【シ擾4】シスターン擾乱篇④
「どうやら問題なさそうですぞ。団長どの」
突然、コーカス支部長が、アルフレッドたち以外の誰かに向けて声を上げる。無論部屋には、アルフレッドたち3人と支部長以外誰も居ない筈なのだが。
『そのようじゃの。ギルス君の証言とも一致しておるし、彼らの言葉に嘘は無いようじゃ』
すると突然、部屋の中に4人以外の何者かの声が響き渡る。声の感じからして、老人のようだが。
「だ、誰です!?」
アルフレッドが慌てる。するとコーカス支部長が。
「黙っていて済まなかった。実はこの部屋には魔術回路が敷設してあってな。<氷壁の記憶>の本部と直接通話が可能なんだ。これまでの私たちの会話も、すべて本部の方で聴いていた、と云う訳だ。どうか無礼を赦して欲しい」
「それは構いませんが……では、この方は?」
「ああ。<氷壁の記憶>の最高責任者。アール団長だ」
『お初にお眼にかかる……いや、お眼にかかってはおらんか。声だけで失礼する。アールだ。君たちのことはギルス君から良く訊いている』
<氷壁の記憶>のトップ、魔術師アールが声だけにて自己紹介する。
「そうだ! ギルスとチェリーはどうしているのです!? 拘束された、とこちらの支部長から伺いましたが!?」
アルフレッドが挨拶もそこそこに、友人たちの無事を確認すると。
『俺ならここだ!』
アール同様、ギルスの声だけが部屋の中に響く。
「ギルス!? 君か!? 無事なんだな!?」
アルフレッドの問い掛けに対し。
『ああ。俺もチェリーも無事だ。チェリーの解毒処置もここの連中がやってくれた。だが俺とチェリーはどうやら入っちゃいけないところに入っちまったみたいでな。ちょっと面倒なことになってやがる。巻き込んじまって悪いな』
「そんな。謝る必要なんか無いよ。で? 僕たちはこれからどうすれば良い?」
『お前たち、<天使の石板>は無事守りきれたか?』
「ああ。帰還時は連中に遭遇することもなく、無事持って来れたよ。今ここにある。でもどう云うことなんだい? <水晶の塔>に展示されているのは石板のレプリカじゃなかったのかい?」
『まさにそこだ。俺もあの時云ったよな? 「そんな危険な代物が、観光名所の見学コースに展示してある訳がない」と。誰もがそう思う、その心理的盲点を衝いた奇策だったらしい。本物の石板を皆の眼に触れる処に展示しておくと云う、な』
「それを連中に見抜かれた訳だね」
『そう云うことだ。バレちまえばこれ程間抜けな危機管理もないがな』
ギルスのその台詞に、後ろでアール団長の咳払いが聴こえる。
「ギルス。そもそもどうして<氷壁の記憶>の本部、それも最深部に転移してしまったんだい? 何か心当たりは?」
『それな。アール団長とも話したんだが、あの時すぐ傍でバートが石板を持っていただろう? その影響じゃないかと思う』
「? どう云うことだい?」
『<天使の石板>はそれ自体が濃密な白の月の波動(マナ)を帯びているんだ。濃い波動は魔法の振り幅を大きくする。成功にしろ失敗にしろ、な』
「でも、石板を奪おうとした連中は普通に魔法を使っていなかったか?」
『シャロッツの[見えない腕]は彷徨いの月の贈り物であって、魔法じゃない。それにローブの男、あいつは怖らく邪術師だ。どちらも白の月の波動の影響は受けない』
「なるほど。だから君の魔法だけが影響を受けた訳か」
『そう云うことだ。それで話を戻すが、お前たち、<天使の石板>を持って<氷壁の記憶>の本部まで来てくれないか?』
「え!!!?」
突然のギルスの頼みに、仰天するアルフレッド。
『<破壊の翼>のことは訊いたな? あんな連中に狙われている<天使の石板>を、いつまでもリシュトに置いておく訳にはいかないだろ? こうなった以上、<氷壁の記憶>の本部で保管するのがいちばん安全だ』
「てっきり石板を引き渡したら、あとは<守護兵>の方たちが運んでくれるものと」
『今回<破壊の翼>の連中と遭遇して、生還したのはお前たちだけだ。団長はその点に着目し、期待しているらしい』
「生還……と云うか、単に見逃して貰っただけだと思うけど」
『それは俺も云ったんだけどな(笑)。ま、連中がこちらをタダの観光客だと考えているならアリじゃないか? いつまでも石板を持っている筈もない。とっとと当局に届け出ている、と考える筈だからな』
『それに儂らが見ず知らずで行きずりの君たちに大切な石板を託す筈がない、とも考えるじゃろう』
ギルスの推察を、アール団長も補強する。
(どうスかね? そうした楽観思考を見抜かれたことが今度の事件の原因とも云えますし、少し相手のことをナメ過ぎじゃないスかね)
と、聴こえるか聴こえないかくらいの声でアルフレッドに耳打ちするバート。
「たとえば……石板だけを本部のそちらに魔法で転移する、と云ったことはできないのか?」
アルフレッドがギルスに問うと。
『云ったろ? 石板はそれ自体が濃密な波動を帯びていると。そんなものを魔法の対象にしたら、効果にどんな影響が出るか想像もつかん。リスクが高過ぎる』
