ITベンダーの部長職から転職して『ユーザ側のシステム部長』になってしまった物語(5)ー 部長会 ー
転職して2週間目に入った、すべてが新鮮に映った1週間だった。SIerから移った私にとっては、さらにユーザというものを知っていく日々が続くことになる。IT部門の責任者でありながら、まだ、IT部門の話に行きつかないのである。
2週間目の月曜日、朝8:00、前任の部長から部長会への出席がありますとのことで、毎週行われる会に出席することとなった。前任の部長は、今週、IT部門からの報告はないからと言われた。今日は聞いておけばいいよと、前任の部長と一緒とは言え、始めて各部門の部長と向き合うことになり、とても緊張したことを覚えている。会議室に入ったらすでに数人の部長が座っていた、私の斜め前の方は製造部門の部長で、髪はすべて白髪で体格も良く、顔は強面、製造部門は一番人員も多いので、貫禄があるこのようなタイプの人がふさわしいのかな、と勝手に思った。会社の組織は、頭には入れていたものの、先週1週間で各部門の部長と顔がキチンと一致するところまではいけず、また、少し顔を合わせた程度で全ての部長の雰囲気が分かることもなく、明らかにIT業界にいる人達とは違う感じがした。
部長会には、経営企画、総務、経理、営業、購買、生産管理、製造、研究開発、生産技術、工機、品質、保全、安全、業務監査等の部門長が顔を揃え、其々が、週次の予実、問題、イベントアナウンス等を報告するものであった。
通常、Sierとしてお会いできるのは、経営企画、経理、営業、購買、生産管理、品質のリーダークラスの方々で部門の責任者とプロジェクトを長きに亘って一緒にお仕事をさせていただくことはまれであり、かつ、システムにかかわること以外の話を聞くことはほとんどない。そういう中で過ごしてきた私にとっては、この部長会では、SIerにいると聞けない話ばかりで、事業運営のために共有される情報がいかなるものなのかを知ることが出来たのは、大変に有意義であった。
ここで多くのことは書けないが、例えば、総務は、会社としての取り組み、例えば地域貢献活動(植樹、ごみゼロ運動など)や社内の福利厚生活動(社食改善、売店の改善)、会社の就業規則変更などの取り組み状況の報告、営業は、部品の販売の実績と見通しとその分析の説明、製造は、イベント系の話で工場に訪問してくる方の予定、その方の訪問目的、工場側の対応予定、品質は、不具合の発生、調査状況、不具合品の対応(自動車メーカーへの緊急の代替出荷状況、本質的な原因に対する対策)など、ITとは全く関係のない話であるが、事業運営にとってはとても重要な話ばかりであった。
私が最も関心を持ったのは、品質の報告である。製造業の生産管理、品質管理のシステムを導入する中で、お客様の中には、「うちは不良が多くて」と言われる方がいらっしゃるが、この会議で、納品後の不良は実は多くないことを知った。数十万個、数百万個の中に1つあったとか、1ロットがそうなっていたとかいう話である、しかし、品質不良の目標は、ゼロであり、メーカーから不良品数などの評価を受けてランキングをつけられるわけだから、そのひとつ、ひとつ、1ロット、1ロットを見逃すわけにはいかない、そういう意味では、その一つが年に数回あるだけで多いということになるのであろう。IT業界の品質に対する取り組みに対する意識の差を感じた。命にかかわる業界は、修正モジュールを出してRevを上げてもらう業界とは別世界であった。
このような場面で製造業のことを知るというのが、私がユーザに転職した目的の一つでもあったので、この先、もっと多くの未知のことと出会えるだろうという期待感が膨らんだ。私がSIer時代にお客様から「ITが重要」、「うちの会社はITが遅れている」、「データの活用が出来ていない」という話をどれだけ聞いて来ただろう、しかし、私が担当してきた基幹システムは、会社にはなくてはならないシステムであることは間違いないが、製造業においては、モノとお金の計画と実績を正確に管理するシステムでしかなく、「事業に貢献する」といっても、プラスのバリューをどうやってお客様が享受できるのか、システムが「事業に貢献する」というのはどういうことをいうのか、この意味を事業会社の中に入ってこれまでの経験以上のことを自分なりに答えを見つけたいという気持ちで転職した、その入り口に立てた気がして、とても嬉しかった。
ある時、統括から言われたことがある。それは、「お金を使わずに成果をださないより、お金を使って成果を出した方がいい」というひとことである。SIerは、お客様からお金を頂き、予定通りの原価でシステムを作り上げることをお客様からも会社からも求められる。つまり、私は、転職前まで、お金を使うのは経費、外注費のレベルであり、それも、5億、10億と使うわけではない、利益を出すためには、コスト削減が命題でもある。そういうマインドセットで長く過ごしてきた人間が、お金を使って成果を出せといわれるのである、先に書いた通りお金を使うマインドセットが出来ていないのであるから、事業に貢献するには、内容はもちろんのこと、お金を使うこと、そしてその成果を出すこと、これを繰り返していくことで、自社のシステムが成長し、事業に貢献することに繋がっていく、ということになるのか、と気づかされた。しかし、マインドセットは簡単ではなく、このことは、私の心の中でいつも葛藤となったのであった。
転職後、毎週のように部長会に出席し、IT業界ではない、まさに現場の責任者のマネジメントについて多くのことを学ぶことができたと同時に多くのプレッシャーを感じる会であった。