、小鳥が脚に括り付けて来たんだがよ、その鳥がまるで煙みたいに消えちまったんだ」
「消えた? ……そりゃあ魔法じゃな。怖らく儂の仲間の魔術師の仕業じゃろう」
カシアが母屋から書簡を持って来て、ドントーに手渡す。
「すまんの」
ドントーが礼を云って書簡を受け取ると、封を開き中身に眼を通す。
すると、ドントーの顔色が変わる。みるみる険しい表情へと変化してゆく。
「どうした爺さん? 何が書いてあったんだ?」
その変化にカシアが思わず訊ねると。
「……我が武器が完成せし直後に、このような報せが届くとは。青の月の采配かの?」
そう云って、大きく息を吐くドントー。
「嬢ちゃん、儂は山を下りる」
「藪から棒にどうしたんだ爺さん? ……まさか!?」
「ああ。そのまさかじゃ。『敵』が遂に姿を現した。儂の仲間の愛娘を誘拐し、ここベルリオース島に向かっているらしい」
「何だと……!!!?」
ドントーは完成した鉾槍を布でくるみ、旅支度を始める。
「なら、オレも一緒に山を下りるぜ爺さん。麓の港街にはアルフレッドとバートの奴が居る筈だ。あいつらに事情を話せばきっと娘の救出に協力すると云い出すぜ。お節介な連中だからな」
カシアが同行を申し出る。
「気持ちは嬉しい。が、あの2人では危険じゃ。『敵』は、儂がこの武器を作らねば対抗できないと考えた相手じゃ。お主ならこの意味、判るじゃろう?」
カシア、ぐっと言葉を呑み込む。
「何にしろ『敵』は船でこの国へ向かっている。つまり儂の目的地も港街じゃ。そこまでは同道しよう」
ーーーーこうしてカシアとドントーはともに山を下り、遥か麓の港街を目指す。
「あいつらと入れ違いになったりしねえかな?」
「儂の工房へ向かう山道は一本道じゃ。もしもあやつらが工房に戻って来ているのなら、何処かですれ違う筈じゃ」
だが誰ともすれ違うこともなく、カシアとドントーは港街へと辿り着いた。
「ちょっと酒場で情報収集してくるぜ。詩人と盗賊なんて珍しい組合せだ。きっと誰かが見ているだろうからな」
そう云って、酒場へと入って行くカシア。ややあって、店の中から大きな物音と声が聞こえ、その直後、店から飛び出したカシアが全速力で何処かへと走って行った。
「おい嬢ちゃん! 一体どうしたんじゃ!?」
と云うドントーの問い掛けに答えることもなく、風のように走り去って行くカシア。
「やれやれ……」
ドントーは仕方なく酒場に入ると、カシアに一体何があったのか訊いてみた。
すると、彼女が捜している詩人と盗賊なら、つい先日大怪我をしてペローマの施療院に運び込まれたことを教えてやった、と云う。
するとカシアが客の胸倉を掴んで施療院の場所を質し、教えると一目散に走り去って行ったと云う。
「すまんかったの」
ドントーは自身も施療院の場所を訊くと、当の酔客にいくばくかの銅貨を手渡し、そして施療院に向かい走った。
「やれやれ、年寄りをあまり走らせるものではないわ」
そうして辿り着いた施療院。中に入ると、カシアが受付で押し問答をしている場面に出くわした。
ドントーが間に入り、事情を説明する。ようやく、病室へと案内して貰えることになった。どうやら2人は入院しているらしい。だからいつまでも工房に戻って来なかったのか。
病室に入る。するとーーーー。
「姐御!?」
バートが居た。包帯で左腕を吊るしているのが痛々しい。だが取り敢えず無事なようだ。
「バート! 無事だったか! 一体何があった!?」
「オイラは大丈夫っス。でも、アルフが……」
そう云ってバートが、隣の寝台との境の幕布(カーテン)を開く。すると隣の寝台には、胴を包帯で覆われたアルフレッドの姿があった。
「アルフレッド!!」
カシアが呼び掛ける。だがアルフレッドは意識を取り戻さない。
「内臓にまで達する重傷だそうで、眼を醒まさねえっス。今、上級治癒術を使える治癒術師待ちっス」
泣きそうな顔で、バートが云う。
「何故こんなことに……!? 一体、何があったんだ!?」
苛つくカシア。
「オイラたち、港で偶然見付けたんス。船から下りてきたアイツを」
「アイツ?」
「宮廷魔術師っス」
「宮廷魔術師? ペリデナに仕えていたあいつか!? 王宮でお前たちが闘った?」
「そうっス。指名手配中のアイツを見付けたんで、急ぎ追い掛けたっス。しかもアイツ、女の子を連れてたっス」
「女? 奴の仲間か?」
「いえ。それがどう考えても様子がおかしかったっス。心ここに在らず、って云うか、眼の焦点が合っていない感じで。何らかの魔法を掛けられているんじゃないかと、オイラたちは考えたっス」
「それで、どうしたんだ?」
「路地裏で奴に追い付いたっス。で、奴を捕まえ、女の子を助けるために闘いを挑んだっス。一度は勝った相手っスから。そしたら……」
そう云ってバート、意識を失ったままのアルフレッドを見下ろす。
「一体、何をされたんだ……?」
カシアの問。バートは首を左右に振ると。
「ちくしょう、あの宮廷魔術師……!」
ーーーーその時。
意識を失ったままのアルフレッドが、まるで譫言のように呟いた。
「マルホ…………キアス…………」
その名を聞いた瞬間ーーーー。
ドントーの表情が変化した。
戦士の、貌へとーーーー。
[了]
そして
[to be continued]