と、ギルス。アルフレッドは考え込むと。
「……判った。僕たちが石板を持って君の元に行こう。それが君の考える、最善策なんだろう?」
『ああ。危険が無いとは云わない。だが<破壊の翼>の連中と俺たちが遭遇したのは偶然であり、奴らは俺たちが何処の誰だか知らない。<氷壁の記憶>と俺たちに接点があるなどとは思っていないだろうし、俺たちがいつまでも石板を持ち歩いているとも思っていない筈だ。せいぜい目の前の犯罪行為を見過ごせない、お節介な観光客と云った認識だろう。奴らがわざわざ俺たちを捜しているとは、考え難い』
「そう……だな。僕たちが石板を運ぶのが、最もリスクの少ない選択のようだ。だが、僕たちは<氷壁の記憶>が何処にあるか知らないぞ」
『<守護兵>の中には師団の本部に来たことがある人も何人か居る筈だ。その中から道案内に1人同行して貰えば良い。人選はコーカス支部長に任せるのが良いだろう』
ギルスの言葉にコーカス支部長が頷いてみせる。
「それじゃあ出発は明朝。それまでに旅の仕度を整えるとしよう」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
翌朝ーーーー。
アルフレッド一行は、リシュトの城門前に集合していた。
<守護兵>団の用意してくれた移動手段は馬車だ。物資を運搬する荷馬車を装うため、カムフラージュの荷物もいくつか載せている。
兵団から派遣された道案内役の<守護兵>ショーンは御者に、アルフレッドたちは荷役師に扮装している。
<天使の石板>を荷物の中に隠し、出発の準備は整った。
「では参りましょう、皆さん」
「よろしくお願いします」
ショーンの掛け声にアルフレッドが挨拶を返し、馬車は走り出した。
馬車は順調に街道を進む。危険な相手に遭遇することもなく。まるでそれまでの心配が、杞憂であったと云わんばかりだ。
何度かの夜を野営して過ごし、一行は、フィルビー山脈の麓へと辿り着いた。
「山中に入ってから日が落ちたら危険です。今日はここまでにして、明朝、山に入りましょう」
とのショーンの助言に従い、一行は山の麓で野営の準備を始める。
そうして全員が寝静まった深夜ーーーー。
自らのいびきのあまりのうるささに思わず眼を醒ましたガイアーは、何かの気配を感じた。
山野の獣たちが、荷物を漁りに来たのだろうとの短慮から馬車の荷台を開けるガイアー。すると、そこにはーーーー。
荷を荒らし、何かを探すローブ姿の男と子どもの2人ーーーー。
2人とガイアーの、眼が合う。
「お前たちは!!!? <なんとかの塔>の悪党!!!!!!」
夜の森に響くガイアーの大声に、全員が眼を醒ます。
全員が武器を手にガイアーの元に集まる。但し寝起きのため、鎧は身に着けていない。
「お前たち!! ここで何をしている!?」
アルフレッドの問に。
「下手な芝居はよせ。我々の目的は判っている筈だ。貴様らが<天使の石板>を<氷壁の記憶>の本部へと運んでいることは先刻承知だ」
ローブの男が答える。
(莫迦な!!!? 何故バレている!? このことは、ギルスと僕たちの他には<氷壁の記憶>の人たちとコーカス支部長しか知らない筈! 奴らにこの情報を掴む機会なんて、ある筈が……!?)
言葉や表情には出さないが、内心大いに焦るアルフレッド。
「……何のことスか?」
バートが、それでも一応芝居を続ける。
「すっとぼけてんじゃねえ。これのことだよ」
子ども、いやシャロッツが荷物の中から探し当てた<天使の石板>を示す。
「間の悪い連中だ。眼を醒まさなければ、オレたちは石板を偽物とすり替えて立ち去ったものを。気付かれちまったからには、今度こそ殺すしかないよな」
シャロッツがナイフを構えながら、くっくっと含み嗤う。
「待てククロポーン。我々が石板を狙っていることは既に<氷壁>に知られている。今更口封じをする意味は無い。彼らを殺す必要は無い」
ローブの男がシャロッツを諭す。人命尊重、と云うよりは、あくまでウォルターとやらの意思を尊重しているようだ。
「甘いぜトリスさんよ。もう<水晶の塔>の時とは状況が違う。コイツらは<天使の石板>の運び屋をしていやがった。<氷壁>の関係者であることは確定だ。つまり、オレらやウォルターの敵、ってことだ」
ククロポーンと呼ばれたシャロッツが、皮肉めいた嘲笑を浮かべたままぴしゃりと云い放つ。
ぐっ……と、トリスと呼ばれた邪術師が唸る。
「それでもまだ甘いことを云い続ける気なら……良いだろう。さすがのアンタでもコイツらを殺さざるを得ない状況にしてやるよ」
そう云ってククロポーン、アルフレッドたちの方へ向き直ると。
「……何をする気だ?」
とのトリスの質問を無視し。
「おい! ザコども! オレたちが何故、てめえらが<天使の石板>を<氷壁の記憶>へ運んでいることを知ってたか判るか? ……答はカンタンだ。内通者から情報を得ていたからさ」
ククロポーンはそう云って、アルフレッドたちの方をぴしっと指差すと。
「なあそうだよな! 裏切り者の<守護兵>のショーンさんよ!!」