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新しい挑戦
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オフィスに顔を出し、仲間へのあいさつや作業を終えた。
今日が最終出社だという実感もない。必要な物品をメンバーに引き渡し、細かい確認を進める。すべてが終わったころ、僕は仕事用のMacbookを静かに閉じた。
2023年4月28日。僕はこの日をもって今の会社での仕事を終えた。そんな大きな区切りの日が、奇遇なことに僕の誕生日とぴったり重なった。今年で29歳になった。誰もが認めるような「アラサー」だ。
窓の外には穏やかな春の青空がみえる。ここ何日間か続いた冬のような寒さと雨の日々が終わって、この時期にしては少し暑いぐらいだ。
カレンダーはもうすぐ5月に替わる。世の中ではゴールデンウィークがはじまろうとしている。みんなどこか浮足立ってみえる気がした。なにか楽しいことがはじまりそうだ。
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2019年春、僕は通っていた大学院をやめ、とあるスタートアップで仕事を始めた。
学生時代からインターンとして関わった会社にそのまま入社した。自社でWebサービスを開発・運営する事業で、行政や観光系のお客さんなどを主な取引先とするディレクターのような業務を任された。
仕事をはじめて少し経った頃、趣味だった写真にも力を入れるようになった。毎日のように撮影し、パソコンの現像ソフトの操作を覚えた。日本や海外のYouTube動画を見たり、いろいろな本を読んだりしながら、少しずつ写真の技術や考え方を学んでいった。
ワークショップに参加してみたり、ポートフォリオを見てもらう機会もあった。幸運なことに、写真家のアシスタントをさせてもらう機会にも恵まれた。自分のできることを少しずつ広げていこうと思っていた。
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それからしばらくして、世界は感染症の時代になった。僕の考え方にも変化が出てきた。幸いにも、収入が大きく減ったり健康に問題が起きることはなかったけれど、周りの人たちの生活や世の中全体の変化を目にしたとき、自分も何かを変える必要があると感じた。
もう少し、やってみたいことをちゃんとやったらどうだろうか。
実を言うと、もともと写真を仕事にする気まではなかった。「なかった」というよりも、それを仕事にしている自分の姿が想像できずにいたというのが正しい。そんな事を考えつつも、一方で僕は写真を撮り続けたかったし、自分の力を試したいという気持ちは膨らんでいた。変わらず定期的に写真を撮ってはオンラインに載せ続けた。
ありがたいことに、SNSを見てくれた周りの人たちが徐々に撮影を任せてくれるようになった。友人の会社の撮影や、家族写真など、少しずつ手を広げていった。今まで取り組んでいたことが少しずつ「仕事」に変わっていくのがわかった。
きちんとした質を目指しながら淡々とやり続けていれば、周りの人たちは案外見てくれているものだ。誰もわかってくれない、誰も見てくれないとふてくされるのではなく、かといって身分不相応に大声を上げるのでもなく、淡々と続けていくことが大切だと思う。
今振り返ってみれば、そんな日々の繰り返しが少しずつ僕の気持ちを変えていったのかもしれない。
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昨年の秋から冬にかけて、「そろそろ写真の仕事を増やしてみよう」という気持ちが芽生えた。
そのころ僕は、知人の編集者さんに声をかけられて、本業の傍らでWebメディアの取材撮影や記事のインタビュー撮影などを行うようになっていた。
もっと写真に時間を使いたい。「本業」でも写真の仕事をしたいと思った。
勇気を出して仕事自体を替えることにした。何社かとお話をした結果、ご縁のあったWeb系のクリエイティブエージェンシーで、ディレクター兼フォトグラファーとして仕事をすることになった。
他の人から見たらそれほどおおごとではないのかもしれない。しかし、自分のこれまでを振り返ってみれば大きな一歩だ。
自分で作ったものを淡々と出すことで、周りの人が見てくれて、それによって自分の人生が少しずつ変わっていく。ありがたいことに、僕はそのサイクルが動き出しているのを感じている。
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写真の素晴らしいところは、どこかに行ったときの記憶、そして誰かと会ったときの時間をすぐに思い出せることだ。
写真家・浅田政志さんの映画「浅田家」でも触れられていたエピソードだけど、東日本大震災で被災し、あらゆる家財道具を失ってしまった方々にとって、見つかった家族写真は何よりの宝物だったという。
わずか数枚であっても、見つかったものをきちんと被災者の方々のもとへ返したい。そんな思いを胸に全国から集ったボランティアたちが、流された写真を1枚1枚洗浄して乾かし、元の持ち主へ手渡す場面が印象的だった。
そんな例を引き合いに出すまでもなく、写真は僕たちの記憶を形作り、未来へと残していくために大切な道具だ。少しでもそういう一枚を撮れるようになりたい。
身の回りの人たちや、写真を通じて出会った人たち、そしてそこで過ごした時間を、目の前にある1枚の写真はしっかりと教えてくれる。
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また、優れた写真は新しい世界や景色の存在を伝え、誰かと共有することができたり、時に大きな驚きや感動を与えてくれる。そんな一枚を撮れるようになりたいものだ。
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自分が何のために写真を撮るのか、その理由はまだわかりきっていないけれど、自分がカメラを持ってその場にいることで、誰かが喜んでくれたり、驚いたりしてくれるような、そういう仕事がたくさんできればと思っている。
29歳になった今年は、挑戦の年にしたい。
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そんなわけで、6月からは撮影の仕事を本格的に始める予定です。どうぞよろしくお願いいたします。個人での撮影も承ります。