愛すべきバカどもへ

解題

 以下に続く文を書いたのがいつかは定かではなく、短さから複数日に渡っているのではないと思われるので推定するにおそらく公開されたのと同日である二〇二三年八月二十九日のはず。現在は非公開。ただ当時アップロードしたのはnoteではなく、はてなブログであったので、したがって今noteで公開するといくつか内容上の齟齬が生まれている。ただ公開するメディアが異なったからといって書きたかった内容自体を伝達するのに大きな問題があるとは見えず、もし読み取れないのならそれは読者の能力に委ねられるのであって、仮にnoteとはてなブログで読者の層が異なり云々というのがあるとしてもそんなものは知ったこっちゃない。とはいうものの、そんなに難しいことは書いてないし、ただ適当に書き殴っただけで今としてはもう少し筋に工夫ができるなと思う次第なので、そう畏るほどのものでもない。ただ打鍵が楽しくて戯れてみたかっただけのくだりである。
 話は戻り簡単に当時の状況というものを振り返ってみるが、この小文を書く前にいくつか他にも思うところがあってはてなブログ上でお気持ちを表明していた。もちろん当時も読者などはおらず何度か書いていくつかのアクセスがあっただけで反応も特になかった。その時の私の人生としてはただ田舎に帰って何もやることもなくのんびりしていただけであったが、それだけ時間が余っていたので何かやるかとでも思っただろうか、正直あまりはっきりとしない。八月の大イベントといえば夏の甲子園で、果たしてどれだけの方が覚えておられるか、昨年の神奈川県代表は我らがkとoの塾高で、やはり当時もナショナリズム的なものは持ち合わせていなかったが、一応通うキャンパスも真横で敷地もほぼ同じなかで生活していたので、彼らの進撃とそれに対する市井の反応には思うところがあったというわけだった。その感慨を何日かに渡って披露したのち、天からお迎えが来たという気分で自分がいる場所はここでないと思い、その活動のとりあえずの締めとして書いたのがこの「愛すべきバカどもへ」というもの。内容は独立しているので以下読んでもらうとして、少し当時の自分の擁護をしてみる。このタイトルで公開したのは当時の自分の心が幾許か荒んでいたというのではなく、センセーショナルな見出しで目につくようにしたかったという意図もあるし、そこから四月の某日まで基本的に沈黙することにした自分としての惜別に際しての愛憎の表現でもある。あとなんか思い出したらまた追記する予定。表記は基本的にそのままにしておいた。とりあえずnoteをいっぱい更新して人の目につくようにしようと思ったものの、今何も書くことがないから昔書いたものを引っ張り出してきただけ。もしかしたらこの以前に書いた甲子園云々の話もまたアップロードするかも。
 本文の最後につけるのもなんだかしっくりこないので一応ここにのっけます。https://twitter.com/gyo_otoko が本人なので連絡と支援はここに。よしなに。

本文


 いったんこれ以上書きたいこともなくなって現実世界の厳しい生活に身を置こうと考えるので、最後っ屁じゃないけど、跡を濁していこうかなとの次第。

 現存するメディアは数多く、やはり基本的にはどこもアクセスを増やすために切磋琢磨するわけだけど、アクセスに至るその入り口、いわゆる顔の部分にはそれぞれの特徴がある。それで言いたいのは、この大した字数のない見出しだけで戦っているということ。わかりやすくバカが買うようにhrykやらhremnやらdigやらnsnの顔なんて印刷されてないし、それでなくても趣向の凝らされた装丁はなければyoutubeのように画像と文字を使って情報を端的に伝えつつ視聴者の好奇心をくすぐるようなサムネイルもない。人類がその知識を初めて文字に起こしてまとめた時点からタイトルの付け方は進化していなくて、結局〇〇についてとするより効率的に情報を伝える術はなかった。

 ライトノベルが新たな世界を開拓したとかいう話じゃない。だいたい〇〇についてのようなタイトルはその内容が長くて、また多岐にわたるためにそれらを集約するやり方がそれしかないわけだが、ライトノベルはタイトルで情報説明の全てが終わってしまうほどに内容が存在しない。この詳細な説明は自身の単純さを示しているに過ぎないのだ。終わり。

 それで、わざわざyoutubeでもnoteでもなく、はてなブログを使ったということで、この圧倒的に新規参入が困難な環境が好きなマゾヒストというわけではない。結局、子どもの頃から多くの物語に触れ、そこそこの年齢になってからは多少の学術書を読むようになった自分は、このやり方に憧れをもっていた。最初のページを捲るまでは判然としないが、項が進むにつれて世界がひらけていってタイトルに色がついて見えようになる冒険が好きなのだ。自分でそれが演出できるとは到底思っていないが、本を愛する人間として、隣に埋葬してほしいと思っただけ。

 ということでここまで読んだバカは自分の使命に気づいただろうから、これからも私を丁重にな。

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