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海面辺の家

 海の近くに家を持っていた。生活には不便な所なので、たまにしか行かない。ハナちゃんが金を貸してくれて、建てた家だけれど、チャーリーが仕事に失敗してしまったから、ハナちゃんへの金銭の返済はずっと滞ったままである。

 私とチャーリーは二人、ひさしぶりにその海の家へ来ていた。家の東側と南側は海に敷地が接していて、埋立地なので海面には波がなくて、コンクリートで固められた敷地の端から下をのぞき込むと、10メートルほど下に海がゆれている。防護柵も防護壁も何もないから、強風でも吹けば海際に置いた小さな軽い物は海へ落ちてしまっていた。私はチャーリーにそのことを何度か言って、早く対策を構ずるべきだと強調したが、チャーリーのあの性格からして改善策が施されるのはまず無理といったところだった。

 案の定、今また海べりに、チャーリーが脱ぎ捨てた革ジャンとタオルが一枚、さほどの風が吹いているわけでもないのに、海のほうへとずっていくではないか。そして私が見守るうちに二枚はバイバイと言うように海へと落下した。私がコンクリートの端からのぞき込んでみると、革ジャンもタオルも海水を含みつつ、ゆっくりと沈み始めている。私は振り返ってチャーリーを呼んだ。急いで引き上げないと沈んじゃうよと言った。チャーリーはようやく腰を上げ、家から海のほうへ来た。コンクリートの端に腹ばいになり、長い竿で皮ジャンとタオルをすくい上げた。私は近くで突っ立って、黙って見ていた。チャーリーは海水のしたたる二枚を裏手に立つ家の庭先に干そうとした。わが家と後方の家とは、およそ家一軒分ずれて立っていて、後ろの家は、ほんとうに海のぎりぎりのところに寄っている。その家の南側は小さな庭があり、木も何もほとんど植えてなくて、ただ洗濯干し用の竿が横長に渡してあるだけだ。チャーリーはまるでその庭が我が家の庭であるかのように、丁度よい所に竿がかかっているとのシンプルな思いで、竿に近寄り、革ジャンとタオルを吊るしている。なんて図々しい人なんだろう。私はひやひやして遠目で見ていた。そこの家はしかし、空き家のふうで、いやしかし、誰かがときたま来ているのかもしれなかったが、他人様の家であることは確かで、チャーリーがいけしゃあしゃあとその家の洗濯干しを使うなんてことはあまりに礼を欠いた行為である。
 と、みたことか、その家の南側の、庭に面した薄手のカーテンがシャッと開き、ガラス戸が開いた。現れ出たのは、なんとハナちゃんだった。まさか、ハナちゃんがその家を、私たちが知らない間に買って住んでいたとは。やっぱりハナちゃんもこの地が好きなんだなと思い、私たちがたまにしか海の家へ来ないから、その辺の事情も手伝ってハナちゃんはここに住もうと思ったのだろう。

 薄黄色のブラウスに薄いグレイのスカートをはいて、ハナちゃんはチャーリーに向かって、例えば、「何を私の所に干しているの!」とも、「干すな!」とも、そういった叱責の言葉も浴びせずに、視線の力だけでチャーリーに威圧をかけていた。そしてその態度。左手を窓の枠木にかけて、高さは胸よりもやや高い位置で、右手はたった今、さっと引き開けたカーテンの布をつかんだその手の形のままで、両足は肩幅よりもやや狭いものの心もち開き加減で窓のレールの上に両方の爪先をかけて立っているのだ。怨みと怒りの混じった視線ではあるが、口元には相手をおちょくるようなニヒルな笑みが浮かんでいないでもなかった。チャーリーはおそらくハナちゃんが女性であるからだろう、驚きのなかにもわずかな甘えを示して、洗濯竿に干しかけている手を不自然な形で宙に止めていた。「いやはや驚いたな」とでもいったような余裕すら見せているのには、私もあきれないでもなかった。酒酔いの鈍磨した神経そのままで、この世において自分と最も切実である関係の人と対峙してしまった時のような状態であった。


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